乙女ゲームの主人公に転生したので、ポーカーフェイスで短命な推しを救いたい
侯爵家の令嬢のアイリスに転生したことに気づいたきっかけは、聖カトレア学園の入学式でヒース様を初めて見たとき。
「ヒース様が生きてる!」
「――え?」
思わず顔を触ろうとした私に、訝しげに顔を上げ、頬にかかる黒い前髪がサラリと揺れた。
これは前世でハマった乙女ゲームだ。彼は攻略対象ではない。攻略キャラの友人で、どの攻略対象を選んでも友人として現れるから、全ルートを制覇してしまった。
やるせないのは、必ずヒース様が死んでしまうこと。
決意を固めた。この世界の主人公に転生したからには、ヒース様を守ります!
作戦は、恋愛フラグをへし折ることだ。
ダンスに誘われても、授業中にえんぴつが転がってきても、曲がり角でぶつかっても、ポーカーフェイスで何事もなかったように立ち去った。
攻略対象達を無視し続けていると、少しずつ変化が起こった。
どんな誘いも断るため、ひそかに高嶺の花と呼ばれるようになった。
ヒース様に学友はいない。天才肌で何でもそつなくこなす彼は、その気になれば誰とでも仲良くなれるのに。
休み時間の教室でヒース様が一人ポツンと座っていて、憂いを帯びてイケメン度が増し、話しかけずにはいられなかった。
「ヒース様。私と友達になってもらえませんか?」
「えっ?」
「よかったら話し相手にならない?」
推しは近くで見ているだけで充分。
ニッコリ笑うと、ヒース様は驚いた顔はしたものの「俺でよければ」と快諾してもらえた。
「では、お近づきの印にこのおふだを肌身離さず身につけてほしいの」
すかさず渡したのは、厄除けの魔法陣が描かれたおふだ。
「どうしてこれを?」
「きっと不幸からヒース様を守ってくれるはず」
短命なあなたを救いたいからとは言えない。
不思議そうにしながら、毎日胸ポケットに入れてくれると約束してくれた。
まさか、そのおふだが不幸を引き寄せてしまうとは。
攻略対象のキャラクター5名が寄って集まり、ヒース様に詰め寄った。なぜ高嶺の花から贈り物をもらっているのかと。
私が駆けつけたときには、おふだが破られそうになっているところだった。
「アイリス様からいただいた大事なものです。やめてください!」
ヒース様が叫ぶ。
「厄除け魔法作動!」
私の声に反応して魔法陣が攻略キャラの下に浮かび上がり、学園の屋根裏へと転移させた。
「あなたからもらった大事なものに守られました。ありがとう」
「いいえ。無事なら何よりよ」
ヒース様を守る生活は始まったばかり。