問7:過去の本文中に魔法少女シロミが登場している。それは誰か考察せよ。
この世界は平和かと聞かれたら平和と誰もが答えるが、安全かと聞かれたら難しい。
日本では、長い歴史の中で諸外国との戦争は一度も無いが、前の世界での広島・長崎を越える犠牲者を出した事件が存在する。
1849年、第一次世界聖戦が勃発。切掛けは一人の男。人敵と呼ばれる半身が白黒で分かれた種族未確認の亜人だ。
人敵は太平洋沖に出現。十七時間十八分四十二秒の間、世界各地で魔術を振るい、世界各地で死者と行方不明者が出た。日本でも六百五十万人を超える人が亡くなった。世界規模で見ると二億人。負傷者を合わせると未曽有の大事件だ。
人敵は活動を終えると再び太平洋の海底に沈んだ。
人敵が沈むと同時に、魔獣が世界各地で産声を上げた。奴らは知性を持ち、魔術を使う化物。幼子が既存の生物を出鱈目に貼り繋いだような見た目をしているそれらは、人を襲う。魔獣は人敵の休息と共に現れたことから、眷属と言われている。
第一次世界聖戦は、魔獣に対抗する為に全世界が手を取り合った、人類の存続を賭けた戦い。1878年のパリ奪還作戦を持って終結。魔獣の被害は未だ続くものの、人類は魔術と科学の進歩により、確かな平和を手に入れていた。
戦争の無いこの世界で、俺達一般人が魔術を学び、修めるのはこの魔獣の存在が大きい。
とは言え、アニメを見て学校生活を楽しむくらいの平和はある。今も、ニュースに耳を傾けながら朝食を作っているくらいだ。
『“白帝”が“東条院”を南下中。2週間後には“那古屋”を通過する見込みです』
正式に『魔導書エウレカ』のアルバイトとして全蔵を雇ったので、人に余裕が出来た。日曜日の朝でもゆったりと自分の時間を過ごせる。
ちなみに今、ニュースで言っていた“那古屋”は、愛知県の事だ。世界が変わったことで各地の名前や漢字が異なる為、違和感が凄い。
『次のニュースで『みんなでプリキュア♪』
ドタドタと音を立てて階段を下り、リビングにダッシュして飛び込み、チャンネルを変えたのは桜華。寝相の悪い彼女は、寝ぐせだらけの髪に、お腹も丸出しで興奮した声をあげた。
「ギリギリ間に合ったぁぁぁぁぁ!!!なんで起こしてくれないのさ!!!」
「何も聞いてないからだよ」
「日曜の朝はプリキュア、仮面ライダー、ヒーロー戦隊。これを外して迎えられないんだよ!!意識が低いよ!!このっ、意識低い系オタク!!!」
「それは悪口なのだろうか」
前日の夜も友人とオンラインで遅くまでゲームをしていたというのに、朝のアニメは欠かせないようだ。録画もしてあると思うのだが、睡眠時間よりもリアルタイムで見ることに喜びを感じるのがオタクの性ということか。
「あぁ・・・キュアシューターぁぁ・・・かあいいよぉ!!」
キッチンまで妹の気持ち悪い声が聞こえる。今のプリキュアはゲーム大好きな女の子5人組の話だったか。桜華のお気に入りは、シューティングゲームがモチーフのクール系の女の子。
「オーキ兄、私もごはーん!!」
「スムージーじゃないのか」
「米!!たまには朝に米が食いたい!!!」
我が家のお姫様の言う通りは絶対なので、泣く泣く焼きおにぎりを作る準備を始める。
プリキュアのエンディングが流れる頃、食卓に俺は次々と皿を並べていく。
我が家は人の数が不確定すぎて賞味・消費期限が迫るものが多くて困る。それを一気に消費する為に朝から料理を続けていた。
「うわ、相変わらずよく食べるね」
「まあな」
食卓いっぱいに並んだ大皿を見て桜華がドン引きの声をあげる。
俺は昔から大食いだ。普段の食事量は普通くらい。燃費が悪い訳でも無いのですぐにお腹が空いたりとかは無いが、食べようと思えばいくらでも食べられる感じだ。生まれてこの方、満腹感を覚えたことが無い。
「見てるだけでお腹いっぱいになりそう」
「じゃあ、焼きおにぎりは俺のものだ」
「やだ」
軽い雑談をしながらCMを見ていると、桜華が興味深い話をする。
「“七災”って流石に知ってる?」
「あー、うん、知ってる、知ってる。七輪で炙った後に醤油漬けて海苔巻いて食べると美味しいやつな」
「それお餅だし・・・」
“七災”とは、人類の敵味方問わず、人から外れた力を持つ七つは天災の如く。
一つ、魔獣の祖であり、再度復活した際は世界を滅ぼすかもしれない存在。“人敵”
二つ、平安時代が残した怪物。大きさは小山の如く。白き虎の王。“白帝”
三つ、大正の歌姫。社鹿穂難が残した呪われた劇場。“探戯館”
四つ、対魔獣兵器。圧倒的破壊力と概念破壊の能力を宿した人々の願いの集合体。“聖器シリーズ”
五つ、光を好み、闇に愛された時詠の宝具。“黒双”
六つ、平成初期に突如現れた、魔術を越える人理の外法。『魔法』を扱う。“魔法少女シロミ”
七つ、妖精族の汚点。厄災の象徴。“黒妖精”
以上が“七災”らしい。ちなみに普通なら誰でも知っているそうな。無知なお兄ちゃんでごめんなさい。
色々気になるが、やはり一番はリアル魔法少女だろう。俺も契約させてくれないだろうか。
「魔法少女シロミってどこに行ったら会えるんだ?」
「さあ・・・?ここ十年近く誰も見てないって話だけど」
「一度でいいから会ってみたいな」
「駄目だよ。駄目なんだよオーキ兄、こういうのは既に出会っていて予想もしないあの子が魔法少女!?っていうのがテンプレなんだから」
「ま、まさか・・・桜華が魔法少女・・・?」
「残念。私は自衛アイドル“てぃんくる☆こんばっと”だから魔法少女ではないのです」
残念極まりない。
既に出会っているかもしれない。か・・・。思い当たりそうなのは、全蔵の所の五人姉妹の誰かだろうか。今度さりげなく聞いてみよう。夢のある話だ。
「会えるって訳じゃないけど、聖器シリーズを持っている人には会えるよ。式典とかに行けば大体いるし」
「へー」
「ほんと世間知らずだね・・・心配だよ」
「すまんと思っている」
「まあ、聖器シリーズに選ばれるとどの国も華族扱いになるし、仲良くなれるかと言われたら微妙かなぁ」
華族制度か・・・。誰かに仕えるという感覚が無い俺にとって首を傾げたくなる話だ。全蔵は『忍者は仕えてなんぼ』と言っていた。敬うなら分かるのだが、仕えるとは少し違うと感じる。
逆らえば打ち首。そんな懐古的な事を言われても、実感が湧かない。
もし、元の世界で天皇陛下や総理大臣に会う機会があったとして、敬語や所作を気にする事はあるが、失礼な態度を取って死ぬみたいな事を考える人は現代人の中でも稀有な存在ではないだろうか。ほとんどは気にしないし、なんならタメ口で話し掛ける輩もいそう。
「まあ、オーキ兄は華族嫌いだから機会があっても仲良くは無理かもね。ぶん殴ってるし」
「!?!?!?!?!?」
「何、その初めて聞いたみたいな顔。あの時は超大変だったじゃん。オーキ兄ってば、「納得いかねぇ!!」とか言って水原群伯爵家に乗り込んだりして」
俺の知らない俺が、とても恐ろしい事している。
必死に記憶を探ると、詳細な記憶を思い出す。
俺がまだ中学の頃。爺さんがまだ生きていた頃だ。近くの高校で流行っていた遊びがあった。『度胸試し』と呼ばれるそれは、閉店後の《魔導書店エウレカ》に忍び込み、魔導書を持ち出してくるというものだ。最初はエウレカにある“恋の魔導書”を好きな人に渡すと付き合えるという噂話からエスカレートしたようで、“恋の魔導書”を買うに変わった。それだけなら良いのだが、うちの本は貴重な蔵書が多いので高校生が買うには難しく、好きな女子に渡す本を買うではなく、盗み出すに変わり、だんだんと盗むことが目的になった。
月末の棚卸で最初は数冊のズレから始まり、次の月には見過ごせないものになっていた。爺さんは警察に訴えを出したのだが、この遊びの主導者に華族の娘がいたようで高校生達はお咎め無し。盗み出された蔵書の一部の返却と金銭の賠償のみ。高校生達からの謝罪は一切なし。
俺は桜華の言う通り、中学生だった俺は、『納得いかねぇ!!』と怒った。主導者の華族の娘に頭を下げさせるべく単身乗り込み、生まれ持った魔力にものを言わせて警備のおじさん達をなぎ倒し、その娘の顔に一発拳をぶちこんだ。
その後、娘の父である当主である伯爵が出てきて説明を受けた。どうやら娘の兄が娘を庇い、当主の許可無しに警察に圧力を掛けたとか。当主は俺の事を『気概良し』と寛大な心で許してくれた。
しかし、俺は止まらない。当主の右頬に一発。『何が気概良しだ。親なら子供の不始末にケジメ付けろや!』と中指立てて叫んだ。
当主は目を丸くして殴られた頬を抑えて高笑い。そして俺のお腹に一発蹴りを入れた。そこから怒涛の殴り合い。最終的にお互いボロボロになった。血まみれで倒れる俺を満足気に見て当主は『後日、2人を連れて正式に謝罪に向かう』と言い残してふらふらとした足取りで去った。
この世界が良く分からないよ・・・。
魔獣が存在していて魔術という攻撃手段がある世界。前の世界よりも治安も悪く、言い方は悪いが、喧嘩や暴力に寛容な世界。価値観が違いすぎるので、イマイチ受け入れられないが、そういうものらしい。風潮というのは恐ろしい。
しかし、一般人の俺が華族二人を殴って問題にならない訳がない。この世界に来て浅い俺でも分かる。
だが、水原群伯爵家は俺に対して何も無かった。後日、話しを聞いて顔を青くした両親と共に謝罪をしに行ったが、気にしていないどころか、両親が当主から頭を下げられた。
水原群伯爵家は、第一次世界聖戦で活躍から華族に成った武家一門。歴代当主は脳筋揃いとか。細かい事は気にしない。先に曲がったことをした子供が悪いという事らしい。
その後、謝罪に来た三人を爺さんは許し、解決。息子は他家の華族に奉仕として一から出され、娘も根性を叩き直すとして当主が張り切っていた。
これで一件落着かと思いきや、この世界の二三桜樹は止まらない。他の実行犯である生徒達も頭を下げるべきだと、それぞれへ直談判。反省の色が見えない者は拳で分からせたようだ。
その後、噂が一人歩きした結果、『西中の暴君』と呼ばれた二三桜樹は、今のように一部の友人を除いて孤立したらしい。ちなみにグレ始めたのはもう少し前なのでこの事件が切っ掛けではない。
何やってるんだこの世界の俺・・・。怖いもの知らずにも程がある。
環境が1つ違えば、同じ人でも別人のように育つという事か。俺も一歩間違えれば、こんな向こう見ずの性格になっていたかもしれない。そうならずに済んだのは一重に野球のお陰か。どちらにせよ、前の世界には感謝だな。この世界ではこれ以上やらかさないように気を付けよう。
「そういえば、オーキ兄のあれもすごかったよね」
「もうお腹いっぱいです」
「あ、そう?恥ずかしがらなくていいのに」
こちらを揶揄うように笑う桜華は、絶対ドSだ。
これ以上の話は俺の心が持たない。今は目の前の料理を片付ける事だけに集中しよう。
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