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策士

「花嫁といってもね、なにも別に結婚をしてくれ、といってるわけじゃないのよ、勘違いしないでね」


 ルナリアは即座に説明する。


「アリス、王選会議って知っている?」


「おうせんかいぎ、ですか?」


 思わず尋ねてしまう。


「知らないみたいね」


「王選会議は下々のものには秘匿されていますからな」


 とはヘンスローの弁だった。


「王選会議というのはね、文字通り王様を決める会議なの」


「王様を決める、のですか?」


「ええ、そうよ」


「でも、今の王様はまだ健在じゃないですか?」


「ええ、まだ健在よ。でも、最近、床に伏せってらっしゃるの。……口にするのも憚れることだけど、太陽が沈む日も近いでしょうね」


「??」


「つまり、崩御されるってことよ」


「え、陛下が亡くなられるんですか?」


「そう遠くない未来にね」


「そ、そんな」


 アリスはショックを受ける。


 現国王ルドルフ4世陛下は人徳篤く、慈悲深い名君として国民に慕われている。


 自分の名を冠した奨学金制度などを作り、平民にまで教育を施し、多くの人材を世に輩出してきた教育家として知られる。


 アリス自身も、陛下から下賜された奨学金で王立学院に通っているのだ。


 無論、お会いしたことは一度もないけど、アリスは国王陛下に感謝の念を惜しんだことは一度もなかった。


「陛下はそう遠くない日に身罷られるでしょう」


 ルナリアはもう一度はっきりと宣言する。


「陛下には一人、ご子息がいるのだけど、その方はとある理由で即位できないの」


「とある理由?」


「それはいえないわ。というか、私も知らないの」


「……なるほど。でも、そうなるとこの国はどうなるんですか? 誰が新しい王様になるのでしょうか?」


「そこで王選会議が行われるのよ」


「……王選会議」


「王選会議というのはね。託宣で選ばれたものたちの中から王を選出する会議のことよ」


「王家の血筋とかは関係ないんですか?」


「あるわ。でも、一滴でも入っていれば問題ないの」


 ルナリアはそこで言葉を句切ると補足する。


「この国を建国した英雄王アルシオン様の血が、一滴でも流れていれば、その会議に選ばれる可能性があるわ」


「後は後宮にいる巫女たちの託宣によって選ばれます。巫女たちがこのものと名指しをすれば、零落し、一庶民として暮らしている平民でも王になる機会がある。それが王選会議というものです」


 クロエが補足してくれた。


「つまり、もしも、アリスにも王家の血が一滴でも流れていたら、会議に選ばれた可能性がある、というわけ」


「わ、わたしがですか?」


「ご安心あれ。アリス様は今回、選ばれていませんから」


 クロエは言う。


「そうか、良かった……」


 思わず吐息を漏らしてしまうのはアリスが根っからの庶民気質な証拠だった。


「でも、貴方は女王にはなれなくても、私の宰相になって貰うつもり」


「ええー! わ、わたしが宰相ですか!?」


「宰相は嫌い?」


「お、恐れ多すぎます」


「では、大臣でも、筆頭宮廷魔術師でも、相談役でもなんでもいいわ。アリスが私の傍らにいてくれるだけでいいの」


「どうしてですか?」


「どうしてとは?」


「いや、わたしなんて側に置いてもなにも役に立ちませんよ」


「でも、貴方はわたしを。それにクロエの命を救ってくれたじゃない。二人の人間の命を救ったのよ」


「……それと国の運営は関係ないような」


「いえ、大ありよ。人一人の命を救えない人間が人を幸せにできるわけがないわ。貴方はきっとこの先もその力を使ってたくさんの人を助けるはず。きっと、この国の人々を良い方向に導いてくれるはず」

 それに、と彼女は続ける。


「王に選ばれるためには、『魔女』と呼ばれる娘を花嫁にしないといけない決まりがあるの。そのため、私たちは国中から魔女を探していたのよ」


「そこで見つけたのがわたし、ということですか?」


「そのとおり」


 と、ルナリアは微笑む。


「でも、わたしは魔眼の魔女ですよ? 古くはこの国を大乱に陥れたと呼ばれている未来視の能力を持つ魔女ですよ。そんな娘を花嫁にしていいんですか?」


 当然の疑問をぶつけるが、ルナリアはその疑問を一蹴する。


「大丈夫、黙っていればバレないから」



「………………」



 沈黙してしまうしかない。


 なんと剛胆で、大胆な人だろう。アリスはそう思った。



「王になるには魔女を花嫁にし、王選会議で過半数の支持を得ればいいの。別に魔眼の魔女を花嫁にしてはいけない、という規定はないわ」


「魔女を見分ける手段はあっても、魔女の能力までは巫女たちも判別できませんからね」


 クロエは補足する。


「……よ、要は黙っておけば問題ない、ということですか?」



「ええ」

「はい」

「ですな」



 二人の少女と初老の紳士は同時ににっこり微笑む。


 その笑顔を見て思った。


(こ、この三人は策士だ)


 と――。


 

 その後、アリスは夜がふけるまで、なんとか花嫁になって貰えないか、切々と説得された。


 ただ、平々凡々、堅実謙虚に、一介の司書になりたいアリスがそう易々と首を縦に振ることはない。


 結局、夕飯になってもルナリアたちはアリスを説き伏せることはできなかった。


 アリスは首を縦に振らないまま、エルザッハ家で夕食をご馳走になる。


 出された夕食は、ローストビーフをメインにしたとても豪華なものだった。


 デザートはアイスクリームに練乳を掛けた極上のものだった。


「もしも、アリス様が同意してくだされば、毎食、このような食事を用意できるのですよ」


 クロエはそんな悪魔の誘惑をしてくるが、その日はなんとか耐えきった。


 最後に、


「一度学院に帰ってゆっくり考えたいと思います」


 そう彼女たちに言い残して、ヘンスローさんに馬車を手配して貰った。


 馬車に乗ってから気がついたが、とっくに寮の門限をぶっちしてしまっていた。


「これはミセス・オクモニックに怒られるな」 


 アリスは明日書かされるであろう反省文の文章を馬車の中で考え始めた。

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