メイドさんとワンピース
さて、お待ちかねのファッション・ショー・タイム。
ただ、アリスはファッションにはとんと興味がない。
唯々諾々とドロシーとリルムの着せ替え人形になるだけだった。
「アリスちゃんは可愛い系だから、ワンピースが似合うと思うの!」
とはリルムの言葉。
「そうかしら? 案外、露出の多い系もいけると思うけど」
とはドロシーの弁。
次々と洋服を着せられるアリス。アリスは黙って服を着せられては、それをひんむかれる、という作業を何回も繰り返された。
最終的に、リルムは、フリルの着いた緑色のワンピースをチョイス、
ドロシーは、ちょっと胸の部分を強調したドレスタイプの選択した。
そしてどちらがいい?
とお決まりの二択を迫ってくる。
「…………」
こういうのはとても困る。
リルムの方を選べば、ドロシーの好みが合わないといっているようなものだし、ドロシーの方を選べばリルムにセンスがないというようなものなのだ。
「ここは二つで!」
と厚かましくお願いできればいいのだが、そんな勇気は持ち合わせていない。
アリスはしばし頭を悩ませると、ごくごく無難な選択をした。
「……ええと、あっちの特価品のコーナーのやつがいいかな」
その選択肢に目を丸くする二人。
ここで三人の友情に亀裂を入れるよりも、自分で選択するのがベターだろう。
そう思っての行動だが、二人はそれを曲解してくれた。
「アリスもやっとオシャレに目覚めましたのね」
「良かった、アリスちゃんが本以外にも興味を持ってくれて」
二人はそう勘違いしてくれたが、今さら白状は出来ない。
服などという物は身体を隠せて、防寒機能さえ整っていればなんでもいい、などとは口が裂けても言えなかった。
アリスは居心地の悪さを隠すため、そそくさと特価品のコーナーに向かう。
そこには木の棒にいくつもの服が吊されていた。
さすがは特価品だ。
一昔前に流行したデザインのものや、染料のいらない白を基調にした服が多い。
でも、気にしない。
デザインに流行があるのは承知しているが、服のデザインなど百年前から大差はない。
元々、人間には頭が一つ、腕が二つ、足が二つしかないのだ。
リザードマンのように尻尾でも生えていない限り、スカートのお尻に穴を開けたりする必要性はない。
例え今は流行遅れでも、5年後くらいにまた再流行することもあるかもしれない。
そしてなにより、流行遅れの特価品は安い。
アリスが支払うのではないけど。いや、アリスが支払うのではないからこそ、服など安ければ安いほどいい。
ただ、それでも適当に選ぶのは気が引けるので、アリスはじっくり選ぶ。
二人には、「ファッションセンスを養うからしばらく一人にして」と言う。
「やっと女の子らしくなったね」
と二人はそれぞれ、別の区画へ向かった。
彼女たちもそれぞれ、ウィンドウ・ショッピングを楽しむようだ。
服ならば何時間でも見ていられる。そんな様子だ。
「しかし、解せぬ。服を見るのがそんなに楽しいだろうか?」
服選びに時間を掛けるくらいならば、その間、本を開き活字でも読んでいたい、というのがアリスの正直な感想であった。
「まったく、本より素晴らしいものなどこの世にないというのに」
そう吐息を漏らすと、アリスは服選びを始めた。
ファッション・センス・ゼロ。
というかファッション自体に興味がないアリスではあるが、値段にはシビアである。
また、デザインには興味はないが、素材には興味がある。
長持ちするのか、中古品でも程度はいいのか。
縫い目はしっかりしているのか。
チェックする項目は無数にある。
アリスは目を皿のようにして確認する。
せっかく友人にプレゼントして貰うのだから、なるべく安く、そして長持ちしそうなものを選びたかった。
十数分後――
熟考に熟慮を重ねた上選んだ服がこれだった。
白のワンピース。真っ白なものではなく、紋白蝶のような色つやをした可愛らしい奴だ。
シンプルイズベスト、これならばたとえ錬金術が進化して新しい素材が生まれても古くさくなることはないだろう。
最初から古くさい物はこれ以上古くさくならないのだ。
そう思いながらアリスがワンピースに手を伸ばすと、それと同時にそのワンピースを掴む手が現れる。
にゅっと、突然にだ。
その手は先ほど見かけたエルフさんよりも白く透明なような気がした。
ほぼ、同時に声を上げる。
「「あっ……」」
と。
同じワンピースを掴んだのはアリスと同年代くらいの少女だった。
――いや、同じ少女に分類していいのだろうか。
それすら憚るほどの美少女だった。
限りなく色素の薄い髪を肩の辺りで綺麗に切りそろえた少女で、まるで人形のよう、という表現がぴったりなほどの美しさを携えていた。
彼女は開口一番に言う。その桜色の唇で。
「このワンピースに最初に目をつけたのはクロエです。失礼ですが、その貧弱な手を離していただけますか?」
陶器の人形のように思われた彼女である。その口調もそれに似つかわしかったが、台詞自体にはとても多くの酸味が込められていた。
思わず、彼女の忠告通り、ワンピースを離してしまいそうになるが、即座に離さないのはアリスにクローネ家の血が流れている証拠。
クローネ家の女は、普段はのほほん、としているが、譲るべきところとそうでないところをわきまえているのだ。
ここは強気に行くべきだろう。
ほぼ、同時に触れたような気がするかも知れないが、若干、僅か、ほんの刹那であるが、アリスの方が先にワンピースに手が触れたような気もする。
それにだけど、アリスにはこのワンピースを買う権利があると思う。
見れば目の前の少女はメイド服を身に纏っていた。
小綺麗なメイド服で、どこぞの大貴族、もしくは大商人の女中のようだ。
少なくとも苦学生のアリスよりはお金を持っているはず。
ここはお金を持ってそうな方が譲る、というのが筋合いだろう。
アリスはそう主張することにした。
「初めて会う方に失礼ですが、このワンピースはわたしのものです!」
人形のような少女は即座に返してくる。
「どういった法的根拠でそのような妄言を申し上げているのでしょうか。不憫なクロエにはわかり上げかねますので、まずその根拠を述べて頂きたい。できれば80文字程度で。簡潔に猿にでも分かるように」
「ほんのちょっとですが、わたしが先に触りました。それにこの服は友人にお金を出して買って貰うんです。小一時間近く悩んで決めたので今さら譲ることはできません」
「素晴らしい。77文字でまとめてくるなんて」
メイドはそう無表情に言う。
「伊達に本を読み込んではいませんからね」
アリスは小さな胸を突き出し、少しだけ偉そうに言う。
「見事な物です。ふーん、あっそう、という詩的で哲学的な感想が脳内にたくさん浮かびました。貴方の雄弁に免じて優先権を譲りたいと思いますが、残念ながらクロエにはそれができません。どうしてだか分かりますか?」
「分かりません」
「答えは単純です。クロエもまた貴方のように意固地かだからです。クロエは一度これを買う、と決めたら、それを買い逃したことは一度もありません。『ご主人さま』がご所望された物ならば、なんでも入手してきました。竜殺しの特化スキルが付与されたロング・ソード。遙か東方の島国にあるというサムライ・ブレード。夏に氷を望まれるのならば極北の地に赴き氷を砕き、冬に南国の果実を望まれるのならば南洋を泳いで南の島まで果物を採取に行く。それがクロエのメイド道、忠誠心だと思っています」
「むむう」
思わず唸ってしまう。
なかなかにすごいメイドさんだ。
真偽のほどは定かではないが、その穏やかな表情の奥に潜む覚悟のような物は確かに伝わってくる。
彼女ならば本当にそのような行動に出てもおかしくなかった。
しかし、それはそれ、これはこれ、だ。
彼女にもメイドとしての誇りがあるように、アリスにも誇りがあった。
この服はただの衣服ではない。
この王都で初めてできた友人から受取る大切なプレゼントなのだ。
最高の友達からプレゼントを貰うのだから、それは最高の物でなくてはならない。
ここで妥協をしてしまえば、友人にも申し訳が立たない。
そう思いながら、アリスはとある提案をすることにした。
アリスはビシリ! という擬音が聞こえてきそうなほどの勢いで相手を指さした。
「メイドさん、ここは勝負といきましょう」
「勝負……? ですか?」
人形のような少女は不思議そうな顔で問うてくる。
意外な提案だったのだろう。
「はい勝負です。ここは恨みっこなしの勝負で生きましょう。勝った方が服を買う権利を得る。そういう勝負です」
「なるほど、簡単にしてシンプルですね」
「簡単とシンプルは同じ意味で重複していますよ」
と、突っ込みたくなったが止める。
今はそんな校正作業よりも、彼女に勝負方法を伝える方が先決だろう。
なぜならば、彼女は若干勘違いをし、準備運動を始めている。
柔軟体操をしながら、身体を温めている。
指をポキポキ鳴らしながら、こう呟いている。
「王立法典82条第3項、本国における決闘の扱い。平民が貴族に決闘を申し込むことはできない。しかし、貴族が平民に決闘を申し込むことはできる。その際、貴族を殺傷したとしても平民は罪に問われることはない」
「…………」
――いや、いやいやいや、そういう意味ではありませんから。
なんと剣呑にして喧嘩早い人なのだろう。
アリスは呆れながら補足する。
「辞書で、決闘と勝負という項目と、平和と慈愛という言葉を引いて、赤ペンでチェックしてください」
彼女は即答する。
「貴方の赤い血でチェックしておきましょう」
と、悪魔じみた笑みで返してくれた。
しかし、それは彼女なりのブラックジョークのようで、すぐにその笑みを止めるとこう正してきた。
「いいでしょう。確かに0.1秒ほど貴方があの服に先に触れたのは事実。ここは勝負であの服の優先権を決めましょう」
(……この人はわたしが先に触ったと知っててあんなに偉そうにしていたのか)
思わずそう思ってしまったが、アリスは溜息をつくことはない。
勝負で決めると言った以上、勝負すべきだろう。
それが人としての筋道というものだ。
そう思ったアリスはメイドに勝負の方法を提案した。
その勝負方法を聞いたメイドは呆れた。
勝負の内容があまりにも稚拙だったからだ。
いや、稚拙という言葉さえ不適切かも知れない。
幼稚と言い換えた方がいいか。
アリスの提案した勝負とは、ジャンケンだった。
子供の頃、誰もが皆やったことのある遊びである。
決して誰も傷つくことなく、平和裏に決着がつけられる神が、いや、人が生み出した英知の結晶。
それを利用させて貰わない、という手はない。
「……まあ、いいでしょう。それではさっそく勝負をしましょうか」
その言葉を引き出したアリスは、必勝の策を練った。
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