むむむ、むかつく
はた迷惑なメイドさんが押しかけルームメイトになってから、数週間後――。
最初こそはその奇っ怪な状況に違和感を覚えたが、数日で順応してしまうのがアリスの良いところ。
仮にもしもアリスが聖女の素質があるとしたら、その図太い性格がそれではないだろうか。そう思わなくもない。
枕が変わっても眠ることができる。
食べ物に好き嫌いがなく、どんなものも美味しく頂ける。
美少女メイドさんと一緒のベッドで眠っても緊張しなくなる。
オクモニック夫人の手違いでいまだに二人は一緒のベッドで眠っているが、今やアリスの方が先に眠り、豪快にイビキをかいてクロエから逆に苦情を言われる立場になっている。
さて、そんなこんなで、一緒の朝を迎えることになって、何日目かのこと。
その日もいつものように学院の朝が始まった。
王立学院の朝は早い。
夜明けと共に、鶏が鳴く頃に、その一日は始まる。
その忙しなさは実家にいた頃には考えられないが、アリスは目覚めるとすぐ髪をとかし、準備をする。
一方、メイドであるクロエはまったりしている。
紅茶を飲みながら朝日を浴びていた。
アリスは思わず皮肉を言いたくなる。
「授業がない人はいいですね」
「ええ、メイドに生まれたことを心から感謝しています」
「もしも司書になれなかったらメイドさんになろう」
「そのときはこのクロエが指導して差し上げましょう」
彼女はそう言うとこう続けた。
「ところでアリスさん、今日はいつにもまして念入りに髪をとかしていますね」
「あ、わかりますか?」
「いつもは数回すくだけですからね」
アリスの髪は母親譲りの癖のないものだ。
数回すくだけでそれなりの格好になるのが自慢のひとつだ。
ファッションなどにあまり興味がないアリスにとってその髪質はありがたいものがある。
朝の準備に忙殺されずに済むからだ。
「へへ、でも、今日はおしゃれします。なぜだか分かりますか?」
「さあ?」
とクロエは首をかしげる。
「なんと今日は魔術科の偉い人が見学にやってくるのです」
「それとお洒落に関係があるのですか?」
「おおありですよー」とアリスは断言する。
アリスの論法はこうだ。
今日は魔術のテストの日。
↓
魔術科の教科長が視察にくる。↓
↓
そこで活躍する。
↓
おお、なんと可愛らしくて魔術の腕がある子がいるのだろう。
↓
そう思った教科長が話しかけてくる
↓
そこでアリスは本に対する愛情を切々と話す。
↓
その演説に心打たれた教科長は、アリスの希望を聞き、史学科への転入を認めてくれる。
そういう筋書きだった。
その妄想を聞いたクロエの感想は冷淡だった。
「そうですか、頑張ってくださいね」
むむう、まったく信じてない顔だ。あの顔は。
そりゃ、もちろん、アリスもなにもかもことが上手く運ぶとは思ってないけど、最初から諦めてしまったら、そこで試合終了ではないか。
もしかしたら、万に一つの可能性で史学科に転入できるかもしれないではないか。
そう思い願いを託している、というのに。
「こうなったら、是が非でも史学科に転科して、クロエさんをぎゃふん、と言わせてやる」
アリスがそう口にすると、クロエは、眉一つ動かさずに、こう言った。
「ぎゃふん」
「………………」
「どうかされましたか? ぎゃふんと言って欲しいのではありませんか?」
むむむ、むかつくー!
この子はどうしてこうも性格がねじ曲がっているのだろうか。
そう思いながらアリスは制服に袖を通した。
クロエはその姿を後ろから見つめながら思った。
(アリスさんが模擬試合で負けるわけがないじゃないですか。なにをむきになっているのだろう。まあ、転科は無理そうですが、無事、模擬試合が終わることを祈りましょうか。せめて相手が怪我をしませんように、と――)
メイドの心、主知らず。
アリスはその皺ひとつない制服はクロエが前日、必勝の願いを込めてアイロンを掛けたと彼女は気がついているのだろうか。
気がついていないのだろうな。
アリスの脳天気な妄言と浮かれようを見ている限り、とてもそのようなことを察しされるとは思えない。
そんなことを考えながら、クロエはアリスのリボンを結んであげた。




