コーヒー牛乳
「くんくん――、くんくん」
犬のように鼻を鳴らし、一張羅の匂いを嗅いでみる。
特に変な匂いはしない。
元々、肉をあまり食べないためだろうか。アリスはあまり体臭のしない体質であった。
「一応、タオルで水拭きはしてたしね」
これならば初対面でバッチイ娘、というレッテルを貼られることはないだろう。
そう思いながら寮の人に話しかけた。
「すみません、お姉さん、この寮の寮長さんを知りませんか?」
丁度通りがかった女性に話しかける。
金色の髪を大きなお団子状に結い上げた中年の女性。
眼鏡を掛けており、性格がきつそうであったが、実際にきつかった。
「この寮には寮長などおりません」
「え? 責任者がいないということですか」
「いえ、違います。この由緒あるアースハイム校では、寮長などという俗な呼称は用いないのです」
彼女はそう言い切ると、
「ええと、ミス――」
と続けた。
どうやら私の名前を知りたいらしい。
「アリスです。アリス・クローネと申します」
「では、ミス・クローネ。今後、この寮で寮長なる無粋な言葉は決して使わないでください」
「はい……」
第一印象通りの人だなあ、と思ったが、すぐにその印象も変る。
彼女はアリスが素直に頷いたのを確認すると、にこり、と口元を緩ませ、こう続けた。
「よろしい、ミス・クローネ。それでは私の自己紹介をしましょうか。私の名はオクモニック。ミセス・オクモニックです。この第三女子寮で舎監をしています」
なるほど、この寮では寮長を舎監と呼ぶのか。
納得すると同時に、「舎監、舎監」という言葉を脳裏に刻み込んだ。
正直、寮長と舎監の明確な違いを教えて欲しいが、たぶん、デザートとスイーツくらいの差しかないであろうことは容易に想像できる。
それよりも先に、するべきことがあるだろう。
アリスは大きく頭を下げると、その頭を大きく垂れた。
「あ、あの、よろしくお願いします!」
途中で退学、などということにならなければ、アリスは今後4年間、この寮でお世話になるのだ。
ここで礼儀正しい娘であることをアピールしておいて損はない。
あるいは元気な娘であるとアピールすることもできる。
元気な挨拶をされて厭がる人間はいない。仮にいたとしてもそういう子とは友達になるな、というのが祖母から受けた教育である。
アリスは頭を上げると、恐る恐る両目を開けるが、ミセス・オクモニックの表情は想定以上のものであった。
「珍しいタイプの貴族ね、貴方は」
「なにぶん田舎育ちなもので」
アリスがそう言い切ると、
「困ったことがあったら舎監室に来なさい。私は常勤しているから」
という有り難い言葉をくれた。
それと同時に、この学院の制服も。
あと、ご丁寧に共同浴場の場所まで教えてくれた。
アリスは早速、ミセス・オクモニックの好意に甘えてお風呂に入った。
第三女子寮の共同浴場には、ゴボゴボとお湯を吐く金獅子が設置されていた。
それに香油が混ぜられているらしく、とても良い香りがした。
服と下着を脱ぎ捨て、お風呂に入ること十数分――。
軽く鼻歌を漏らしながら、久しぶりの湯船を堪能する。
(しかし、なんでお風呂上がりって牛乳を飲みたくなるのだろうか)
それもキンキンに冷えたやつを。
これはアリスの地方にのみ伝わる風習だろうか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
ただ、幸運なのは、この寮を設計した人間も物事をよく分かっている、ということだった。
お風呂から上がると、ちゃんと濡れた身体を拭くタオルが用意されていて、脱衣所の端には誰が飲んでもよい瓶につまった牛乳が用意されていた。
それもキンキンに冷えたやつ、しかも苺牛乳とコーヒー牛乳が用意されていた。
うん、この学院のことはまだよく分からないが、少なくともこの寮は良い寮だ。
アリスはタオルをその貧弱な身体に巻き付けると、腰に手を当て、苺牛乳を一気に飲み干した。
この王都の苺牛乳も、アリスの生まれ故郷と同じ味がした。
ちなみに脱衣所の端には体重計も置かれている。
アリスの体重は自宅にいた頃からまったく一緒だった。
さて、さっぱりとし、身を清めると、アリスは自分の部屋に荷物を置き、そのまま眠った。
明日は、入学試験があるのだ。
アリスはそこで、目立ちすぎない程度の成績を残し、そのまま志望の『史学科』に入学するつもりだった。
「うふふ……」
史学科に入れば、毎日、資料に触り放題になるのだろうか。
そう考えると、なぜか頬が緩むアリスであった。
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