問1:本文最後に”エウレカ”を訪ねた人を考察しなさい。また、その根拠を述べよ
「店長。起きて。あと忍者も。うん、そんな感じ」
「んん・・・あれ寝てた・・・?」
澄んだ、か細い声。抑揚が無く、起伏の少ない聞き覚えの無い声に頭が覚醒する。どうやら眠っていたようだ。そう言えば全蔵と本の話をしながら開いて・・・。駄目だ。記憶が朧気で思い出せない。
「閉店時間だよ。暇だからって寝るのはよくない。うん、駄目な感じ」
「ごめんなさい、紅香さん。今片づけます。おい、全蔵起き・・・・ろ・・・あれ・・・」
「どうかした?うん、心配な感じ」
紅香さんって誰だ。そんな知り合い、俺にはいない。場所は変わらず店の中。日は傾き、窓から差し込むのは街頭の光。随分寝ていたようだ。ああ、そうだ。以前から全蔵と同じくバイトで働いている眞壁紅香さん。大学三年生の人で、単位の大半を取ったとかで九月からは学校の俺の代わりに平日の昼間は紅香さんがシフトに入ってくれる。とてもありがたい人材だ。
雪女を彷彿とさせる白い髪。雪の結晶のような瞳。中学生から身長が伸びていないのを気にしており、独特な話し方をする。自慢の狐の耳と尻尾は以前触らせてもらったが、凄く・・・あれ・・・狐耳・・・?
こちらを不思議そうに覗き込む紅香さん。ピコピコと小刻みに動く耳は間違いなく玩具では無く、本物の耳だ。やばい。本当に何がなんだか分からない・・・!!
「ぜ、ぜ、ぜ、お、お、お、ろ、ろ」
「うん・・・何でござるか、オーキ殿・・・。おお、紅香殿、来ていたのでござ・・・るね?」
「ぜぜ、みみみ、き、き、き、や、ばばば」
「ふむ。ふむ。それは不思議でござるな。拙者も頭の中がモヤモヤとして晴れないでござる」
「ど、ど、ど、け、けけ、け、ははは、はぶらし、ごしごし」
「いや、それは早計でござるよ。今は落ち着くのが先決でござる」
「何で会話が出来ているの?うん、不思議な感じ」
全蔵を起こして状況を伝える。取り敢えず、今は紅香さんに構っている暇がない。うん、時間が欲しい感じ。取り敢えず状況の整理のために紅香さんのいない場所で話合わなければ・・・。
「「お腹痛いので締め作業お願いしてもいいですか?(ござるか?)」」
「わお。息ピッタリ。うん、仲良しな感じ」
☆
「拙者の番でござるな。いくでござるよ」
「バッチコォッイ!!」
「獅屍葬歌ッッ!!!」
「くっ・・・恰好いい・・・だが俺も負けてないっ!いくぞっ!!」
「ふっ、拙者に勝てると言うでござるか?」
「銀翼雷槍・閃ッッ!!」
場所を変えて俺の部屋。爺さんの古本屋から徒歩十分の場所にある我が家は三階建て。普段は家に二人居れば多い方なのに無駄に広いこの家は築五年。俺が中学の頃に父の球団移籍に合わせて建てた家だ。
「閃きを敢えて後に。中々やるでござるな、オーキ殿。今回は勝ちを譲るでござる。さ、二回戦やろうでござる」
「いや、俺達なんでゲームやってるんだ。それになんだこれ」
「“我流功夫極めロード”でござる。先程やった通り、カードを引いて必殺技を作るゲームでござる。拡張パックでカードを増やせるでござるよ」
「俺も欲しい。じゃなくて・・・」
隣の部屋からドンッと壁を叩く音。それも複数回。横は、妹の桜華の部屋。この壁ドンは「うるさい」じゃなくて「私抜きで楽しそうなことするな」だな。後から三人でやるか。
「どうやら拙者たちは現代日本でも随分特殊な場所に来てしまったようでござる」
「異世界転移的な?」
「そうとも言えるし。そうは言えないでござるなぁ。異世界というほど異なる世界では無いでござるし。ただし、人間以外に人語を話す種族がいるのと、魔術なるワクトキが存在する世界でござる」
「《古書エウレカ》が《魔導書店エウレカ》に変わっていたな」
「歴史も多くが改変されているでござるが、ぶっちゃけた話してもいいでござるか?」
「どうぞ」
「家族も友人も特に変わりなし。むしろ、こっちの世界の方が楽しそうだし、楽しめるだけ楽しみたいでござる」
「超賛成」
頭の中には知らない記憶が沢山。まず、一番に気になった記憶は、この世界では野球自体は存在しているがメジャースポーツではない。その関係か、俺は幼少から野球に触れておらず、怪我もしていない。体も全盛期真っ只中だ。
「幸いにも、見た覚えの無い記憶があるお陰で情報取集に苦戦する事も無いでござろう」
「なあ。記憶の俺、エウレカの店長しながら学校に通う不良みたいな位置付けなんだけど。野球やってないと俺こうなってたの?」
「ウケる(笑)」
「殴るぞ」
「安心して欲しいでござる。紅香殿のような動物の特徴を持った獣人のお陰で、忍者は歴史的に存在ものになっているでござる。拙者なんて身体能力と頭がイカレた奴扱いでござるよ」
「前と変わらないじゃん(笑)」
「殴るでござるよ」
アニメや漫画に出て来る人の特徴を持った別種族。動物の特徴を持った者は獣人。それ以外は亜人に分類されている。記憶の中に面識の無い獣人や亜人の人達が沢山いる。
「今日はもう遅いので帰るでござる」
「お互い、色々と整理することや、集めたい情報もあるしな」
「ではまた明日」
「じゃあな」
そう言って窓から飛び降りる全蔵。ここ3階だが、気にしたら負けだろう。あいつ自称忍者だし。靴とかどうしているのだろうか。後で玄関に置きっぱなしだったら紙粘土を詰め込んでおこう。
さて、俺もこの世界の情報を少しでも探るか。魔術についても気になるし。
☆
「メンマァ・・・メンマァ・・・!!」
壁掛けの個人の部屋で使うには大きすぎる七十インチのテレビを前に俺は大号泣していた。今年十七歳になる兄の大号泣を見て、桜華は満足気にその様子を見ていた。
手っ取り早く情報を探る為に、全蔵が帰ってすぐ妹の桜華の部屋を訪ねた。そこから紆余曲折あり、俺はあの花を見ていた。
「うんうん。オーキ兄、私も最初はそうだった。叶うことなら記憶を消してして、もう一回見たい」
「地底人」と書かれた白Tシャツに、短パンとラフな格好で回転椅子に胡坐をかく桜華の表情は満足気で、口元がニヨニヨとしていた。パチンコにビギナーズラックで大勝ちして喜ぶ同僚を見て同じ表情をしていた父、桜太郎を思い出すが、それは血筋か、それとも人類の性か。
一目で見れば黒髪の桜華だが、髪の内側をピンクに染めている。長髪を活かして髪型は気分で変えている。元野球人としては髪で遊ぶなんて縁の無い話だったが、野球をやってないこの世界の俺の頭は見事に赤メッシュを入れたセンターパート。ピアス穴も開けている。鏡を見た時思わず誰かと思った。
モデルをしているだけあってスレンダーな体付き。身長は全蔵と同じくらいだから160cm半ばくらい。顔立ちは身内から見ても整ってはいるが、何故か我が、二三家の女性は皆同じ顔をしている。年齢や髪型で違いはあれど、父の姉妹も、従妹も瓜二つ。並べると、一人の人生を同時に見ているような気分になる。以前、正月の集まりで「うちの家系はアルトリアかよっ!!」と嘆いていた。アルトリアが何かは分からないが、驚くほどに似ているのは確かだ。
「それで要件って何だった?」
「いや、もう夜遅いし寝るわ。急ぎじゃないし」
「おけ~。夜更かしは肌にもよくないからね。私はあと四時間くらいゲームやったら寝るわ」
「いや、それ朝」
「オーキ兄、知ってるかい?一日は二十四時間じゃなくて三十時間なんだぜ」
「そ、そうなのか。うん、知ってたぞ」
「それじゃお休み~」
桜華の部屋を後にして自室のベットへ。まさか一日が三十時間に変わっていたとは。この世界との大きな違いを知れて良かった。
翌日。
“エウレカ”を開店させ、のんびりとレジカウンターに座っていると全蔵が来店。真夏日に合わせてか薄手の白シャツを羽織り、下は無地のジーパン。高級ブランドどころかユニクロで買えてしまうリーズナブルな服装にも関わらず、シンプルだからこそ顔が目立つ。個性も何もない恰好がお洒落に見えて仕方ない。これがシンプルイズベストか。一言でも口を開けばここまでの評価が下限突破するのだが。
「はぁ・・・」
「人の顔見て早々に溜息とは喧嘩売ってるでござるな?」
「それより何か分かったか?」
「忍者の情報収集能力なめてもらっちゃ困るでござるよ。オーキ殿は?」
「茅野愛衣さんは最高。秩父に旅行に行こう」
「あの花見てたな?」
「ソンナコトナイヨ」
「みつかちゃ・・・た・・・(声真似)」
「メンマァァァアアア(号泣)」
くそう。器用な事しやがって忍者め。卑怯にもほどがある。
「魔術でござるが、これが中々面白い。この世界では基本的に全ての生物が魔力を持っているそうな」
「チャクラの方が格好いいよな」
「拙者は波紋が好き」
「ということは俺や全蔵の中にもあるってことだな」
「拙者は無いでござる。体質らしく、そう記憶にあったでござる。とても残念でござる」
記憶を探ると確かに、全蔵は魔力を持たない特殊体質らしい。一年前は・・・一年前?俺と全蔵が出会ったのは俺が愛知に戻ってからだから一ヶ月の付き合いも無い。しかし、記憶の中では高校の入学式で出会ったことになっている。何やら不思議な感覚だ。
「俺は魔術が使えるのか」
「凄い才能の持ち主だそうでござるよ。それ故、周囲からの期待で反抗期に入り、不良をやっているとか」
「野球の時はそんな事なかったけど。う~ん、記憶の中では凄く嫌な思い出として再生される」
「まあ、あんまり気にしても意味無いでござる」
「才能があるってことはもしかして今なら忍者の全蔵に勝てる?」
「無理でござるな。オーキ殿が十人いても勝つ自信あるでござる」
「このチート野郎」
自称忍者の全蔵だが、身体能力は人間離れしている。どれくらい離れているかというと、SASUKEを鼻歌交じりにクリアできる。両手両足を縛った状態で。
実際にこの目で見たが、動きが気持ち悪かった。人体の限界を見たような気がした。
野球をしていない俺も相当鍛えているようで、以前と遜色ない筋肉。素晴らしい。筋肉は嘘を付かない。邪な気持ちが入った筋肉はすぐに分かるが、この筋肉たちはとても素直でいい子だ。手塩に掛けて育てたに違いない。
「オーキ殿、顔がキモい」
「我が子と語り合う父親は等しくこんな顔だ」
「店長、子供いるの?うん、知らなかった感じ」
「おはようございます、紅香さん。筋肉の話ですよ」
「男は誰しも股下に子供を持っているでござるがな」
「だからお前、全校中の女子から嫌われるんだぞ。ノンデリ野郎」
「軽度の下ネタは男子の嗜みでござるよ。天然野郎」
くっ。こいつ、天然弄りとは卑劣な。違う。違うんだ。俺も多少の天然が入っている自覚はあるが、父や母ほど酷くない。俺はまだ普通の範囲だ。・・・俺は、誰に言いわけしているのだろうか。
遡ること二年前。中学三年生の春。俺達、愛産シニアベースボールチームは、全国大会でベスト四を獲得し、祝いで沖縄旅行にチームで向かっていた。
途中、なんやかんやあって無人島に流れ着いた俺達は『これ、旅行とか言って合宿じゃね?』と思い込み、救助が来る一週間の間、無人島で生活しながら練習を行っていた。俺が悪いんじゃない。本当にやり兼ねない当時の監督とドラベース(漫画)が悪いんだ。合宿=無人島だと思っていたんだ・・・!!
救助後、メディアのインタビューで当時キャプテンだった俺が『遭難・・・?合宿だと思っていました』と発言した事から二三桜樹の天然伝説が始まったとネットに書かれ始め、芸能一家である我が家と、甲子園やU-18WBCの関係で、テレビに出る度に勘違い発言をしてしまい、二三桜樹天然発言集(34分17秒)なる動画がYouTubeに上がっている。再生数が300万回を越えたあたりでYouTubeへの乗り込みを考えた。
ぐぉぉぉぉぉ!!黒歴史が。思い出すだけで心が抉られ・・・この世界の俺は野球をやっていない。つまりメディア露出をしていない。つまり動画が存在しない・・・?
ふっ勝ったな。
「全蔵。俺ここに永遠に住むよ」
「あっ、YouTubeで『天然すぎる街頭インタビュー集』にオーキ殿が映ってたでござる」
「うおおおおおお!!唸れ、俺のフォーシームゥゥゥ!!!(MAX162キロ)」
「拙者のスマホがぁぁぁぁぁ!!!」
ふう。全蔵のスマホを破壊することで心の平穏が保たれた。危ない。もう少しで俺の内なるなにかが目覚めて顔を出すところだった。
「もう、直すの面倒なんでござるよ」
「自分で直すのか。それとすまん」
「忍術・電気工作の術でござる」
「へー、忍者ってすげーな」
「それは忍術じゃない気がする。それと二人ともお客さんいないけど静かに、ね?うん、騒がしい感じ」
「「すみません(でござる)」」
怒られてしまった。全蔵の顔を盗み見ると、彼もこちらを見ており、美人狐耳お姉さんに叱られるとかいいよね!と目線で送って来た。ちょっと分かる。とだけ目線を返しておく。
「私、奥で作業しているから何かあったら呼んでね。うん、心配な感じ」
「了解です」
「お勤め、お疲れ様でござる」
奥に行く紅香さんの背中を目線で追う。ふわりと広がった尻尾が歩みに合わせて揺れる。そう言えば、奥でするような作業がこの店であっただろうか?
「あの尻尾はついつい見ちゃうでござるな。一度触ってみたいでござる」
「俺の記憶には感触がある」
「ズルくね?オーキ殿ズルくね?」
「めっちゃフワフワだった記憶がある」
「羨ましいでござる。そう言えば、オーキ殿は他に分かったことあるんでござるか?」
「桜華が言っていたが、この世界の一日は三十時間らしい」
「それ、夜更かしするオタクの方便でござるよ」
「くっ、我が妹ながら中々な智謀を使うようだ。きっと孔明の生まれ変わりに違いない」
「いくらオーカ殿を立てても騙されたのは変わらんでござるよ」
呆れた目線を送る全蔵の目が気にくわない。今日の昼飯は炒飯の予定だったが、こいつが嫌いなトマト料理にしよう。泣いて喜ぶ姿が目に浮かぶ。
それはそれとして、桜華は後で絶対に叱る。明日の朝呑む青汁にゴーヤを入れて、苦さ倍増しにしてやろう。
「出来たでござる」
「器用なもんだな」
「忍者でござるから」
新品の画面に替えられたスマホを二人で眺める。新品液晶特有の独特な感触が楽しくなり、二人で新品液晶を指でこすりながらDJの物まねをしていたらお客さんが入って来て、恥ずかしい思いをした。
大人しくカウンターで駄弁りながら座っていると、本日3人目のお客さんが入ってくる。
「全蔵様!」
今度のお客さんは俺では無く、忍者へのお客さんのようだ。
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