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力強い握手から、力強い友情が生まれるのよ

 ††


「リディアの姉御、あの娘たちを見逃していいんですか?」


 裏路地に入ると、手下の男はそう尋ねた。


「いいから逃がしたに決まってるじゃない」


「ですが、あのお方からの命令は、魔眼の魔女の居場所を探し出せ、ですぜ」


「そうね、だから逃がしてあげたのよ。私に下された依頼はあくまで魔女の居場所を探すこと。魔女があの娘だと分かった時点でミッション・コンプリートよ」


「なるほど、合理的ですね」


「合理的なのよ、私は」


「でも、姉御らしくない。関係者はいつも始末するのが姉御のポリシーじゃないですか。なんであのクロエって娘を逃したんですかい?」


「あのクロエとかいうメイドを殺したら、私の命が危なかったからよ」


「どういう意味で?」


「貴方、この世界が丸いという話を信じる?」


 男は、いえ、あっしは敬虔な使徒教徒なもので。


 と答える。


「あらそう。でもね、とある学者にいわせればこの星はまん丸で、宇宙という海の中に浮かんでいるのよ」


「へえ、そうなんですかい。神様はそこから我々を見てるんでしょうかね」


「さて、それは知らないけど、私が何を言いたいのかといえば、あの娘、あの魔眼の魔女は《水球》の魔法をこの星の外へ、大気の外、つまり宇宙の外まで飛ばしたのよ」


「………………」


「そんな娘とまともにやり合うほど私は馬鹿じゃないし、依頼料も貰っていないわ」


 つまり、あの娘と戦ったら負ける可能性がある、リディアはそう宣言しているのだ。


 それほどまでに強大な魔力をあの娘の中から感じる。


 リディアは思わずゾクゾクしてしまった。


  

 †



 死兆星のリディアの襲撃を退けたアリスたち一行。


 その後、護民官の保護を受けると、そのままルナリアの自宅へ向かった。


「医者に行かなくていいんですか?」


 とはアリスの問いだったが、その返答はさすがお金持ち。


「医者は館に常駐させています」


 だった。


 やんごとなきお方の館はスケールが違った。


 アリスは、ルナリアが診察を受けているあいだ、屋敷の応接間の椅子にちょこんと座っていた。


 堂々と腰掛けないのはなんだか申し訳なかったから。


 名のある家具職人が作ったであろう革張りのソファーは、アリスごとき貧乏貴族が腰掛けていいものか迷うものがある。


 一応、スカートの端に着いた土埃は払ったが、アリスの身体に染みこんだ貧乏菌が付着してしまうかもしれない。あるいは本好き菌も。


 他所様の家でそれらをばらまくのはさすがに気が引ける。


 そう思いながら応接間をきょろきょろと見回す。


 手持ちぶさたでやることがないのでそれくらいしかできない。


 一応、室内は自由に歩いて良いといわれているが、メイドさんが10人近くに囲まれている中、そのような軽率な真似はできない。


 というか、お茶を一杯、ワッフルをひとつ用意するのに、10人ものメイドが必要なのだろうか?


 それも皆、綺麗どころばかりである。


 これはお金持ちのレベルが違うな。館の規模もだけど、中身の方もそれに伴っている。


 このソファーとテーブルもだけど、部屋に散見する調度品もお高そうなものばかりだった。


 ただ、お高そうではあるが、どれも吟味されていて、あまり厭らしさは感じない。


 絵画は幻獣であるユニコーンを描いたものだ。


 乙女の清らかさの象徴であり、家に繁栄をもたらせてくれるという伝承もある。


 占星術に基づいて家の東北に向けて設置しているのも、家主の教養を感じさせる。


 また置かれている花瓶なども高いのだろうけど、添えられている花はごくごくありふれたものだった。


 南方から取り寄せた貴重な植物ではなく、庭で育てているごくありふれた観葉植物だった。


「てゆうか、これはファナジウムだな」


 そんな感想が漏れる。アリスの故郷にも自生しており、殺風景な部屋を少しでも華やかにするため、女中のウェンディさんがよく活けていてくれた。


 そんなことを思い出していると、後方から声が聞こえてくる。


「ファナジウムがお好きなんですか?」


 流麗な声だった。


 鈴の鳴るような声だ。


 彼女は上座に座ると、


「ファナジウムの花言葉は『素敵な出会い』なんですよ? 知っていますか?」


 と、花の咲いたような笑顔を浮かべた。


 そんな素敵な言葉と笑顔をくれたのはルナリアだった。


 アリスは尋ねる。


「お加減は大丈夫なんですか?」


「ええ、ちょっとした貧血です」


 彼女はそう説明してくれる。


「ほっ、良かった」


 思わずと息が漏れる。


「これも小さな英雄さんが命懸けで私を守ってくれたからです。そういえば御礼が遅れましたね」


 彼女はそう言うとおもむろに立ち上がり、スカートの裾を持ち上げながら軽く頭を垂れた。


「私の名はルナリア。ルナリア・エルザッハ。今回の助力、誠にありがとうございます」


 ぺこり、とい擬音が聞こえてきそうなほど可愛らしいお辞儀だった。


 その美しい所作、容貌も相まってか、思わず見とれてしまうが、すぐにそれを静止するものがいる。


 横にぴたりと寄り添っていた執事の男の人である。


 彼は声を荒げる。


「お嬢様、いけません。貴方はやがてこの国の女王になるべき存在。どこぞの馬の骨に軽々しく頭を下げてはいけません」


(……どこぞの馬の骨ってわたしのことなんだろうか。いや、そうなんだろうけど)


「でも、それは遠い未来の話。今は違うでしょう?」


「ですが、それでもルナリア様はエルザッハ公爵家の女当主でもあります。身分というものをわきまえてください」


「……身分ですか」


 はあ、とルナリアは軽く溜息をつく。


「では、もしも、私が女王になれたら、身分というものは廃止しますね」


 それに、と彼女は続ける。


「身分を持ち出すのならば、我がエルザッハ家この王国建国以来の名門。二人の大将軍と三人の宰相を出した名家です。その名家の人間が命の恩人を粗略に扱ったとあれば、私が物笑いの種になるでしょう」


 ルナリアはそう言い切ると、執事の男の言葉を遮った。


「それにこの子は、私の『友人』であるクロエも救ってくれました。むしろ、そちらの方に感謝しているのですよ」


 彼女はそう言うとアリスの方にやってきて、手を差し出してくる。


 おそらく、握手を求めているのだろうけど、握り返してもいいのだろうか。


 思わず執事さんの方を見つめてしまう。


 寡黙な表情の執事さんからは、なんの情報も得られなかった。


 握り返してもいい。たぶん、そんな表情をしていたので、アリスはルナリアの手を握り返す。


 彼女の手は絹のようにさらさらとしていた。


 それに力強い握手だった。


 思わず祖母の言葉を思い出す。



「力強い握手から、力強い友情が生まれるのよ、アリス」



 その言葉を思い出したアリスは力強く彼女の手を握り返した。


 彼女もそれに応えてくれた。


 どうやら二人は友達になれそうだ。


 アリスとルナリアは同時にそんなことを思った。

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