王都の石畳
さすが王都だよ! デカイよ! 広いよ! それに立派だよ!
王都の駅馬車の停留所に降りたとき、アリスの口から漏れ出た感想がそれらだった。
「まるで田舎者のようだね」
とは、シャナンさんの言葉だったけど、その通りなので否定はしない。
むしろ堂々と田舎者アピール。
「わたし、実は父上の領地からほとんど出たことがないんですよ! 小さな頃、家族で何回か王都に行ったことはあるらしいんですが、幼すぎて記憶が飛んでいます」
「何歳のときに来たんだい?」
「0歳と3歳のときです」
「……それでは覚えていないのも当然だろう」
「いえ、でも、2回目のときはなんとなく覚えてますよ。確か、初めて石畳を踏んではしゃいでいた、と姉上は言ってました」
「確かに私も農村出身だが、初めて石畳を踏んだ日のことは覚えている」
「ですよね、ですよね、なんかワクワクしましたよね」
「君は現在進行形でわくわくしているようだね」
シャナンは少し呆れながらそう口にした。
「だって全面石畳ですよ! 土じゃないんですよ? 干からびたミミズさんもいないし、カエルさんもいません。なんか都会に来た、って感じがしませんか?」
「そうだな。まあ、たしかにそんな気もする」
シャナンはそう肯定すると、「じゃあ、好きなだけ堪能したまえ」とアリスに石畳を愛でる時間をくれた。
許可を貰ったアリスは、文字通り飛び跳ねながら石畳を堪能する。
「…………」
「固いです!」
「そりゃ、石でできているからな」
アリスは石畳に頬をすりつける。
「…………」
「冷たいです!」
「そりゃ、まだ春先だからな、石は暖まっていないだろう」
アリスは石畳に接吻をする。何度も。
「…………」
「痛いです!」
「そりゃ、石に頭突きをすればそうなるさ」
シャナンはアリスの奇行にいちいち返答してくれる。
アリスが全身を使い石畳を愛でること十数分、その間、シャナンは黙ってアリスを見守っていてくれた。
若干、残念な子を見つめる視線なようにも見えたが、気にしない。
それほどまでにテンションがMAXなのだ。
しかし、無情にも時間は過ぎ去る。
シャナンは、「ポンポン」と二回手をはたくと、アリスから自由時間を奪い去る。
「ここまでだ、アリス。君の石畳愛は十分伝わったから、あとは後日愛でてくれ」
「ど、どうしてもですか?」
アリスは名残惜しそうに石畳を見つめる。
「あいにくと私も忙しくてね。それに私も王立学院に向かうのは初めてなのだ。目立つところにあるというので迷うことはないだろうが、できれば日が暮れる前に学院に到着したい」
「王都は広いですからね」
アリスは大きく腕を広げる。ちなみに王都の広さはアリスの父上の領地、何十倍だろうか。いや、何百倍なのだろうか。計算すると頭がクラクラするのでしないけど。
「ああ、だから君がいちいち都会にある魔術駆動式街灯や立派な建物に目を奪われていると、今日中にたどり着ける自信がない。なので君には節度ある態度を望みたい」
「任せてください。不肖、アリス・クローネ、自分でいうのもなんですが、宿賃などに使うお金は一切持たされていません。なんとしても本日中に学院内にある寮に着かないと」
王都にある宿は高いと仄聞する。
もしも今日、外泊などということになれば、父上から渡された路銀を使い果たしてしまうかも知れない。
一応、入学金や授業料は免除される、とは入学案内に書いてあったが、諸経費は自前、とあった。
つまり、学院の勉強に必須な筆記用具や文具用具、教材や参考書などは自分で買いそろえなければならない。
それに下着などの女の子に必須なものも。
アリスは女中のウェンディさんに用意して貰った一張羅のお出かけ着以外、新しい衣服などは一切持ってこなかった。
もちろん、屋敷でもそのような生活を送っていたわけではない。
ただ、衣服などはこちらで買い揃えるように、と固く注意されているのだ。
理由は単純なもので、姉曰く、
「田舎娘の洋服ダンスの服なんて持って行ったら馬鹿にされるわよ」
とのことだった。
アリスの姉は王都で働いていた時期があった。
なんでも王都の女性の服の廃り流行りは、生き馬の目を抜く状態らしい。
「あんたみたいな、ファッションに興味のない子供は馬鹿にされて虐められるのがオチだから、素直に店員さんのオススメの服を買いなさい」
との補足も。
ちなみにアリスはそのアドバイスもドン無視する気でいた。
そもそもアリスの通う学院には、国王陛下から支給される有り難い制服がある。
学生の正装は学生服だ。
それを着てさえいれば後ろ指を指されることもないだろう。
学生服とは、お葬式にも結婚式に着ていける便利な服だ、というのが、とある小説家の格言だ。
アリスの本分は勉学にあるのだし、学院の外に出ることもあまりないだろう。
学生服以外ならば寝間着以外買うつもりはない。
あとは下着くらい買うだろうけれども、それも別に大枚を使うつもりはない。
ある程度ローテーションをくめるくらいに揃えられればそれで十分だった。
父上から貰ったこの路銀はできるだけ節約して、勉強という名の教養、つまり趣味である書籍購入代金に充てたかった。
なので、シャナンさんの勧め通り、アリスは本日中に学院に着くため、その歩を早めた。
道中、大通りに面した大きな本屋さんに立ち寄りたくなったのは、ここだけの秘密だ。
「面白かった」
「続きが気になる」
「更新がんばれ!」
そう思って頂けた方は、下記から★ポイントを送って頂けると、執筆の励みになります。