なんで勝っちゃうの!
さて、こうして見も知らぬメイドさんとジャンケンをすることになったわけだけれど、なにもなんの勝算もなく勝負に挑んだわけではない。
アリスには必勝の策があったのだ。
ちょっと待っててね、アリスは対戦相手であるメイドにそう言い残すと、後ろを振り向き、懐から未来日記を取り出す。
「ふふふ……、たまには役に立って貰おうじゃないの。未来日記さん」
その声は物語に出てくる悪役のようであったが、そんなことはどうでも良かった。
この日記には今まで散々振り回されたのだ。
たまには役に立って貰わなければ、帳尻が合わない。
ここでジャンケンに勝とうが負けようがアリスの未来が変わるわけではないだろうが、未来の自分のことだ。こんなイベントに口出しをしないわけがあるまい。
そう思いながら日記を開いた。
――案の定、そこには確定された未来が書かれていた。
『今日、貴方が出会う人形のようなメイドさんはグーを出します』
ずばりそのものの答えがばっちりと書かれていた。
(ナイス! 未来のわたし!)
初めて未来の自分を褒めたい気分になったが、すぐにその気持ちを四散させる文章が紡がれる。
『ただし、目の前にいるメイドさんは病弱の女の子に服をプレゼントするため、その場に立っています。その女の子は、大病を患っており、入院しています』
(う、うぐ……)
思わずメイドの方を見てしまう。
どこぞの大貴族のメイドさんかと思ったけど、そんな事情があったとは。
ならばアリスが身を引くべきなのだろうか。
アリスがそう真剣に悩んでいると、さらにこんな言葉が加わる。
『ちなみにその子は来週退院する予定なのだけど、大丈夫、その子はその服に袖を通すことはないから、貴方は安心してパーを出しなさい』
どういうことだろう?
入院している女の子はそのワンピースが気に入らず捨ててしまうのだろうか?
ならばアリスがジャンケンに勝って着た方が結果的に幸せになるのではないだろうか。
そう思っていると、さらに文字が続く。
『残念ながら、その子は退院する前に死んでしまうの。その子は不治の病でその病院から生きて帰ることはないの。だから遠慮なく、パーを出しなさい』
(………………)
数秒ほど固まるアリス。
しばしその文字を見つめるとわなわなと震え出す。
(そんなヘビィな話を聞かされて、パーを出せるかー!)
心の中でそう絶叫したアリスは、半分、涙目になりながら、くるり、とメイドの方向へ振り向いた。
さあ、早くジャンケンをしましょう、と彼女に促す。
事情を知ってしまった今、もはや一刻の猶予もない。
早々に負けて病弱の女の子のもとにワンピースを届けて貰わなければ。
たとえそのワンピースに袖を通すことはできなくても、そのワンピースを見たことでその少女の笑みが見られるのならば、安いものであった。
さあさ、早く、いざ尋常に勝負、そんな気迫で腕を振り上げた。
メイドは、
「なんで泣いているのですか?」
そんな台詞を漏らしたが、彼女は気にすることなく、腕を振り返す。
「最初はグー、ジャンケンポン!」
と――。
二人が出した指の形。
アリス・クローネはもちろん、ハサミの形。チョキだ。
上記のような内情を聞かされてグーを出すほど鬼ではない。
一方、メイド服を身に纏った少女が出したのは、当然のようにパーだった。
これでアリスは無事負け、薄倖の少女のもとにワンピースが届けられる。
たとえ彼女の命が長くないにしても。
いや、長くないからこそこのワンピースは少女のもとに届けられるべきであろう。
そのワンピースを見たときの彼女の笑顔によって、本人も残された人々も幸せになるのだから――。
そう思ったアリスにはなんの後悔もない。
――ジャンケンに勝ってしまった、ということ以外は。
「そ、そんな馬鹿なー!」
アリスは思わずそう叫んでしまう。
なんでそこでパーを出すのよ!
貴方が出すのはグーでしょうが!
そうじゃないと女の子のもとにワンピースが。
アリスはそう言って抗議した。
呆気にとられている少女の両肩を掴み揺さぶった。
「貴方がワンピースを持って行かないと、女の子が悲しむでしょ! だからこれは貴方が買いなさい」
そう言ってワンピースをメイドに押しつけた。
最初に言い争いになって浪費してしまった時間さえ惜しい。
こんなことならば最初から未来日記を見て、あのワンピースを選ばなければ良かった。後悔先立たず、とはこのことだ。
「さあ、これは貴方のものよ。これを持って女の子のところに行って」
そうレジを指さす。
アリスはそう促した。
メイドも素直に頷き、レジに向かおうとする――、素振りだけ見せると、急に立ち止まり、振り返る。
そして彼女は意外な言葉を口にした。
「――なんでクロエがパーを出すと知っていたのですか?」
「え……」
その問いに思わず言いよどんでしまう。
最初から、「ジャンケンなんて運じゃないですか」そう切り返す余裕など、与えてくれない気迫があった。
事実、彼女はアリスの予防線をふさいでくる。
「クロエにはとある特技があります。そのこの『瞳』で睨み付けた相手に強制的に簡単な命令を下す制約です。クロエは貴方にグーを出させる制約を掛けたのに」
クロエはこの特技のおかげでいままで一度もジャンケンに負けたことがなかった。
特にこのような大事な一戦では。
彼女はそう補足すると、こう付け加える。
「だのに貴方は生まれて初めてこのクロエを負かした。正直、貴方に興味が尽きません」
「そ、そんなことはどうでもいいじゃない。今はそのワンピースを女の子のもとに届けるのが先決だよ。早くその女の子にワンピースを見せないと」
「確かにこのワンピースを見せれば、我が主は喜んでくれるでしょうが、それよりも貴方という存在を知らせた方がもっとお喜びになられるかも知れない。クロエはそう判断しました」
「そ、そんな判断しないでよ。病気の女の子が入院しているんでしょ? それを届けるのが貴方の義務じゃない」
「病気の女の子? 先ほどから気になっていましたが、隠れてこそこそ日記を見たり、居もしない女の子の話をし出したり、貴方はなにを錯乱しているのですか?」
「え? それは病気の女の子に届けるんじゃないの?」
「違います。最初にもいいましたが、これは我が主が所望されたもの。ただ、庶民が着るような服が着たいという主の要望のために買うだけです。そこまで必要なものではありません」
彼女はそう言い切るとそれをアリスに渡してきた。
「代替はいくらでもできます。勝負には貴方が勝ったのです。これは貴方が買うべきでしょう。そうでなければクロエのメイドとしてのプライドが許しません」
彼女はそう言い切ると、ついで尋ねてきた。
「さて、詳しく伺いましょうか。貴方がどうしてクロエに勝つことができたいきさつを――」
有無を言わさぬ態度だった。
正直にしゃべらなければただでは済まさない。
そんな剣呑な空気を感じる。
アリスは思わず涙を流してしまう。
殺されてしまう。秘密がばれてしまう。
そう思ったからではない。
ただ、嬉しかったのだ。
未来日記に書かれていたことが嘘だったことが。
病気の女の子なんていなかったことが嬉しくてたまらないのだ。
まんまと未来の自分に騙されたわけであるが、アリスは怒りなど感じなかった。
それよりも病気の女の子がおらず、その子の命が失われない、ということの方が重要だった。
アリスは、力が抜けるようにその場に崩れ落ちると、さめざめと泣いた。
「うぅ、良かったよ~。病気の女の子がいなくてほんとに良かった……」
貧乏貴族の末娘、アリス・クローネ。
彼女は自分以外の誰かのために泣くことができる優しい女の子であった。
そんな風変わりな女の子を見てしまったためだろうか、メイド服の少女は先ほど見せた剣呑な雰囲気を失っていた。
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