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この世で一番つまらない本

 この世に面白くない本なんてないのよ、というのが祖母の口癖だった。


 人が本を読んで面白くないと思ったとき、それは書き手の問題ではなく、読み手の問題、というのが祖母の持論だ。



 わたしことアリス・クローネはその意見に賛成であった。


 なぜならば、アリスがいままで読んできた本の中で、これは詰まらない、読むに堪えない、と思った本など一冊たりともなかったからだ。


 古本屋の片隅に置かれている名前も聞いたことのないような著者が書いた本を手に取ってみる。


 なるほど、確かに詰まらなそうなタイトルだ。


 お説教臭いし、意味が不明だし、そもそも興味をひかれない。


 でも、案外読んでみると面白かったりする。


 なんで打ちきりなんだろう? と首をひねったりする。


 こんなにも面白いのに世の中の人に評価されない。これ如何に、と思ってしまう。


 でも、その本があまり売れなかったのも事実で、打ち切りになったのも事実だ。


 自分にとってはこんなに面白い本も他人にとっては詰まらない。


 よくあることらしい。


 友達から書痴と評されるくらい本好きのアリスには信じられないことだけど、出版の世界では日常の光景らしい。


 書き手がどんなに頑張って書いても想定する読者のもとには届かず、評価されることもなく、読まれることすらなく、古本となっていく本の数々。



 寂しい限りだけど、それも仕方ないことなのよ、と祖母は言っていた。


 全ての本が望まれている人々の手に渡るのが最良のことなのだけど、この世界はそう上手くできあがっていないの、と祖母は嘆いていた。


 だからアリス、貴方だけはすべての本を愛してあげなさい、世の中にはそんな女の子が一人くらいいてもいいはずよ、と諭すように言っていた。



 こうして、幼き頃から祖母にそう教育されたアリスはどんな本にも夢中になる元気な女の子に育った。


 丸一日活字を見ないだけでぷるぷると身体が震え出す文字中毒者に育った。


 幼年学校の体育の授業中、ランニングをしながら本を読んでしまうような変な子に育ってしまった。



 そんな体質になってしまったけど、それで特に損をしたこともない。


 稀に変な目で見られることはあったけど、幼年学院を卒業したら、奨学金を貰い大学に進み、司書の資格を取って、どこかの国の王立図書館にでも就職するつもりだった。


 ただ、本に囲まれながら、普通の日々を過ごし、目立たず、苦労せず、静かに過ごし、活字に囲まれる平和な日々を過ごす予定だった。


 しかし、ある日、そんな祖母の持論と少女のささやかな夢をぶち壊しにする郵便物がアリスのもとに届く。


 その小包の中には一冊の本が収められていた。



 アリスの自宅に届けられた一冊の本、それは、

「この世に詰まらない本など一冊もない」

 という祖母の遺言を打ち砕く衝撃の一冊だった。



 思わず大好きだった祖母に、

「おばあちゃんの嘘つき! この世界にも詰まらない本があったよ!」

 と叫びたくなるような一冊だった。


 思わず天国にいる祖母に文句を言いたくなるほど詰まらない書物。


 それは、『未来の自分が書いた日記』であった。


 アリスの手元に届けられた書物、それは未来の自分が過去の自分に送った日記帳だった。

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