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七話 もしかすると貴方は


 レティナは、ルシードの指示の通り掃除すべき場所を目指していた。


 ほどよく賑わう騎士団内を移動しながら、周りの様子に目を向けると、団員同士仲良く話す者たちや、開け放たれた扉の奥の部屋で、お茶や軽食を片手に談笑している隊もある。


(休憩禁止……というわけではないのよね……?)


 こうしてよそを目にすると、やはりルシードたちの隊は、ピリピリしているというか……働き過ぎという気がする。


 そんな風に考えごとをして歩いていると、目の前ににゅっと人影が現れた。


「あっ、申し訳……」

「おやおや~? この細っこい坊やは、リグハーツの所の見習いじゃないか」

「あぁ、本当だ。これまた、可愛い顔してるなぁ」


 急に行く手を塞がれたレティナは、驚いて足を止める。謝罪の言葉は、からかうような口調で遮られてしまった。


(な、なに……?)


 恐る恐る見上げると、二人の騎士がニヤニヤとした笑みを浮かべて立っていた。


「お前の所の隊長も、やたらと顔がいいからなぁ。顔で選んでるんじゃないか、リグハーツ隊は」

「そうそう。こんなにも騎士が似合わないカワイ子ちゃんなら、観賞用にうちにも欲しいな」


 ゲラゲラと笑い出す二人組を見上げ、レティナは困惑した。


(これは、もしかして……絡まれてる?)


 どう考えても、お前は男らしくないと馬鹿にされている状況だ。


(どうしよう……言い返した方がいいのかしら?)


 騎士を目指す見習い――対外的にはそういう名目で知らされている以上、自分はここで怒るべきだろうかとレティナは考えた。


(どうしよう……なんて言うのが正解かしら?)


 すると、その沈黙をどう解釈したのか、二人組の片方がムッとした顔になる。


「おい、新入り。せっかく先輩が声かけてやったんだ、愛想良くできねぇのかよ、愚図」

「仕方ない。お前のところの顔だけ隊長のかわり、おれらが礼儀を教えてやるよ。ほら、こい……!」


 腕を引っ張られ、レティナは慌てた。


「は、離してください! わ……、僕は、リグハーツ隊長の指示で掃除に行かないと……!」

「お掃除でちゅか~? そりゃあ楽チンな仕事でしゅね~。可愛い可愛い新入りちゃんは、綺麗な隊長さんに甘やかされてまちゅねぇ~……ちょうどいいから、騎士団の流儀を教えてやるよ」


 このまま流されて連れて行かれたらマズイことになると気付いたレティナは、なんとかその場に踏ん張った。


「僕は今、隊長から指示を受けていますので、勝手な行動はできかねます……!」


 すると、簡単に連れて行けると思っていた二人組の表情に驚きと、焦りが浮かんだ。


「おい、先輩に手間かけさせんじゃねぇ! こっちは、時間を割いて礼儀を教えてやるっていってんだ! 泣いて感謝するところだろうが!」


 ――格下の家の娘をもらってやるんだ。お前は我がダーメンス家に泣いて感謝するべきだ。


 ――家格が釣り合わない家のお嬢さんだと、ねぇ? ほら、やっぱり足りないところがあるでしょう? わたくしは、可哀想なあなたのために、色々と教えて差し上げてるのよ。


 ダーメンス家で言われた言葉が蘇り、目の前の二人組にあの家の親子の顔が重なった。


 そうすると、たちまち嫌悪感がこみ上げ、レティナは自分でも信じられないくらいの力で拘束する腕を振り払っていた。


「なっ……!」

「コイツ……!」


 まさか、レティナに逃げられると思っていなかったのか男たちの顔が驚きに歪み、次は怒りからだろう赤くなった。


 だが、レティナの背後に何かを見つけると……その顔色は真っ青になる。


 短時間でめまぐるしく変わる、二人の顔色。


 自分の背後には一体なにがあるのだとレティナが振り向こうとするより早く、よく通る声が空気を揺らした。


「うちの隊の見習いに、なにか用事でも?」


 思わずレティナの背中がビシッ伸びる。

 道を空けるように横にずれ振り返れば、そこに立っていたのは……。


「リグハーツ隊長……」


 切れ長の目が、一瞬だけレティナを見下ろした。

 次いで、声をかけてきた二人組の騎士へと視線が移動する。


 ――冷ややかな眼差しを三人に平等に注いだルシードは、思案するように目を細めると「それで?」と口を開いた。


「掃除を命じたはずだが、現場を確認しに行ったところ、まだ到着していないと分かった。……この見習いはリグハーツ隊預かりであり、今は掃除を任せている。貴殿らのいう礼儀とやらは、その作業を中断させてまでも取り急ぎ行うべきことなのか、確認しておきたいのだが?」

「「いいえ! 滅相もございません!!」」


 二人組に先ほどまでの威勢はなかった。態度を一変させ、ルシードの迫力におされたのか、レティナと同じようにビシッと背筋を伸ばしている。


 ただし、顔色は真っ青で、今度は大量の汗までかいていて、首は千切れるのではないかとおもうほど素早く何度も左右に振られている。


「では、この見習いは連れて行って構わない……ということで、よろしいか?」

「「はい! もちろんです!!」」

「だ、そうだ。……行くぞ」


 ルシードに促されたレティナは固まっている二人組に一礼する。そして、すでに先を歩くルシードの後を追いかけた。


 小走りで追いつくと、ルシード・リグハーツ隊長は再びチラリとレティナを見下ろす。


 それから……。


「よく言い返したな」

「え……?」

「騎士団では、自分の意見も主張できない奴はやっていけない。初めて見たときは、ずいぶんとふにゃふにゃした奴だと思ったが……姉夫婦が見込むだけの男だったな」

「あの、ええと……ありがとう、ございます……」

「ああ。これからも精進しろ。では、持ち場につき作業を開始しろ。俺は戻る」


 素っ気なく言って、歩調を速めたルシードは、あっという間にレティナを置いていった。


 けれど、一瞬だけ……ほんの一瞬だけだが、レティナがお礼を言ったとき、ルシードは笑っていたようにみえた。


(もしかして、わざわざ心配して探しに?)


 そして、きちんと意見を口にする姿を見て安心したから……戻っていった、のだろうか?


(まさかね、偶然通りかかっただけよ。……でも……助けてくれたのは本当だし……)


 ルシードは、怖い人だ。だが……決して、嫌な人ではない。


 もしかして、分かりにくいだけで、面倒見のいい人なのではないだろうか?


 一瞬だけ見た笑顔を思い返し、レティナは心の中で「ありがとうございます」と感謝の言葉を呟いた。


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