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アーリマン

 ††


「すみません、アーリマン殿、ぶしつけな娘で」


 そう言ったのは黒の剣士ことシャナン。


 言われたのは灰色の大賢者アーリマンである。


 彼は気にした様子もなく言った。


「年頃の娘さんのケツを触ったのはワシだて。頬をはたかれなかっただけましじゃな」


 ふぉっふぉっふぉ、と哄笑を漏らすアーリマン。


「まあ、たしかに女生徒の臀部を触るのは、今流行りのセクハラというやつですな。最近、それが問題で退職させられた教師もいるとのことです」


「では、今後は女生徒の尻には触れないようしよう」


 アーリマンがそう言うと、シャナンはひらり、と身を翻す。


「教師、もしくは臨時講師の尻も触らないで頂きたい。私は尻を触られるためにこの学院に雇われているわけではありませんから」


「お堅いのう。尻は柔らかそうなのに」


「アーリマン殿は救国の英雄。この国の大賢者です。晩節を汚すような真似は謹んで頂きたい」


「ワシに汚すような名声はありはせんよ」


「またまたご謙遜を。貴方はこの国の危機を何度救ってきたのです」


「逆にいえばこの国の何度も救ってしまった、ともいえる。もしもワシが余計なことをしなければ、この国は目覚め、より良い方向に向かったかもしれんて」


「――アーリマン殿! 戯れでもそのようなことを口にされてはいけません」


 シャナンは口調を強めたが、アーリマンは、「安心せい。このようなことをいうのは信頼できるものだけじゃ」とカラカラと笑った。


「さて、その信頼できる黒の剣士よ。お前さんの知り合いの娘。あの娘はなんといったかの?」


 先ほどの娘ですか?


「うむ、そうじゃ、あの元気の良い娘じゃ」


「あのものはアリス・クローネと申します」


「知り合いか?」


「王都に来る際、出会った娘です。それが何か?」


「うむ、あの娘は特別な娘だと思ってな」


「はあ、まあ、確かに変わった娘ですな。エリートの道を拒み、司書になどなりたいと申すのですから」


「そうではない。人は夢を持つもの。皆が大賢者を目指す必要はないし、皆が聖女になる必要はない。誰しもが天職というものを持っている。事実、あの娘は魔法を唱えるよりも、本に囲まれ、ゆったりとした日々を過ごすのが似合っているだろう」


「ならば史学科に転科させるのですか?」


「それはまだ決めていない」


「それにしては気に掛けているご様子ですが」


「無論、気に掛けてはいる」


 アーリマンはそうはっきりと宣言すると、己の右手をシャナンに見せた。


 その右手は、先ほどアリスの魔法を受けた手だった。


 その手を見たシャナンは思わず声を荒げる。


「な、なんと!」


 アーリマンのしわがれた右手は、ずたぼろになっていた。


 指があらぬ方向に曲がり、肉がそげ落ちていた。


「見てみよ。この大賢者アーリマンが張った《結界》の魔法をあの娘は貫いたのだ。それも無詠唱、さらにいえば水魔法の初歩中の初歩、《水球》でだぞ?」


 アーリマンはそこで一呼吸置くと、こう言い切った。



「あの娘は化け物かなにかなのか?」



 と――。


 シャナンは努めて冷静に答える。


「人族、地方の貧乏貴族の末娘、ただの本好き、だとは思うのですが、一介の剣士である私にはそれ以上は分かりません」


 ただ、とシャナンは続ける。


「あの娘は良い娘です。自分以外の誰かのために本気で戦うことができ。他人の為に笑うことができ、他人の為に泣くことができる。そんな娘です」


「……そうじゃな。交わした言葉は少ないが、ワシもそんな印象を受けた」


 アーリマンはそう言い切ると、こう続けた。


「そのような娘じゃ。模擬試合とはいえ、他の生徒を傷つけたら悲しむじゃろう」


「それではアリスの出場を控えさせますか?」


「いや、それには及ばない」


 アーリマンはそう言い切ると、舌を出しながら、悪戯小僧のように言った。


「あの娘には《封呪》の魔法を掛けておいた。《封呪》の魔法を掛ければあの娘の実力は10分の1以下になろう。さすれば他の生徒を傷つける心配もなかろうて」


「なるほど、ただ、女生徒にセクハラをする変態ジジイではなかったのですね」


「無論じゃ。意味もなく女の尻に触れたりはせん」


 と言うアーリマンの手を再び避けるとシャナンは言った。


「……しかし、10分の1に抑えたところで、アリスが模擬試験で勝つのは目に見えていますな」


 アーリマンも同意する。


「まあ、余裕で勝てるだろうが。たまにはこういう花試合を見学するのも悪くなかろう」


 そう言い切ると、再びアリスの方に視線をやった。


「さてはて、とんでもない才能を持った娘だが、あの娘、まだまだ伸びる余地がある。10年後、いや、数年後、どのような魔術師になっているのだろうか。それまでワシの寿命が残されているといいがな……」


 アーリマンは小声で呟いた。


「なにかおっしゃられましたか? アーリマン殿」


「いや、なにも」


 アーリマンは惚けた老人の振りをすると、傷ついた手に回復魔法を掛けた。


 みるみるうちに傷は回復していく。


 大賢者は回復魔法も得意なのだ。


 傷が治ると貴賓席から試合会場を見下ろす、ちょうど、模擬試合の開始が宣言されたところだった。

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