勝利
アリスは、クロエに命令をする。
心の中で3秒数えたら、軽くバックステップしてください、と。
彼女はその命令になんの疑いもなく従ってくれる。
「あとはその武器を使って敵に間断なく攻撃してください」
クロエは行動によって「了承」する。
「あとは――」
交戦状態に入ったのを見届けると、アリスはリディアの後ろに回り込む。
あとは彼女にこの魔法をぶつけるだけだが、当てる自信がとんとなかった。
先ほどまであった自信が霧散していた。
「は、早すぎるよ」
二人の達人の戦闘はもはや武侠小説の主人公ようで、常人のアリスにはついていけないレベルにある。
残像さえ見える二人の動きを観察しつつ、リディアに《水球》を当てることなど不可能なように思われた。
「――でも」
やるしかない。戦うしかないのがアリスの今の状況だった。
魔眼の魔女がアリスだと分かった瞬間、リディアの瞳が明らかに変わった。
にたり、という擬音が聞こえてきそうなほど怪しげな瞳の色をすると、動作が急に鋭くなった。
たぶんだけど、あの女の人はクロエを殺すつもりなのだ。
情報を引き出した今、もはやクロエは無用の長物。
このままでは確実にクロエは殺される。
そう思ったアリスは、日記の続きを待った。
クロエに命令を下し、後ろに回り込め、という指示以降、日記は空白になっている。
(てゆうか、前々から思ってたけど、なんで未来のわたしってこんなもったいぶるのかな)
本当に劇的な瞬間を見計らったかのような瞬間に文字が現れる。
事前にすべて書いてくれればもっと心の余裕ができるのに。
そう思うと、未来のアリスが返答してくれる。
『全部先に書いてしまったら、気の弱い貴方は逃げ出したくなるでしょう』
「………………」
その通りなので反論しようがなかった。
だけど、今は早くこの魔法を放つ場所を教えて欲しかった。
「早く助けないとあの子が死んじゃう!」
そう心が叫んだとき、日記に文字が綴られる。
未来が提示される。
『真上に撃ちなさい』
そんな文字が表示された。
真上!?
一瞬迷ってしまったが、アリスは指示に従った。
今までこの未来日記はアリスを困らせてきたが、少なくとも嘘をついたことはない。
その日記通りにことをなせば、必ずレスポンスが返ってきた。
一見、無意味とも思える行動にはなんらかの意味があるはずだった。
そう思ったアリスはためらうことなく、《水球》の魔法を放った。
垂直に放たれた魔法は、当然のように垂直に駆け上がる。
しかし、やがて力を失い、落下するのがこの世の摂理。
いつか落下してアリスの頭に降り注ぐはずである。水の球が。
アリスはそれを覚悟して待った。
リディアとクロエも、一旦戦闘を止め、その光景を見つめる。
というかアリスのあまりにも突飛な行動に、二人は戦闘どころではないのだろう。
呆然とこちらを見つめていた。
しかし、1分が経過しても、5分経過しても、水の塊は落ちてくることはなかった。
やがて流れる気まずい空気。
「や、やばい……」
思わずそんな台詞が漏れてしまう。
これではまるでアリスが道化みたいではないか。
颯爽と現れ、助けに入ったは見たものの、まるで役に立たない。
戦力外。
これを道化といわずになにを道化というのだろう。
今のアリスはそんな立ち位置にいた。
そんな雰囲気を察したのだろうか、敵であるリディアは急に表情を崩し、笑い始める。
「まさか貴方みたいな子が魔眼の魔女だったとはね」
どうやらとても失望させてしまったらしい。
「想像外の子だったわ」
彼女はそう言うと、振り上げていた大鎌を戻す。
「戦う気が失せたわ」
彼女はそう言うと、クロエに背を向け、立ち去る。
部下の男に向け命令を下す。
「そのルナリアという娘も解放してあげなさい。もう用済みよ」
「いいんですかい?」
悪漢風の男はリディアに尋ねる。
リディアはにっこりと返答する。
「私に二度同じことを言わせる気?」
その表情を見た悪漢は、背筋を凍らせる。即座にルナリアを解放する。
そして背を向け、去って行くルナリアに付き従っていった。
その光景をアリスとクロエは呆然と見ているしかなかった。
リディアの姿が完全に消えると、どちらからともなく同じような疑問が湧く。
「勝ったのかな? わたしたち」
「敵は去り、お嬢様は救われました。客観的に見れば、勝った、と言っても宜しいかと」
でも、なんでリディアは逃げたのだろう。
その質問だけはどちらも口にしなかった。
たとえ口にしても両者、回答を持ち合わせていないからである。
ただ、勝ったことは事実である。
次の瞬間、アリスは飛び跳ねるように喜び、クロエに抱きついた。
クロエはやれやれ、という表情をしながらそれを受け入れた。




