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久方ぶりの学院生活

 さてはて、久方ぶりの学院生活。


 ルナリアたちと出会ったのは昨日のことだけど、色々とありすぎて数週間が経過したような気分になる。


「実際は半日なんだけどね」


 と呟くアリス。


 その言葉を聞き逃さなかったのは、ドロシーだった。


「昨日はずいぶん遅くに帰ったようだけどなにかありましたの?」


「う、ううん、なんにもないよ」


 思わぬ不意打ちだったので棒読みになってしまう。


 アリスは嘘のつけない子だった。


「アリスちゃんが門限を破るだなんて珍しいね。雪が降るんじゃないかな?」


「そ、そうだね、春先だけど降るかも」


 どもりながら同意する。


 窓の外から空を見上げれば、雲ひとつない晴天、過ごしやすい小春日和。


 アリスは話題を転じさせるため、二人を食堂に誘った。


 

 ちなみに我が王立学院アースハイムには立派な食堂がある。


 ビュッフェ・スタイルの食堂で、そこで好きなだけご飯を食べてよいことになっている。


 ただ、昼時は多くの学生が集まるのでちょっと混雑しているのが難点。


 全校生徒が一気に集まる昼はちょっとした戦場となる。


 アリスたちは戦場を避けるため、購買部でパンを購入した。


 

 アリスはチョココロネとハムサンド、それに牛乳。


 ドロシーはツナサンドにクロワッサン、それと紅茶。


 リルムはハンバーガーにオレンジジュースをチョイス。



 それと三人兼用で、オニオンリングフライをオーダー。もちろん、マヨネーズとケチャップを添えて。


 アリスたちはそれらを抱えて学院の中庭に向かった。


 学院の中庭は生徒たちの憩いの場所になっている。


 円形状の大きな噴水があり、それを取り囲むようにベンチが設置されていた。


 このような天気の日は、よく生徒たちがパンを持って昼食を取る姿が見受けられる。


 というかアリスたちもその一行のひとつだ。


 さらさらと流れる水階段の噴水を見ながら、パンを口に入れるのはなかなか風流であった。


 花も恥じらうような年頃の乙女が三人、きゃっきゃうふふしながら、ランチを食べるというのはなかなか絵になる光景だった。


 ――アリスが三〇秒でパンを食べ終えたことを抜かせば、であるが。


「ア、アリスちゃん、そんなにお腹すいてたの?」


「うん」と即座に頷く。


「まるで三日間何も口にしなかった漂流者みたいですわ」


「それは大げさだけど、今朝は罰で朝食抜きだったんだ」


 昨日、門限を破った罰として、ミセス・オクモニックから原稿用紙三〇枚分の反省文を書かされた。

 ちなみにアリスは本好きではあるが、文才ゼロ。書き上げたのは草木も眠る丑三つ時だった。もちろん、その間、夜食はなし。最低限の水分補給しかさせて貰えなかった。


 その後、泥のように眠るが、七時になるとたたき起こされ、第三女子寮の前を掃除させられた上に朝食なし。


 育ち盛りの少女に対してあまりの仕打ちである。


 ゆえにこうして欠食孤児のようにパンをむさぼってしまう、というわけだ。


「貴方、一応、貴族なんでしょ……、もう少しマナーに気を遣いなさい」


 ドロシーは呆れるが、アリスは抗弁する。


「へも、たれないとおおひくならないはら(でも食べないと大きくならないから)


 アリスは三人の中でも一番小柄だ。


 いや、魔術科の中でも一番背が低いかもしれない。


 王立学院はとくに年齢制限があるわけでもなく、13歳の子もいれば、18歳の子もいる

 そんな中で年下よりも背が低いというのは悔しいではないか。


 それに胸回りも……。


 ドロシーは、そのボリューミーな髪型に相応しく、たわわな胸を持っていたし、一見地味なリルムも脱いだらすごいことをアリスは知っていた。


(たぶん、育ちのせいだな)


 アリスの家は貧乏貴族。肉はたまにしか食べられない。


 その差が如実に表れているんだと思う。


 その差を埋めるには、食べられるときに食べる! 


 それしかなかった。


 ちなみにアリスの姉は、ドロシーなど目ではないほど巨乳なのは内緒だ。


 そんなふうに思っていると、ドロシーが呟く。


「ねえ、さっきから私たち見られている気がしません?」


「見られている?」


 アリスは不思議な声を上げる。


「アリスちゃんが大食いしてるからかな?」


 リルムは可笑しそうに言うが、ドロシーは否定する。


「最初はそう思ったけど、今日はずっと視線を感じますの」


「へー、ドロシーはもてもてだね。きっと、ドロシーのことが好きな男の子が陰から見守っているんだよ」


 人はそれをストーカーというのだけど、アリスは気にせずオニオンリングフライを口に放り込む。ケチャップとマヨネーズ両方付けて。


花より団子、色気より食い気だ。


 愛だの恋だのを語るのは、恋愛小説か吟遊詩人に任せておけばいい。


 もしくは数年経過して、人並みの胸を手に入れてからでも遅くはない。


 今はとにかくご飯を食べて、背を大きくしたいところだ。


 そんなふうに思っていると、ドロシーとリルムは会話を続ける。


「最初はわたくしも、わたくしの美貌の虜になった男子が付け狙っている、と思ったのですが、どうやら違うみたいですわ」


「どういうこと?」


「最初は殿方だと思いましたけど、先ほどちらっと視線があったとき、相手は女性でしたの」


「わ、ということは百合?」


 リルムは目を輝かせる。


 この娘は百合や薔薇が大好きなのだ。


 なんでもその手の同人誌を書いていて、学校内で配っているらしい。


 勝手に生徒同士をカップリングしては、小説の題材にする困ったちゃんだ。


「貴方はすぐに同性愛に結びつけたがるのね。でも違いますわ。たぶん、わたくしたちは見張られてますの」


「誰に? どうして?」


「そこまでは分かりませんが、メイド服姿の女の子が今朝からずっと私たちを見ていますの」


「へえ、メイド服ね。ということは偉い人の侍女さんかな?」


「たぶんそうですわ」


「たしかこの学院は、特別な許可があれば、メイドさんを一人連れてきてもいいんだよね?」


「ええ、ちゃんとした理由がありましたらね」


 ただ――、とドロシーは続ける。


「実質、大貴族か大商人の子女にしか認められない特権ですわ。王侯貴族に連なるか。それに準じる格式か。あるいは国を買えるほどのお金持ちか」


「ということはそんな偉い人のメイドさんに目を付けられたのかな、リルムたちは」


「そうなりますわね」


 でも、とドロシーは続ける。


「この学院に貴族も平民もありませんわ。もしもちょっかいを出してくるなら、わたくしがこの剣の錆にして差し上げます」


 と、腰から見事な剣を抜き出す。


 ドロシーは魔剣士科希望の娘だ。いまだに剣の道に未練があるらしい。


 まあ、アリスもいまだに史学科に未練があるから人のことは言えないのだけど。


 そう思いながら最後のチョココロネを口の中に入れる。


 甘い味が口いっぱいに広がる。


 はあ、旨い。


 甘いものを食べているときが一番幸せ、もっとパンを買ってくれば良かった。


 そう思いながら何気なく視線をあらぬ方向にやると、思わぬ人物と視線があった。



 その人物は、建物の影から身を半分だけ出し、こちらの方を見つめていた。


 メイドさんは見た、という小説のワンシーンを思い出してしまった。


 彼女が件のストーカーであると察することができたが、何も口にすることはできなかった。


 思わず沈黙してしまう。


「………………」


 たしかにドロシーの言うとおり、アリスたちは見張られていたのだ。


 いや、正確にいえばアリスだけ見張られていた、と言った方が正確か。


 アリスは尋ねる。


「ねえ、ドロシーちゃん、この学院にメイドさんを連れてくるのはアリと言っていたけど。関係者以外のメイドさんが入り込むのはアリなの?」


 ドロシーは答える。


「まさか。この学院の警備は完璧ですわ。関係者でなければ、メイドどころか猫の子一匹は入れませんわ」


「この前、野良猫さんをみたけどね」


 とはリルムの言葉だった。


「ということは、彼女は無理矢理侵入したのか」


 アリスは誰にも聞こえないようにそう漏らすと、ドロシーとリルムに断りを入れる。


「ドロシーちゃん、リルムちゃん、ごめんなさい。ちょっと、用事を思い出したわ」


 彼女たちに断りを入れると、先ほど知り合いの少女が隠れていた場所まで向かうことにした。


 彼女たちは快く了承してくれたが、アリスは溜息を漏らす。


「はあ、まさか学院までやってくるなんて」


 そう、今朝からアリスを目張っているメイド服の女の子。


 彼女はアリスの知り合いだったのだ。


 つい先日出会い、一緒に戦い、お茶を注いでくれた少女だった。


 エルザッハ家のメイド長、クロエがこの学院に潜入していたのだ。


 目的の方はおおかた想像できる。


 ただ、動機は納得できないものがあった。


「学院に帰ってじっくり考えさせてください」


 と言ったのになあ。


 そんなことを思いながら、アリスは小走りに彼女のもとへ向かった。

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