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本好きの悲しい習性

 拝啓、姉上様、アリスです。


 貴方の妹のアリス・クローネです。


 ご存じかとは思いますが、わたしは今、王都にいます。


 この国の最高学府である第一王立学院に通っています。


 国元を離れて早一ヶ月。


 そろそろ里心が芽生える頃かな、と思いましたが、思いの外へっちゃらです。


 父上の忙しない姿を見るのも、


 ウェンディさんの野菜スープの味も、


 姉上の(下手な……)前衛的な芸術作品を鑑賞させられる日々も、


どこか遠い昔の記憶に感じるのは、わたしが成長した証拠かも知れません。


 たぶん、王都で体験することのすべてが目新しく、大勢の友人に囲まれているため、時間の流れが慌ただしくなり、里心を感じる暇もない、というのが正直な状況かも知れません。


 ゆえに、毎週のように手紙を送られ、上質な筆を買って寄越せとか、王都で流行っている下着を買って送れといわれても困ります。


 もちろん、そのうち、買って送りますが、もう少しだけ時間をください。


 ――と書いても姉上の性格ならば手紙の量を増やされると思うので、今週の末には買い出しに出かけ、メモに書かれた物を買って送ります。


 ですが、お金の方はちゃんと請求するので、王立銀行の方に振り込んでおいてください。


 正直、今月は欲しい小説の新刊が出るので無駄遣いはできませんので。


 それでは取り急ぎ、要件のみとなりますが、ここで筆を置かせて頂きます。



 親愛なる姉上の妹、アリス・クローネより。



「――さてと」



 手紙を書き終えたアリス・クローネはそう呟くと、自室のクローゼットを開けた。


 ちなみに以前説明したが、アリスの家計簿には衣服代なる項目はない。


 制服と寝間着、それと一週間のローテーションが組めるだけの下着があればそれで十分だった。


 つまりクローゼットに外出着は一着しかない。


 あとは全部制服だけである。


「はー、やっぱり制服は最高だわ」


 冠婚葬祭、学校、外出、どこに着ていっても文句を言われることはない。


 いや、酒場だけは駄目かな。


 でも、酒場以外ならオールOKで、制服さえ着ていれば文句を言われることはない。


 ――オシャレな友人以外には、だけど。


 アリスが制服姿のまま待ち合わせ場所に行くと、友人の一人であるドロシーが不満を述べる。


「アリス、貴方、また制服なの?」


「また制服というか、わたし、制服以外に服を一着しか持ってないし」


「「ええー!」」


 驚きの声を上げるドロシーとリルム。


「女の子は着飾ってなんぼでしょうに」


 というような趣旨の発言を受ける。


「というか、そんなに貧乏なんでしょうか、アリスちゃんの家って……」


 ずばり聞いてくるのはリルム。


 うむ、この子は本当に正直な子だ。正直な子には正直に返す。


「国内でも有数の貧乏貴族だよ。うちは」


「男爵家ならば国王陛下から最低限の暮らしを保証する下賜金を貰えるでしょう?」


「その権利はとっくの昔に差し押さえられてる」


 それに、とアリスは続ける。


「一応、仕送りは貰ってるけど、それは全部、書籍代に充ててるから」


「……道理で休日も制服しか着ないわけね」


 ドロシーは呆れる。


 リルムは妥協を求めてくる。


「……せめて本を買う分を半分にして、少しは服にも回すとか」


「いや、それはない。本を買う量を半分にしたら、わたしの読める本が半分になっちゃうじゃない」


「……いや、まあ、買う量が半分になるしね。そりゃ読める量も半分になるでしょ」


「半分になったら、わたし、死んじゃう」


「死なないと思うけど」


「死んじゃうの。わたしは活字を読んでないと震えが来る体質なんだよ!」


 そう力説したが、二人には通じない。


 理解に苦しむ。


 この世に本を読むこと以上の楽しみがあるだなんて。


 逆にアリスはお勧めの本を片っ端から彼女たちに渡して、それの感想文の提出を求めた。


 無識な彼女たちもアリスお勧めの良書を百冊ほど読めば、アリスと同じような境地に達せられるだろう。


 読書仲間が増える=本の貸し借りできる相手が増える=読める本の量が増える。


 ということなのだ。


 それはとても喜ばしいこと。


 素晴らしいこと。


 そう力説しながらアリスは彼女たちに本を渡したが、彼女たちは「はいはい」と軽く受け流すとアリスの背中を押した。


 学院の休日は短い。


 その貴重な休日を、本馬鹿のために潰されて貯まるか。


 そんな感じで一張羅のお出かけ着に着替えさせられると、学院の外へ連れ出された。





 第一王立学院アースハイム校のある王都ランベルクは都会だ。


 どれくらい都会かといえば、その人口はおよそ100万人。


 この国の総人口が約1500万人なのだから、おおまかにいうとこの国の国民の15人に1人はこのランベルクに住んでいる、ということになる。


 その数が多いか少ないかは分からないが、ともかく、この王都にはたくさんの人々が住んでいた。


 身分、種族、年齢問わず、様々な人々が往来を行き交っていた。



「わあ、エルフさんはべっぴんだなあ」


「貴方、エルフを見たことありませんの?」


「父上の領地は猫の額ほどですからね」


「ほんとに綺麗だ。まるで妖精さんみたい」


 本当に溜息が出そうなほど綺麗な人ばっかりだ。


 皆、金色の髪を纏い、長い耳を持っている。


 透き通るような肌に、しなやかな肢体も。


 ファッションに興味はないが、あのような美貌を持てるのであれば、持ってみたい、と思うのがごくごく普通の女の子の感想だろう。


「あ、アリスちゃん、あそこにドワーフさんもいるよ」


「あ、ドワーフさんなら知り合いに一人。うちの村で鍛冶屋を開いている人がいて、何度かあったことあるよ」


 ただ、ドワーフにも色々な氏族がいるとのこと。目の前を通り過ぎたドワーフは、ドワーフの中でもひときわ珍しいエルダー・ドワーフというらしい。


 童話の中に出てくるようなドワーフさんで、背丈はアリスの胸くらいしかない。


 筋骨隆々のビール樽のような体型をしており、とても力持ちそうだ。


 ただ、リルム曰く、

「ドワーフさんは、力だけではなく、職人さんとしても有能なんだよ」

 とのこと。


 なんでもドワーフといえば職人、職人といえばドワーフという格言があるらしく、その手先の器用さは人間など目ではないらしい。


 曰く、神はドワーフに技術を与えた、エルフには美貌と自然の恵みを、オークには繁殖力を与えた。


 では人間には?


 答えは、それぞれの種族のいいところを少しずつ与えた。


 というのが、よくこの国の国教である使徒教会で催される説法の決まり文句だった。


 ちなみに、ドワーフは建築士としても一流らしく、アースハイム校を設計したドワーフはドワーフ族にもかかわらず、一代騎士の称号を貰ったすごい人らしい。


 彼の設計した建物は、アースハイム校だけではなく、この王都に散見される。


 今からアリスたちが赴く王立図書館もそのうちのひとつだ。


 荘厳でいて機能美溢れる独特の建築物で、その蔵書の数はなんと10万冊。


 アリスがこれまで読んできた本の何百倍もの本がそこにあるのかと思うと、思わず立ちくらみをしてしまう。


「――って、なに勝手に行き先を決めているの?」


 とはドロシーの言葉。


 それに呼応するようにリルムも続ける。


「今日、向かうのは、王都にある服屋さんだよ」


 その言葉を聞いたアリスはのけぞる。


「そ、そんなご無体な」


「いや、昨日事前に知らせましたでしょう。今日はアリスの服を選んであげる、って」


「もちろん、聞いているけど、わたしはこの服だけでいいよ? あんまり外出しないし、外出するときも制服を着ればいいし」


「その着たきり雀なところを改善するためにリルムたちが骨を折っている、というのに……」


 なんでも、二人でお金を出し合ってプレゼントしてくれるのだそうだ。


 有り難い提案ではあるが、そのプレゼントの代金を本の購入費に回して貰えないだろうか?


 そんな悪魔のような提案をしようとしたが、慌てて飲み込む。


 空気を読めないことで定評のあるアリスだが、友人たちがお金を出し合ってプレゼントしてくれるものにケチをつけるほど心は失っていなかった。


 書痴、本と結婚する女、本に埋まって死ぬ定めをもった少女、いくつかの異名を持っているアリスであるが、まだ人でなし、と呼ばれたことはない。


 今後も呼ばれないよう注意するため、アリスは有り難く友人たちの好意を受け入れることにした。


 ただ、頭では分かっていても、なぜだか足は図書館の方にいってしまう。


 本好きの悲しい習性であった。

「面白かった」

「続きが気になる」

「更新がんばれ!」


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