クロエの年齢
「どうしてクロエが見張っていると分かったのですか?」
とはメイド服を着た少女の第一声だった。
「制服だらけの中にひとりだけメイド服を着ている女の子がいたら目立ちますよ」
「なるほど、それは考えが及びませんでした。次からは制服を調達して見張りをしましょうか」
彼女はそう不敵に笑うと、
「クロエもまだまだ若いですからね。存外、学生服も似合うかもしれません」
と言った。
「いや、クロエさん、わたしとそんなに歳変わらないんじゃ……」
「人を見た目で判断するのはナンセンスですね。この世界には見た目と年齢が比例しない種族もいるのですよ」
「種族?」
「簡単に申し上げればクロエは人ではありません」
「え!?」
なんと驚愕の事実。
「じゃ、じゃあ、なんなんですか?」
「――それは後日お話しすることとしましょうか。今、語り合うべきことではありません」
「そんなことを言われると気になるなあ」
アリスは不平を漏らしたが、クロエは聞く耳を持たずこう告げた。
「さて、『ようやく』尾行に気がついてアリスさんがコンタクトを取ってくれたのです。本題に入りたいのですがいいでしょうか?」
「いやです、と言っても語る気なのでしょ?」
アリスはそう漏らすが、クロエはにっこりと微笑む。
「アリス様にはお嬢様の『花嫁』になって貰わないといけませんからね」
それが彼女の答えなのだろう。
是が非でもアリスを王選会議とやらに巻き込む気まんまんの顔だった。
アリスは、がっくり肩を落とすと、こう漏らした。
「話を聞くだけですからね、まだやると決めたわけではないですからね」
そう宣言すると、彼女の後についていくことにした。
王立学院の敷地は広い。ちょっとした街規模の大きさがあり、その敷地には森もあれば、湖くらいの規模の池もある。
それに馬術訓練用の馬場も、大規模な魔術実験施設もある。
さらに農学科の為の農場まであるのだ。
まさしく一個の街である。
冗談で、「もしも敵国に攻められても王立学院に籠もれば半年は籠城できる」というのが、学生たちのちょっとしたジョークになっているほどだ。
アリスはクロエを案内する形で学院の敷地内をぶらりと回った。
クロエは人気がないのを確認すると、話を切り出してきた。
「今回、クロエがこの学院にやってきたのは、アリス様をお嬢様の花嫁にするためではありません」
「ほへ?」
意外な言葉だった。
てっきり昨日の話の続きで、アリスを王選会議なる王様を決める会議に巻き込むためにやってきたのだ思っていたのだ。
「クロエとしては是非、アリス様に花嫁になっていただき、お嬢様を次期女王にして頂きたいです。ですが、お嬢様はこうおっしゃられました」
「クロエ、無理強いをしては駄目よ。ここはアリスさんの自由意思に任せましょう。もしもアリスさんが断るのならば、新しい魔女を探すだけ」
と――。
「ルナリアさんはそんなことを……」
ほのかに感動する。
さすがは未来の女王様候補だ。
人の上に立つ度量というものを備えているのかもしれない。
「さらに付け加えれば、お嬢様はもしも司書になりたいのであれば、学院卒業後、私設の図書館の司書の仕事を紹介してもいい、とおっしゃられていました」
「え? ほんとですか?」
思わず身を乗り出してしまう。
「お嬢様は嘘は申されません」
クロエはそう言い切る。
アリスはその言を聞いた瞬間、背中に翼が生えそうな多幸感を味わった。
「司書になれる!」
その言葉を聞いただけで卒倒しそうになった。
思わずこのまま学院の事務局に行って退学届を出してしまいそうになるが、慌ててそれを踏みとどまる。
司書になるにしてもまだそのときではないだろう。
アリスは国王陛下の奨学金でこの学院に入学したのだ。
それを個人的な理由で辞めるなど、不敬も甚だしい。
クローネ家の名誉に泥を塗りつける恥ずべき行為に思われる。
それに――、
この学院ではたくさんの友達ができた(まだ二人だけど)、またさすがは王立学院、魔術科に在籍していても、学院の図書館は自由に使っていいし、座学の授業もためになる。
卒業後、魔術師関連の職に就かないにしても、この学院を卒業しておくのは人生においてプラスに働くだろう。
そう思った。
アリスはひとしきり、自分の未来図を描くと、改めてクロエに御礼を言った。
「ありがとうございます。クロエさん。ルナリアさんに会ったら、是非、御礼を言っておいてください」
「かしこまりました」
クロエは軽く頭を下げる。
「ただ、それは後日になるでしょう」
「え? どういうことですか? クロエさんはこのままエルザッハ邸に帰るのでないのですか?」
「無論、帰りますが、しばらくはこの学院に滞在することになります」
「え? どうしてですか? 今、ルナリアさんは悪い人たちに狙われているんですよね? 帰って警護をしなくていいんですか」
「ええ、もちろん、警護はします。先日はクロエと執事のヘンスローが不在のときを見計らい襲撃されました。ですから今は警備のレベルを三段階ほど上げています」
おそらく、お嬢様を襲撃しようなどという輩は早々立ち寄ってこないでしょう。
「それに、もはや今はお嬢様よりも警護のレベルを上げなければいけない人物がいます。クロエはその方を守るために派遣されました」
「へー、そんな人がこの学院にいるんですね。ルナリアさんのご親戚かなにかですか?」
その言葉を聞いたクロエは、「はあ……」と落胆の溜息を漏らす。
「初めて会ったときから、どこか浮き世離れした娘さんだと思っていましたが、まさかここまで鈍感な娘だと思っていませんでした。正直、先が思いやられます」
どいうこと?
アリスがそんな顔をしていると、
「クロエがこの学院にやってきた理由はただひとつ、それはアリス・クローネを敵の刃から守るためです。もはや『敵』はお嬢様よりも貴方の力を恐れています。未来を見通せる最強のチート能力を持つ魔女を排除しようと躍起になっていることでしょう」
と、クロエは言い放った。
その言葉を聞いた瞬間、アリスの絶叫が学院の敷地で木霊する。
「ええー!」
学院の敷地は広い。
隅々まで届くことはないだろうが、近くにいた人はさぞ驚いたことだろう。
だがアリスの驚きはそれどころではなかった。




