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天才じゃない!

 試験日当日、アリスは会場へ向かう。


 そこには同じ年頃の子供が溢れていた。


 皆、一様に緊張した面持ちをしている。


 一応、この会場にいる時点で王立学院の入学を許可された子たちだ。


 いわばエリートなのだけど、さすがに幼い頃から修練を重ねてきた子たちでも緊張するらしい。


 なぜならば、この会場の試験結果によって、自分の人生が変ってしまうから。 


 例えばアリスの横で震えながら神に祈りを捧げている女の子。


 彼女の名前はリルムというらしいが、彼女は是が非でも神聖科に入りたいらしい。


 なんでも神聖科に入って聖職者にならなければ、そのまま郷里に連れて帰られ、地元の有力者と結婚させられる運命にあるらしい。


 ちなみにその有力者とは20以上年が離れており、体重は彼女の3倍はあるそうだ。


「……がんばれ」


 という言葉しか湧かない。


 あるいは横で念仏のように呪文を唱えている気の強そうな女の子。


 彼女はそのドリルのような髪を揺らしながら、何度も自分を鼓舞していた。


「栄誉あるドロッセルマイヤー家の娘であるわたくしが、こんなところで落ちこぼれるわけにはいきませんわ――、栄誉あるドロッセルマイヤー家の娘であるわたくしが、こんなところで落ちこぼれるわけにはいきませんわ――」


 彼女の場合は事情を尋ねなくても高らかに自分のことをしゃべってくれる。


 アリスの方を振り向くと、勝手に事情を教えてくれる。


「おーほっほ!」彼女は高らかな笑い声と共に、宣言する。


「栄誉ある我がドロッセルマイヤー子爵家の子女は全員、王立学院の魔剣士科出身ですの。ですので私の魔剣士科への配属は決定、いえ、宿命付けられているのですわ!」


 お嬢様笑いとお嬢様ポーズでそう宣言しているが、その手は震えている。


(まあ、家族全員が合格して、自分だけ落ちたら立つ瀬はないよね……)


 高飛車っぽいが、根は悪い子ではなさそうなので同情する。


 是非、魔剣士科に受かって欲しいものだ。


 それに、できれば彼女たちと友達になりたかった。


 アリスの実家であるクローネ家はド田舎の山間にあり、近所に同世代の娘はあまりいない。いたとしてもアリスは本の虫の変人、他の子は普通の女の子。


 一緒におままごとをする。お手玉をする。あやとりをする。などといったイベントはあまりこなしてこなかった。


 もちろん、幼年学校に通っていた頃は、それなりに友人はいたけど、片田舎の小さな学校だったので、同年代の友人はほとんどいなかった。しかも田舎ほど考え方は古くさく、幼年学校で最低限の読み書きを覚えると、そのまま実家に戻され結婚、というパターンが多かった。


 女の子に教養はいらない。むしろ、邪魔。


 という考えが広く浸透しているのが田舎だった。


 ゆえにアリスは思った。


 せっかく王都に来たのだから、今まで実現不可能だったことをしよう!

 ――と。



「目指せ! 友達百人できるかなプロジェクト!」



 アリスが王立学院への入学を決意したときから企てていた夢のひとつである。


 アリスは、神聖科を目指すリルムちゃんと、魔剣士科を目指すドリル(仮)ちゃんを心の底から応援した。


 なんとなく、彼女たちとは友達になれそうな気がしたからだ。


 しかし、声を掛けてお友達になるのは後々のお話。


 リルムちゃんとドリルちゃんを始め、会場にいる友達候補は次々と試験を受けていく。

 


 今さら、筆記試験に落ちるつもりは更々ないので、それは割愛するが、問題なのは実技であった。


 一応、文系の学科志望でも剣術と魔術の試験は受けなければいけないらしい。


 人間には思わぬ才能があるかもしれない。


 それを見つけ出し、伸ばしてあげるのが、王立学院の設立目的なのだから。


「まあ、一応、『魔法万能につき』というお墨付きで入学する以上、最低限の結果を残さなければいきなり放校されてしまうかもしれないしね」


 手加減はしつつも目立ちすぎないようにするのが、無難であろう。


 そう思った瞬間、懐に忍ばせていた日記帳がブルブルと震える。


「魔術駆動式連絡装置か!」


 と突っ込んでしまいそうな機能だったけど、仕方ないので会場の端に赴くと、ページを開く。

 


 最新のページには、

『おハロー!』

 と、頭の悪い文字が書かれていた。



 軽くめまいを覚えてしまう。


 この文章を書いたのが未来の自分かと思うと、あるいはアリスは『司書』には向いていても『小説家』には向いていないのかも知れない。


 そう悟ってしまったが、気を取り直すと、文字の続きを追った。


 

『今、貴方はこの日記の最新ページを見ていることと思うけれど、ここでひとつだけ注意。貴方は限りなく手を抜き、目立たぬように史学科に入ろうと試みるだろうけれどはっきり言って無駄なので、手を抜くのは止めた方がいいと思う』



「………………」



 沈黙するしかない。



『ちなみに、魔術の試験は《水球》を用いて、それを的に当てる、という形で行われます』



 ちらり、と会場の方を見てみると、係の教員と思われる人たちが、確かに大きな的のようなものを持ち運んでいた。


 係の人は、《水球》の魔法を的に当ててください、と学生たちに説明している。



 係の人曰く、


「このテストは魔力の威力やコントロールはもちろんですが、呪文の詠唱速度なども問われます」


 とのこと。



 ちなみに《水球》の魔法は小さければ小さいほど評価が高まるらしい。


 魔法の世界には『大は小を兼ねる』という言葉はない。


「《水球》の魔法は水魔法の初歩の初歩です。ですが、初歩の初歩ほど難しい」


「と、いいますと?」


 リルムは真面目な顔で尋ねる。


「皆さん、試しに《水球》を手のひらの上に作ってみてください」


 その言葉にリルムは従う。


「えいッ!」


 という可愛らしい掛け声と共に彼女の手のひらに現れたのは、騎士の兜くらいの大きさの水の球だった。


 無色透明な水の球はゆらゆらと彼女の手のひらの上をさまよっていた。


 係の試験管はそれを見ながら、説明する。


「――と、このように《水球》の魔法は誰もが使えるものですが、普通の魔術師ならばこれくらいの大きさになるでしょう」


 その言葉にくってかかるのは、気位が高そうなドリル・ヘアーの娘だった。


「先生、わたくしならばもっと大きな《水球》を作って見せますわ」


 そう宣言すると、彼女は、「てやッ!」という掛け声と共に、リルムが作った三倍の大きさの《水球》を作って見せた。


 すごい。


 しかし、試験管は「やれやれ」といった顔をすると、こう補足する。


「《水球》の魔法は初歩の初歩。実は大きな球ならば誰でも作れるのです」


 と、自分でドリルちゃんの3倍の大きさの球を作ってみせる。


「実は《水球》の魔法は小さなものを作る方が難しいのですよ。試してごらんなさい」


 試験管がそういうと、その場にいた子たちは、皆、試してみる。



「あれ、ほんとだ」


「なんで大きいのは簡単に作れるのに、小さいのは難しいのだろう」


「む、難しい……」


 各人、それぞれの感想が聞こえてくる。


 アリスも試してみるが、確かに水球の魔法は小さなものを作る方がよほど難しかった。


「えいやー!」


 と、どんなに頑張っても、他の同級生たちのように小さな《水球》を作ることはできなかった。


 リルムが最初に作った程度の大きさの《水球》を作り出すことしかできなかった。



「や、やばい」



 思わず背中に冷たい汗をにじませる。


 試験管先生曰く、

「第一の試験は、水球をあの的に当てること」

 らしい。


 的はダーツの的のように、円が同心円状に広がっていて、小さな球を中心に当てれば高得点が貰えるらしい。中央の赤いマークは100点、その外側は50点、さらに外周部は30点、とドンドン低くなっていく。


 ちなみに《水球》の大きさは問われないらしいが、例え大きな水球を当てても外周部に掛かってしまえば、最低点の10点しか貰えないらしい。


「てゆうか、わたし、超不利じゃん……」


 魔法初心者のアリスはどんなにがんばってもこぶし大の大きさの《水球》を作り出すことなどできない。


 いや、仮にできたとしてもその大きさの《水球》をコントロールすることはできない。


 ただ、《水球》を小さくすることで精一杯だった。


 水の球を小さくした上でそれを制御するなど、とてもとても……。



「うーん、どうしよう」



 さすがにここでゼロ点を取るわけにはいかない。


 仮に座学で満点を取ったとしても魔法の科目がゼロ点ならば平均点は50点と言うことになる。


 もっといえばこの後に行われる剣術の試験は魔法よりもさらに自信がない。


 アリスはインドア派、本は毎日のように触れるが、剣など触ったことすらない。


 包丁の柄を握ったことがあるくらいだ。


「それも女中のウェンディさんにお嬢様は刃物に不向きだ」


 って、断言されたことがあるんだよなあ。


 曰く、

「お嬢様ほど野菜の皮を厚く剥く娘は台所に立たない方がいい」

 とのこと。


 そんなアリスだ。剣術の試験など、今から低得点が約束されているようなものだった。


「なら簡単。ここでそこそこの点をとっておかないとね」


 アリスは、手加減することなく、真面目に魔法を詠唱した。


 当然、できあがる《水球》の大きさはごくごく普通のサイズだった。


(――当然。だって初めて唱えるんだもの)


 大きさにこだわり高得点など狙わない。


 ここは制球力重視で10点を取りに行く。


 それがアリスの考えた作戦だった。


 さらにいえばほぼ無詠唱で《水球》を唱えることができたので、そちらの分も加算して貰えるだろう。

 そういう思惑もあった。


 ――問題なのは。


 今のアリスにこの《水球》を制御する力があるか否か、であった。


 ちなみに魔法の投擲は三回ほど行われ、三回評価される。


 全部外せばゼロ点になる。


 それだけは避けたかった。 



 ドクドクッ。



 アリスの心臓が脈打つ。


 さすがに緊張する。


 自分の未来が掛かっているのだ。


 慎重に狙いを定めなければ。



「えいや!」



 一回目の投擲。見事に外れる。しかもかなり大きく。


(ちょっと力みすぎたのかも知れない)


 アリスは反省する。


(大丈夫、まだチャンスは二回もあるじゃない)


 自分に言い聞かせるようにいうと、アリスは二発目の《水球》を作り出した。


 二発目の《水球》も前回と同じくらいの大きさだった。


 今度はちょっと力を抜いてみる。

 


「えいッ!」



 アリスが解き放った《水球》はへなへなと弧を描き的の前で落ちる。


 どうやら力を抜きすぎたようだ。


 試験管の冷たい視線が突き刺さる。


「あんた? 王立学院舐めてんの?」


 的な心の声が聞こえる。


 いや、舐めてません。本気でやってこれなんですよ。


 そもそもただの司書希望の女の子を呼び出したのはそっちでしょ、そんな抗議もしたかったが、採点する係の人にそんな不平を漏らすのは得策ではないだろう。


アリスは試験官の視線を完全に無視すると、懐から未来日記を取り出す。


 これだけには頼るまい。


 そう思っていた書物に手を出す。


 

「ええい、ここで放校になるより、未来のわたしに頼る!」



 チートでもなんでもいい。放校になれば司書の夢は潰えるのだ。


 頼れるのならば、未来の自分でも悪魔でも頼るべきだろう。


 アリスは恥も外聞もなく、日記を見開いた。


 すると現れる魔法の文字。


 ナイス未来のわたし。


 最高のタイミングでのアドバイス。


 アリスは自身の目に焼き付けるかのように、その文字を読み込んだ。



 そこに書かれていた文字はこんなものだった。



『自分の力を信じなさい』



 たった一言だけ、そう書かれていた。

  

「こんなときに精神論!」


 思わずそう突っ込みたくなるが、今はそのアドバイスに従うしかない。


 長考を始めたアリスに試験管が口頭で注意してきたからだ。


 ちなみに二回注意されると退場処分になるらしい。


 そうなればゼロ点だ。


 ならばやるしかない、そう思ったアリスは手のひらに《水球》を浮かべる。


 そしてそれを豪快なフォームで投げつける。



「端っこでいいんで当たって!」



 そんな願いを込めて投げた《水球》だったが、その球は見事に真ん中に命中した!

 


 命中(ストライク)



そんな掛け声が聞こえてきそうなほどの精度だ。


 ド真ん中、これ以上ない場所に当たってくれたが、残念ながら、制御の項目では10点しか貰えない。


 水球が大きすぎるため、どうしてもそうカウントされてしまうのだ。


 ルール上、それは仕方ないことだった。


 ゼロ点になる覚悟さえしていたのだ。


 10点でも貰えるだけ有り難いと思わなければ。


 そう思っていたが、事態は急変する。


 アリスの《水球》が的の真ん中に着弾した瞬間、辺りに轟音が轟き渡る。



 ドッカーーン!!



 そんな音が響き渡ると、的は勢いよく宙を舞った。


 金属で作られた的。


 その重さは雄牛よりもあるだろう。


 それがアリスの魔法によって数十メールくらい吹き飛び、地面にめり込んだのだ。


 そんな現実離れした光景をアリスは他人事のように見ている。


「あれ? これってただの《水球》の魔法ですよね」


 思わずアリスが試験管に尋ねてしまうが、彼女が返した返答は至極常識的なものだった。


「……こっちが聞きたいですよ」


 青ざめる試験管とアリス。


「……ですよねー」


 アリスは冷や汗を流しながら、採点ボードを見上げる。



 そこにはアリスの個人情報と採点結果が表示されていた。



 アリス・クローネ。

 性別 女。

 年齢 15歳。

 身分 男爵家の娘。

 


 魔法技能

 詠唱100点(無詠唱で唱えられるため)

 精度10点

 威力99999点(測定不能)



 結果。

 S級判定。



 その表示を見たクラスメイト候補たちの反応。



「て、天才だ!」



(ちっがーう! わたしは天才じゃない! ただの本好きの女の子だよ)



 そう主張したかったが、誰も信用してくれそうになかった。

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