1. 始まり
<プロローグ(ゲームチェンジより)>
私の心は張り裂けそうだった。私の両方の顔を知っている人は古い友人のヴィオラと、彼の母親と、幼い私に空手や柔道の手解きをした教授の3人だけだった。
レッドサタンの件で、私の危機を直前に二度も知らせてくれた戦闘機パイロットの彼も、今では私の両方の顔を知っているが、私が有名になる前から知っているのは、その3人だけだった。その中で私が何でも話せたのは、ヴィオラだけだった。
若き伯爵が私に暖かいコーヒーを持たせてくれた。
ジャックも心配そうに私を見守っていた。
コーヒーを一口飲む。目をつぶった。ヴィオラの笑顔が私の心の中で弾けて、私はやはり涙が溢れそうになった。
「みんなで、ナディア姉さんのその友達が亡くなる前に行って、助けだそうと決めたんだよ。」
颯介の思わぬ声が耳に飛び込んできて、私ははっと我に返った。
そうか・・・
その手があったか。
私はスパイ。世界最強のスパイだ。
さらに、金や戦闘機だけではなく、強烈な異能も手に入れた。
時間を遡ることができるらしいゲームの存在も知った。
ゲームを通じて、新たな仲間もできた。
私の本当の姿を知らなくても、命をかけた冒険を共にし、全力で協力してくれる仲間だ。
「占い師に会いに行こう。奴なら、何かヒントをくれるはずだ。」ジャックが静かに私に言った。
私は顔をあげた。そうだ。
あらゆる手を尽くして、ヴィオラが亡くなってしまう前に行き、彼を救い出してくるのだ。
私はそのためには何でもやると心に誓った。復讐の前に、やるべきことがある。
必ず、ヴィオラに訪れたはずの危機を回避してみせよう・・・
<本当の始まり : 中世ヨーロッパの貧しい村で、それは始まる>
お腹が空きすぎて、眠れない。
わずかなパンの欠片に残っていた貴重なバターを塗って、炒ったハシバミの実と一緒に食べたのが最後だ。
夜も遅い時間になったのに、全く眠れずに、古びたベットの中で3人の子供たちは目を開けていた。父親が連れて行かれてどのくらい経ったのか、記憶がないくらいだ。
古びたベッドの中は落ち着けて、あったかくて、子供たちは守られている気分で満ちていた。暗闇の中でも、それぞれ静かに闘志を燃やしていた。
母さんの形見のドレスはとっくに売ってしまった。形見のイヤリングもネックレスも伯爵家に引き取ってもらって、小麦粉に変えた。もはや何も残っていない。明日の朝、かまどでパンを少しだけ焼いたら、本当に終わりだ。
「ね、あの話覚えている?」
一番下の弟のレオが、隣で寝ていたジョージアに話しかけた。レオは短い金髪だったが、父さんが連れて行かれてからだいぶ経つので髪が伸びすぎてきていている。
「何?」
ジョージアだけブルネットの髪を乾かすためにさっきまで起きていた。今日は川で魚を取ろうとしたが、一匹も釣れず、水とパンと山で拾ったハシバミの実しか口にしていなかった。
「父さんがずっと前に話してくれた、伯爵の家の話だよ。」
レオが幼い子供らしい無邪気な声で続けた。
「あー、私たちのじいちゃんが伯爵の家で冒険をして、食べ物を沢山持ってきてくれたという話よね。」
ジョージアも、同じ話のことを今日一日中ずっと考えていたので、すぐに何をレオが言おうとしているか分かった。
知っている。その話のことは何十回も、私も考えた、とジョージアは心の中で言った。
井戸の水を汲んでいる時も、川で魚を釣ろうとびしょ濡れで悪戦苦闘している時も、ジョージアも今日は一日中そのことを考えていたのだ。
「お前たち、危ないことを考えるのはやめろ。」
一番上の兄のピーターは、怖い声で弟と妹にいった。ピーターの明るいブラウンの髪は、窓から入る月明かりで見ると、燃えるような赤毛のようにも見える不思議な髪だった。
「なんで?」
レオは食い下がっている。そうね、、と心の中でジョージアも思う。気になるわよね。
「にいちゃん、このままだと僕たち何も食べれなくて死んじゃうよ。」
レオは幼い声に少しの必死さを混ぜて続ける。
その瞬間、ジョージアは我慢できなくなって、古びたベットから飛び出した。そうよ、私たち試してみるべきだわ!
「明日の朝になったら、私たちもっとお腹が空いて力が出なくなるのよ。そうなる前に、父さんが話していたあの穴があるか見て来ましょうよ。」
ジョージアはまくし立てるように続けて言った。
レオも、ジョージアと同じように古びたベットから飛び出して、靴をはいた。
ピーターは、妹と弟が急にベッドから飛び出したのに困ってしまい、仕方なく自分も起き上がった。
いいわ、ついにピーターもやる気になった。
ジョージは心の中でほっとした。試すなら、3人で一緒に試さないと。
彼女はもう、外に出るために、ブルネットの長い髪をすごいスピードで三つ編みにまとめ始めている。
「分かった。」
ピーターは、覚悟を決めたように口をキュッと結んで、妹と弟の二人の顔を見た。そして、言った。
「そっと行くんだぞ。誰にも見つからないように、そっと家のドアを閉めて、鍵をかけて、通りをそっと歩いて行こう。通りの隅っこを静かに歩こう。いいな?」
レオとジョージアは、真剣な顔でうなずいた。
父さんがいた頃は、夜に通りを歩くなんてあまりに怖すぎて、三人の子供たちには考えられないことだった。でも、今は事情が違うのだ。父さんは連れて行かれて今はいない。
貧しい村には街灯の灯りも無く、夜道は薄気味悪いほど真っ暗だった。
村の夜道には、人っこ一人いなかった。狂ったようにお腹を空かせて、子供をおそう野良犬だっているかもしれない。
ずっと前に父さんから聞いた「じいちゃんの冒険の話」が、それぞれの子供たちの頭の中で、ここ数日は頭から離れなくなっていた。
じいちゃんが食べ物を手に入れられたのなら、その話の通りに自分たちもできるのか、確かめたくてたまらなくなったのだ。
きっと、穴はあるに決まっているわ、私はなぜかそんな気がして仕方がない。ジョージアはそう心の中でつぶやいた。
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