絵になる二人
R15バージョンです。
午後にも投稿します。
「あら、こんなところでピクニックかしら。ずいぶん平民臭いですわね」
斜め後ろからキンキンと高い声が響き、振り返るまでもなく濃いムスクの香りと金木犀の香りが鼻孔に襲いかかってくる。
「あらやだ、本当に平民がいるじゃない」
エリザベスが斜め後ろを振り返ると、さりげなくティタニアの腕を引き剥がそうとしているジルベルトと、わざとらしくその腕にしがみつくティタニアが立っていた。かろうじてエスコートをしているように見えなくもないが、ただの学園の中庭をエスコートして歩かなければならない理由もわからなければ、その距離も下品なまでに近い。
「まぁ、平民の集まりかと思えば、ミラー伯爵令嬢までいらっしゃるのね。こんなに寒いのに、中庭なんかでお弁当を広げて奇特な方ね。ジルゥ、そう思いませんこと?」
どうやらティタニアはアナスタシアの存在に気がついていないらしい。アナスタシアは完全に背中を向けているし、その前に立つラスティは顔も半分隠れてしまうボサボサの髪型のせいで貴族に見えなかったのかもしれない。
「シア、僕らは奇特な方々らしいよ」
「まぁ、ラスティ!あなたに限っては全くその通りだと思いましてよ。でもそれ以上に、そこの耳障りな戯れ言を巻き散らかしている雌猫をぶら下げて恥ずかしげもなく歩いている木偶の坊の方が、ずっと奇特で恥知らずな方だと思いますわ」
ポットから温かい紅茶をよそって一口飲んだアナスタシアは、よく響く声で振り返りもせずに言い放った。その途端、ティタニアの顔が怒りで赤く染まる。
「あなた!この方がストーン侯爵令息のジルベルト様だって知っていての無礼なの?!侯爵令息よ!」
アナスタシアはスックと立ち上がり、クルリと向きをかえた。
「ごきげんよう。もちろん、ストーン侯爵令息のジルベルト様だと理解しておりますわ。ねぇ、エリザベス・ミラー伯爵令嬢の婚約者のジルベルト・ストーン様。あなた方もわたくしをご存知かしら?ベスとキャシーの親友のアナスタシア・ゴールドですわ。一応公爵令嬢ですの。許しもしておりませんのに、男爵令嬢に話しかけられて、あまりの無作法に言葉もありませんわ」
いや、かなり喋ってますから。
想像もしてなかったアナスタシアの存在に、ティタニアは顔面蒼白になってしまっている。
「はじめまして、ゴールド公爵令嬢。何か誤解があるようだが、俺……いや私達は親しい友人というだけで、愛しの婚約者殿になんら恥ずべき関係ではない。それにしても、まさか私の婚約者殿がゴールド公爵令嬢と親しくさせていただいているとは知らなかった。なぁエリー、話してくれれば良かったのに」
久しぶりにジルベルトに名前を呼ばれて、エリザベスは背中がゾワゾワするような気持ち悪さを感じた。学園内の至る所で盛っておいて「なんら恥ずべき関係ではないんですよ」とか、ちゃんちゃらおかしくて、臍で茶を沸かせちゃうとはこのことだ。
「わたくし達が親友になったのは今さっきですのに、ストーン侯爵令息に話せるわけがありまして?」
咎めるようなジルベルトの口調にイラッとしたのか、アナスタシアは扇子をパチンパチンと開けしめしながらツンと横を向いた。
「では、ウッド子爵令息がここにいるのは、ゴールド公爵令嬢の関係で?」
ジルベルトが、チラリとラスティに視線を向けた。女子三人の楽しい昼食会に、野暮ったい男子が一人混ざってしかもクッキーをポリポリ食べているのだから、その関係性が気になったのだろう。
「さあ? ラスティがここにいる理由など、わたくしが知ったことではありませんわ。わたくし達の楽しい昼食会に乱入者が三人もいて、本当に不愉快です」
「ええ?!そこに僕も入っているわけ?」
ラスティが大袈裟に驚いたふりをし、エリザベスとキャサリンに「そんなことないよね?」とオロオロと問い正す。キャサリンは「さあ?」と冷たく突き放し、エリザベスは「そんなことないですよ」と微笑んだ。
なんとなく不機嫌そうにその様子を見ていたジルベルトだったが、ティタニアに「もう寒いから校舎に戻りましょうよ」と袖を引かれ、アナスタシアに礼を取り引き返していった。
校舎に入る二人の後ろ姿をエリザベスがジッと見ていると、そんなエリザベスの肩にラスティが軽く触れた。
「大丈夫?」
「全然大丈夫ですよ」
肩に置かれた手の温かさに、エリザベスは自然と柔らかい微笑みを浮かべた。
それは嘘偽りない真実で、二人の姿を真正面から見ても傷つかなかったどころか、高身長のジルベルトの横にスラリと背が高くゴージャスな美女であるティタニアが並ぶと絵になるななんて感心してしまったくらいだ。金(ジルベルトの髪色)と黒(ティタニアの髪色)の対比もなんとも美しく見えた。あの、エロゲーの動画で見たように。
「ベス、あなたあんなクズ野郎とこのまま結婚することになって良いんですの?!」
「全くです。やはり人生もハッピーエンドでなくては」
「婚約破棄目指すんだよね。僕も色々情報を探っているところだから」
ラスティの言葉にアナスタシアもキャサリンも大きく頷く。
「破棄する理由はクズ野郎の不貞で十分じゃありませんの。すぐさま婚約破棄なさるべきよ」
「シア、証拠が必要なんだよ。口でだけ不貞を行ったと言っても、本人達がその事実を否定してしまえば、侯爵家に難癖をつけたと、ミラー伯爵家に被害が及ぶ」
「まァッ!それなら第3王子であるラ……サイラス殿下が王族の権限で婚約破棄させればよろしいわ!貴族の婚約も結婚も王族の許可がいるのですから、ラ……サイラス殿下が認めないと言えば万事解決じゃありませんの」
「そんな、サイラス殿下の手を煩わせるなんて恐れ多いです!」
エリザベスがヒシッとアナスタシアにすがりついて「とんでもない!」とアピールすると、アナスタシアはチラリとラスティと見て「王族といってもたいしたことありませんのに……」とブツブツ呟いた。
「証拠って例えばどんなものが必要ですか?例えば、私の証言だけでは厳しいですか?」
キャサリンは屋上でエリザベスと共にあの二人の絡みを目撃している。
「うーん。一人では弱いかな。申し訳ないがキャサリン嬢は平民だよね。できれば貴族数名の……証言が必要かと思う」
「数名とは正確に」
「5名以上。少なくても3名。日時もあればなお良し」
「あの……はい。私目撃いたしました。10月10日の放課後。場所はジルの教室です。相手はさきほどの……ガッツリいたしておりました。あと、11月3日も屋上で。お昼休みです。キャシーと二人で見ました」
エリザベスが恐る恐る挙手をして発言すると、痛ましそうな視線が集まる。
「うん、10月10日のは僕も見た。なんならどんな体位でどんなふうにとかも言えるけど」
ラスティに向かって、主にアナスタシアとキャサリンから白々とした視線が向けられた。
あの時、よくは覚えていないが、ティタニアの制服ははだけてなかっただろうか?ラスティはどこまでティタニアの痴態を見たのか?
エリザベスは、みながエリザベスの婚約破棄について話し合ってくれているのに、ラスティが他の女性のあんな姿を見てどう感じたのか……そんなことが気になってしょうがなかった。
「実は私……1年の時からストーン侯爵令息の浮気現場に遭遇することがちょくちょくあって……。ベスごめんなさい。あなたの婚約者があなたを裏切っていることを知っていたのに、あなたに伝えようとは思わなかった。貴族ならばそういうものなんだろうと、気にも止めていなかったの」
キャサリンは頭を下げ、再度「ごめんなさい」と謝った。
「キャシー、そんな頭なんか下げないで。確かに、貴族令息の中にはジルベルトみたいに婚約者がいても他人に手を出す人も多いから」
「貴族令息を一括りに考えてはいけないよ。僕は絶対にそんなことはしないからね!」
項垂れているキャサリンを放っておけないエリザベスは、キャサリンの手をしっかり握る。
「あんな場面にちょくちょく遭遇してしまっていたなんて、キャサリンこそ不快だったでしょう?」
「まぁ、彼らは犬のようにどこでも見境なく盛っていたから、犬の交尾だと思えばたいして不快にも思わずスルーできたわ。それでなんだけど、私、子供の時から日記をつける趣味があって」
「もしかして、キャサリン嬢が遭遇したストーン侯爵令息の浮気の様子が書いてあるとか?!」
キャサリンはコクリと頷いた。
「もちろん、ストーン侯爵令息の観察日記ではないのでたまにしかでてはきませんが、私が目撃した日時や状況は書いてあります。あと、たまに私が目撃する前にたまたま見てしまって逃げ出すご令嬢がいたり、逆に食い入るように観察するご令息がいたりと、そんな状況も書いてあります」
「キャサリン嬢の日記もかなりな物的証拠になるだろうが、その他の目撃者の証言が取れれば、婚約破棄はほぼ確定だよ」
そんなに目撃者がいることに驚きだった。噂にだってなっただろうに、エリザベスはそんなことも知らずに毎週婚約者として週一でジルベルトと昼食を食べていた。
周りにどんなふうに見えていたのか?
浮気にも気が付かない鈍くさい女、浮気されてるのに好かれてると思い込んでいる痛い女、都合よく使われるだけの可哀想な女……。実際に前世で言われたことのあった言葉だ。エリザベスの思考が愛莉で埋め尽くされていく。
凄く惨めで、切なくて、苦しかった。
自分が悪かったんじゃないか? 浮気されるだけの理由が自分にあるんじゃないか?そんな考えてもしょうがないことをグルグル考えて、「魔が差しただけなんだ」「本当に好きなのは愛莉だけだよ」「やっぱり愛莉しかいない」とかなんとか言われて絆されて元サヤに戻って……、それで結局は浮気相手に刺されて殺されたのよ。そうよ、殺された。
殺されるくらい悪いことなんかしてないわよ?!
暗い思考に落ちていたのが一気に浮上した。
エリザベスが悪かったことといえば、あまりに内向的過ぎて周りと関わってこなかったことくらい。だから噂も耳に入ってこなかった。
ジルベルトからしたら大人し過ぎる婚約者は魅力がなかったのかもしれないし、小柄で華奢な体型のエリザベスはジルベルトの趣味じゃなかったのかもしれない。
でも!
この婚約は、元は爵位を継ぐことのない侯爵家三男であるジルベルトに爵位を持たせる為に決まった婚約だ。政略ではなくほぼ命令に近かった。
浮気はしまくる、愛情は皆無、でも爵位は渡せって、盗人猛々しいとはこのことだ。
「……ス……ベス、エリザベス」
肩を揺すられて、エリザベスは思考の沼から引き戻された。目の前には口角をへニョリと下げたラスティがいて、その両脇には心配げに表情を曇らせているアナスタシアとキャサリンがいた。
「あ……ごめんなさい。ちょっと考え事を」
「大丈夫ならいいんだ。今日、キャサリン嬢の家に行って、日記を確認させてもらえることになったんだけど……ベスは無理しなくていいんだよ」
エリザベスは思考を吹っ切るように首を横に振った。
「私のことだもの。私が知らないといけないと思う」
「でも……辛いんじゃ」
「気持ち悪いとは感じるかもしれませんけど、辛くはならない気がします」
それから四人は放課後学園の馬車寄せで待ち合わせをし、エリザベス達は普通科の校舎へ、ラスティは文官学科の校舎へ別れた。




