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魔力の才能

 未来を変えるにはとてつもない力がいる――。


 『あの』日記にはそう書かれていたがそれは事実だった。



「父上! 王立学院から入学案内の手紙がきたというのは本当ですか?」



 腰に手を当てながら痛みに耐えている父上に思わずそう尋ねてしまう。


 父上は昔からお人好しというか、茶目っ気があるというか、抜けているところがある。


 その手に握られている手紙も、宛名は我が『クローネ家』ではなく、領地が接している『クローゼ家』のものかもしれない。


 ごく希にだが、郵便配達夫が間違えてクローゼさんの家の配達物をうちに届けてしまうことがあるのだ。


 クローゼさんの家は、この地方でも指折りのお金持ちだし、丁度、アリスと同じ年頃の娘さんがいる。


 彼女の方に入学案内が届けられた可能性の方が大いにあった。


 アリスはお隣の娘さんの名前を口にする。


「父上。その手紙はお隣のクローゼさんの家のものではないですか? 綴りも似ていますし」


「馬鹿者。我が伝統あるクローネ家とクローゼ家を間違える配達夫がいるものか。クローネ家は我が王国建国以来の名門貴族の血筋。クローゼ家などは2代前に成り上がりの商人が断絶した貴族の家名を金で買った成金ではないか!」


(クローネ家は名門の分家の分家の男爵家。クローゼ家は子爵家ですけどね)


 もちろん、そんなことは口にはしないけど、父上が主張する通り、手紙の宛名は確かにクローネと書かれていた。


 ご丁寧に家紋入りの指輪をかざさないと開かないように魔法で細工までされている。


 どうやらその手紙は本当に我が家に届けられたものらしい。


 それは疑う余地はなかったが、名門校である王立学院に入学できるとういうのは怪しい。


 というか嘘くさい。どう考えても詐欺としか思えない。


 アリスは思ったことを率直に口にする。


「父上、父上、その手紙は詐欺か何かの間違いではないのですか? わたしが王立学院に入学できるだなんて信じられません」


「うむ、ワシも信じられない」


 気の合う親子である。


「ですよね、ですよね。我が家の娘が、しかもわたしが入学できるだなんて、なにかの詐欺ですよ。そうでなければ何かの陰謀です。そんなもの燃やしてしまいましょう」


「馬鹿者。恐れ多くも国王陛下のサインがある手紙だぞ。そんな不敬な真似ができるか」


「だけど、どう考えてもその手紙は変ですよ」


 改めてそう主張するが、父上はゆっくり首を横に振る。


「確かに降って湧いたような話ではあるが、そこまで変な話ではないだろう。我がクローネ家は王国建国に尽力した名将の子孫だ。王立学院には一代騎士の子女も通っていると聞く。我がクローネ家の娘が通っても不思議ではない」


「それはそうですけど……」


 ちなみに、王国内での貴族の階級は下記のようになっている。



 一代騎士(功績を立てた平民に与えられる一代限りの貴族の称号。子供に継承はできない)


 騎士階級(領地を持った貴族。戦争時には馬1頭と5人の兵役を義務づけられる。小さな村を束ねる)


 男爵(一般的にはこの辺から貴族さまというイメージ。複数の村を束ねる)


 子爵(物語にあまり出てこないけど結構偉い。砦を持ってることもある)


 伯爵(このくらいになると王都の園遊会によく呼ばれ、自分の領地にいることが少なくなる)


 侯爵(名実ともに大貴族。その領地は馬を使っても一日で横断できない)


 公爵(貴族の中の貴族。公爵様になるとその権勢は国王陛下に匹敵する)



クローネ家は一応、貴族階級の末席に連なっている。


 父上が言ったとおり、この国を建国するにあたって功績を立てた英雄の子孫でもある(分家の分家だけどね)


 家柄的には問題ないと思うのだけど、問題なのはこちらの方だった。


 アリスは指で輪っかを作って、父上に訴える。


「父上、王立学院に入るには、多額の寄付金と、授業料がいると聞いています。その額は年に金貨50枚とか。とても我が家にそんなお金があるとは思えませんが」


「安心しろ、我が領地を質に入れてでも用立ててやるから」


「ええー!」


 思わずぎょっとしてしまう。


「あわあわ」


 と思わず挙動不審に室内を見渡してしまう。


 我がクローネ家は貴族の家柄ではあるが、その館は至って質素である。


 数代前のご先祖様が大のギャンブル好きで、先祖伝来の家宝などを質に入れてしまったため、室内はとても殺風景である。


 申し訳程度に調度品が飾られているが、それらはすべて王都の蚤の市で買った中古品である。絵画も一応は飾ってあったが、それも姉上が書いた自前のものであった。


 有り体に言ってしまえば、アリスの家は『貧乏』であった。


 たぶん、この辺の貴族の中でも一二を争うくらいにお金がないはずだ。


 そんな無茶な借金を抱えれば、クローネ家の貴族としての家系はアリスの代で途絶えてしまうかも知れない。


 今、南方にあるダンジョンで一山当てようと頑張っている兄上に受け渡す領地も家名もなくなってしまうかもしれない。


 思わず今に掲げられているクローネ家の紋章に視線がいってしまう。


 その横には初代当主の肖像画もある。


 遠いご先祖様だ。もちろん、話したこともなければ見たこともなかったが、どこか祖母に似ているところがある。


 もしもクローネ家がアリスの代で途絶えてしまったら、天国にいる祖母に申し訳が立たなかった。


 というわけなので、断固、反対する。


 アリスはおばあちゃん子なのだ。


 いくら父上の命令とあっても、クローネ家を傾けるような無茶な借金をするのは大反対であった。


「父上! いくら国王陛下から直々に手紙が来たからって浮かれないでください! いくら王立学院には入れるからといって、借金してまで入るのは厭です。わたしはテコでも動きませんからね。絶対に入学しません」


 アリスはそう言うと少し怒り気味に両手を組む。


 自分で言うのもなんであるが、アリスは聞き分けの良い娘である。


 姉上のように芸術家肌でもないし、兄上のように剛直でもない。


 子供の頃から父親の言いつけに逆らったことなどない良い子だ。


 だが、ごく希にこうして怒りを表に出し、父親の言いつけに背くこともある。


 理不尽な要求には屈しないタイプなのだ。


 父親もアリスの性格を熟知しているのか、『断固拒否をする』という姿勢を見せれば娘の主張を尊重してくれる器の持ち主であった。


 今までこのポーズをとって、父上が引き下がらなかったことなど一度もない。


 今回もそうなるだろう、と、たかを括っていたが、それはアリスの楽観論に過ぎなかった。


 父上は、その大きなお腹を響かすような笑いを室内に木霊させる。


「はっはっは、冗談だよ、冗談。借金などするものか。それは最後の手段だ。借金などせずとも、お前を王立学院に通わせることはできる。安心なさい」


 そして入学案内の書状をアリスに突き出す。


 とある箇所を指さす。


 その部分を読め、ということなのだろうか?


 たぶん、そうだと思うので、一応、口に出して読んでみる。



「なお、アリス・クローネは、学業優秀、魔力万能につき、入学料他、授業料その他一切を免除する」



「………………」



 自分で口にしてみたが、思わず沈黙してしまう。


 まなこを数度こすり、何度も見直すが、そこに書かれた文字に変化は一切なかった。


 

「…………あの父上」



 アリスはおそるおそる尋ねてみる。


「もしかして、この根も葉もないわたしへの評価と。この甘い文言を完全に信じちゃってますか?」


 父上は、にっこり、と頷く。



(あちゃー、ダメだよ。我が父上ながら、人を疑うってことを知らない人だよ!)



 アリスは慌てて父親を諭す。


「ち、父上、こんなの詐欺に決まってますよ! 絶対詐欺ですよ! この入学案内書は」


「しかし、ここにちゃんと国王陛下のサインがあるぞ」


「それはきっと、宮廷の陰謀です。悪い大臣かなにかに無理矢理書かされたのです」


 うん、よくあるパターンだ。


 物語の定番であった。


 丁度、今読んでいるアリスのお気に入りの長編小説にもそんな設定があった。


「ワシはそうは思わないな。アリスよ、自慢話になってしまうが、お前は我が娘ながらとても賢い娘だ。その学力はすでに大学レベルであろう」


「いや、自分で言うのもなんですが、貧乏貴族の末娘から、王立図書館の司書のポストを狙ってますからね。日々、勉強はしてますよ」


 手前味噌になってしまうが、アリスの学力はなかなかのものである。


 近所の子供たちに読み書きや計算を教えるかたわら、それで得たお駄賃で王都から本を取り寄せ、日々、それらを頭に詰め込んでいる。


 このまま大学の試験に一発で合格する自信があった。


 しかし、学力に自信はあったが、肝心の魔力の方の自信は一切なかった。


 そもそもアリスは魔術師になるなどという発想は一切なく、魔法の練習など一切してこなかったのだ。

 アリスはそこらの子供でも唱えられる《照明》の魔法でさえ満足に唱えられないのではないだろうか。

 アリスは書類に書かれた『最重要箇所』を指さしながら主張する。


「父上! ここに書かれている文面が目に入らないのですか? ここに思いっきり大きく書かれていますよ! 『魔力万能につき』って。わたし、魔力はおろか、魔術書の類いも一切読んだことがないのですが」


 アリスは必死に主張するが、その言葉も浮かれまくっている父上には無力だった。


「しかし、アリスよ、この書類にはちゃんと書かれているのだ。まさか天下の王立学院の審査官がそんな手違いなどするわけあるまい」


「父上、いい加減すぎますよ! てゆうか、父上は自分の娘が魔法を唱えている姿を一度でも見たことがあるのですか?」


「ない」


 きっぱりと言い切る。


 堂々としているところが、ある意味父上らしかったが、ちょっと腹立たしい。


 アリスは一呼吸置くと、冷静に反論することにした。


「……ないですよね? それはなぜか分かりますか?」


 アリスはそう言うと父親が反論する前にこう付け加えた。


「理由は簡単です。貴方の娘は魔法使いではないからです。魔法に興味が一切なく、魔法が使えないからです!」


 アリスはそう言い切ると肩で息をする。


 それほどまでに気合いを込めたのだが、どんな言葉も今の父上には暖簾に腕押しのようだった。


 それほどまでに国王陛下からの手紙は効果があるということなのだろう。


 元々、浮き世離れしている父上を説得するには、現実を見せつけるしかないように思われた。


 アリスは室内を見渡すと、丁度良い物体を探す。


 何か手頃な標的はないか見渡す。


「……あれでいいかな」


 室内の一番奥、そこには王都の蚤の市で買った安物の花瓶が置かれていた。


 中に入れてあるのはファナジウムというこの地方に生えている花である。


 たぶん、女中さんが活けてくれたのだろう。


 芳しいまでに色づいていたが、若干、元気がないように思える。


 おそらくだけど、女中のウェンディさんが水を交換するのを怠ったのだろう。


 丁度良い機会であった。


 魔法音痴のアリスではあるが、花瓶を倒すことくらいはできる。

 


 全身全霊!

 全知全能!

 乾坤一擲!



すべての己の体内に存在する魔力を全部使い切り、花瓶を倒す姿を父上に見せて、自分には魔法の才能がないことを証明することにした。


 その哀れな姿を見せれば、父上も納得するだろう。



「うん、我が娘には魔法の才能はない」

 ――と。



 アリスは『未来日記』に書かれた未来を回避する第一歩として、己の丹田おなかのことに力を込めた。



「はぁぁあああ!」



 全身の魔力を一点に集中する。


 心なしかアリスから、青白いオーラが放たれているような気もするが誤差の範囲だろう。 この世界の人間には皆、マナが宿っており、それを解き放てば魔法が使えるのだ。


 ただ、魔力の強さは生まれながらに定められており、後から努力でどうにかなるものではない。


 魔法の才能のないアリスがどんなに頑張っても、身体に青白いオーラを纏わせるのが関の山だ。


 それ以上のことはできない。


 ――そのはずであった。

 


 しかし!



 運命の神、いや、悪魔の『未来日記』はそんなアリスの儚い望みを完全に打ち砕いてくれる。



「ざぶーん!」



(……はれ?)



 思わぬ音が聞こえる。


 聞こえるはずのない音がアリスの鼓膜に響く。


 見れば倒れる『だけ』のはずだった花瓶から、勢いよく水が噴出していた。


 その勢いは凄まじく、その様はまるで水竜の吐息のようであった、とは父の後の感想だった。


 事実、花瓶から漏れ出た水は、その質量を何倍にもし、『こちらの方へ向かってきた』逃げ出す暇すらない。


 いわゆる『聖典』に記載されている創世記の洪水のようだ。


 アリスはそう思ったが、その『事象』を引き起こしたのが自分である、とは認めたくなかった。


 だってそれを認めれば、未来日記に書いてあるとおり、アリスは王立学院に入学させられてしまうのだから。


 ただ、数分後、水浸しになった室内の後片付けをしながら、アリスは思った。


 いつの間にか自分の中に、とんでもない魔力が宿ってしまったらしい、と――。


 花瓶を倒すだけのはずだったのに、まさかそれが《濁流》の魔法になってしまうだなんて……。



(……おかげで下着までびしょ濡れになった上に後片付けまでするはめになった)



 もしかして、ここまでは完璧に『未来日記』の思うがままなの?


 片付けを終えたアリスは、下着と服を着替えると、未来日記を見開いた。


 案の定、未来日記には先ほどの顛末が詳細に書かれていた。



 ――おそるべし、未来日記。



 その後の運命も未来日記の通りになった。


 結局、家族会議の末、アリスは王都にある王立学院に通うことになった。


 旅立ちの前夜、父親にクローネ家の未来を託された。


 王都への駅馬車の停留所の前で、「お前ならば魔法学院を主席で卒業できる」と太鼓判を押された。



「立派に勉学に励み、クローネ家に繁栄をもたらしてくれ」



 末は、女宮廷魔術師か、女宰相か。


 そんな言葉までご丁寧に添えてくれた。


 その満面の笑みを見て、だだをこねられるほどアリスはわがままな娘ではない。



(……ま、まあ、王立学院から司書になるコースもないわけではないし)



 事実、王立学院には、史学科というのがあり、そこに入ることができれば、自動的に司書の資格も取れる。


 ……ちゃんと卒業できれば、だけど。


(問題は魔法の実技なんだよね。絶対赤点を取る自信がある。その分、座学や教養で補填するしかないか)


 人はそれを『落ちこぼれる』というのだけど、この際、綺麗事など口にしたくなかった。


 自分にそう言い聞かせながら、父上と使用人たちに見送られ、馬車に乗った。


 なにせアリスの人生の目標は、目立たず、苦労せず、大過なく人生を送ることなのだから。


 馬車に乗ったアリスは心の中で改めて宣言する。



「見てなさい! 未来のわたし! 絶対に平凡な人生を送ってやるんだから!」



 アリスがそう宣言をすると、乗合馬車に乗っていた人々が一斉に振り向く。


 どうやらアリスは考えていることが口に出てしまうタイプらしい。



「……てへっ」



 アリスは軽く頬を染めると、そそくさと馬車の端っこに座った。


 アリスの父の領地であるエルンハイムから、王都ライベルクまで馬車で六日の旅。


 決して短い旅ではないが、その出だしはなかなか快調であった。

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