無限の可能性
自然の森にて気を失うアリス、その間際、こんな声が耳に入る。
「ものすごい邪悪な魔力を感知したのだが」
「魔人が現れたというのは本当か!?」
「むむ、ここに女生徒がふたり倒れているぞ!」
「このメイド服の娘は?」
この娘は「アリス・クローネです」 そう説明してくれたのはシャナンさんの声だ、というのは分かった。
そしてアリスを擁護してくれたのも。
「この娘が魔人のわけがありません。おそらく、ここに倒れている娘が魔人なのでしょう」
「その通りです。しかし、詮議はのちほどにしてください。今は魔人と化したルクレシアの治療が先決かと思われます」
「その通り。人ならざる異形の魔人がなぜこの学院にやってきたのか。それはのちにこのルクレシアから聞けばよい。それよりも今はこの娘の治療をしてやらなければ」
それにしても、と、シャナンは言う。
「とんでもない魔力を秘めた娘だとは思っていたが、まさか魔人を倒してしまうとはな」
なかば呆れ気味に言う。
「いや――」
と、しわがれた老人の声が静止に入る。
「真に恐ろしいのは魔人を倒したことではない」
そう言い切ったのは大賢者アーリマンだった。
「と、いいますと?」
「見てみよ、このルクレシアという娘の胸を」
「アーリマン様、年頃の娘の制服をはだけ、胸を見ようとはしないでください」
「そんな不埒なことは考えておらんわい」
「てつきが嫌らしいです」
「むむぅ、信用がないの」
「普段の行動と言動に強く反省を促したい」
シャナンはそう断言すると、自身の手でルクレシアの制服をはだけさせた。
無論、アーリマン他、男性教師にはあっちの方を向いておけ、と言明してある。
「心臓部分に小さな穴が空いている……。この娘は心臓に穴を開けられても生きていられるのか?」
その疑問に答えたのはクロエだった。
「いえ、たしかに胸に風穴が空いていますが、その娘の臓器、つまり心臓は無事です」
「君は?」
クロエはしばし逡巡した後に、
「……アリス様のメイドをしているものです」
と答えた。
一瞬間があったのクロエのメイドとしての矜持が邪魔をしたからだ。
クロエはエルザッハ家のメイドとしてのプライドがある。
しかし、今は主の命により、アリスのメイドだ。
堂々とそう名乗ることが、ひいてはエルザッハ家の名誉にも繋がるだろう。
「アリス様は《水流》の魔法でこの娘の心臓に埋め込まれた魔人石だけをピンポイントで破壊したのです」
「な、なんだって!?」
「そんなことが可能なのか?」
「できるわけがない。砂漠で特定の砂粒を見つけ出すより難しいぞ」
教師たちは互いに自分たちの顔を見合わせる。
お前にそれができるか? そんな顔をしているが、皆が苦笑いを漏らすしかなかった。
その様子を見て、魔術科の学科長である大賢者アーリマンは笑う。
「ふぉっふぉっふぉ、たしかにこの娘は面白い娘じゃて。魔人になったものの命を奪わずに、魔人を退治してしまう。ただの小娘にはできん芸当じゃ」
アーリマンはそこで哄笑をやめると、最後にこう宣言をした。
「魔人の件。全校生徒にはくれぐれも内密にするように」
ただし、と付け加える。
「この娘の勇気、それに慈愛にはそれ相応の敬意を評してやらねばならぬの?」
というと? とシャナン問うてくる。
「学院長は不在じゃ。取りあえず理事長閣下に報告しよう。あの方ならば喜び勇んでこの娘の功績を褒めてくださるだろう」
「理事長? ですか?」
シャナンは不思議そうな声で尋ねる。
「なんじゃ、シャナン殿はまだ理事長閣下に会ったことがなかったのかの?」
「ええ、まだです。学院長にさえ会っておりません」
「まあ、学院長は『政治活動』で忙しいからの。しかし、理事長閣下は気さくなお方じゃ。今度、面会されるがよかろう」
「はい」とシャナンはそう言うと、アリスを持ち上げた。
他の教師たちは二人がかりでルクレシアを運び、医務室へと向かう。
シャナンはこれでも黒の剣士の異名を持つ女なのだ。
その辺の男よりもよほど筋力を持っていた。
「ん? どうしたのじゃ? そのような顔をして」
アーリマンはシャナンの表情の変化に気がついたようだ。
シャナンは苦笑を漏らしながら答える。
「いえ、ただ、この娘があまりにも軽すぎるもので」
「ほう、乳も小さいしの」
「それはセクハラですよ。事実ですが」
と、言うと続ける。
「しかし、本当にこの娘は軽い。まるで小枝のようだ。この娘の中に本当にSランク級の魔力が宿っているとは信じられない」
シャナンがそう言うとアーリマンがこう締めくくる。
「その娘の胸にはなにも詰まってはいないが、その娘の身体の中には無限の可能性が詰まっている。
それに、と続ける。
「友人に対する思いやりもな」
アーリマンは未来の聖女を見下ろしながら、そう付け加えた。




