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最終話 嘘から始まった幸せ


 その日、レティナは久しぶりに王都に来ていた。


 チャバル男爵家は、実は王都に小さいながらも屋敷を持っている。

 普段はそこに滞在しているのだが、今日はとある貴族の屋敷に招かれている。


 今思えばおかしな話だ。

 住む場所があるのだから、あの頃もダーメンス家に住み込む理由などなかったはず――本当に、昔の自分はどうかしていたと思うレティナだが、そうやって冷静に物事を考えられるようになった分だけ成長できた……きちんと立ち直れたのだろう。


「レティナ、どうしたの?」


 名前を呼ばれて、レティナは顔を上げる。


「マリアベル様」

「庭の花を見ていたのかしら? でも、花ばかり見ていたら寂しいわ。お茶もお菓子も用意したのだから、わたくしとお話ししてくれてもいいのではなくて?」


 ――レティナは、今、招かれた屋敷にてマリアベルとお茶を楽しんでいたのだ。

 一時、部屋を離れていた彼女が戻ってきたことで、レティナの意識も今へむけられる。


「もちろんです、マリアベル様。私、マリアベル様とお話しするの、大好きですから」

「まあ! わたくしもよ、レティナ」


 穏やかに微笑むマリアベル。

 彼女にはどれだけお礼を言っても足りない。


 けれど、マリアベルが要求するのはいつだって些細なことばかりだ。

 お茶を入れて欲しいとか、こうして一緒にお茶を飲みたいだとか――レティナに取っては、些細で可愛らしい願い事ばかりなのだが……。


「姉上!!」


 荒い足音が近づいてきたかと思うと、バン! と勢いよく扉が開いた。

 驚いたのはレティナだけで、マリアベルはツンとすました顔でお茶を飲んでいた。


「騒がしくてよ、ルシード」

「誰のせいだ! もう嫁いだ姉上が、どうして我が家にいる!」

「あら、理由がなければ実家に顔を出すのはいけないことなの? それってどうなのかしら。ねえ、レティナ?」


 ルシードの眉間のしわがぐっと深くなる。


「いけないとは言っていない。――だが、俺の休みに合わせて招待した、俺の婚約者を、どうして貴方が横取りする?」

「邪魔なんてしてないわ。お前が急な用事で呼び出されて不在中、可愛いレティナが退屈しないよう、わたくしがおもてなししただけじゃない。むしろ、愛想を尽かされないように協力してあげているの」

「それに関しては感謝するし、レティナ嬢には謝罪したい。……だが、俺が戻ってきたのに、いつまで独占しているつもりなんだ!」


 マリアベルは、にこりと微笑んだ。


「わたくしが満足するまで」

「ふざけるな! 俺が今日をどれだけ楽しみにしていたと思っている!」


 突如始まった姉弟の言い合いに、レティナは慌てた。


「あ、あの、ルシード様お疲れ様でした。こちらに座って下さい。よろしければ、私がお茶を入れます。ですから、三人でお茶会しましょう? ね、マリアベル様も?」

「嫌だ!」

「嫌よ」


 よく似た面差しの姉弟の、これまたよく似た物言いが被る。


 しかし、レティナがお茶を入れるとルシードの眉間のしわは取れ、表情が和らぐ。


 この顔を見るのが、レティナの楽しみだった。こっそり見とれていると、目が合う。すると、ルシードの表情がもっともっと柔らかくほころぶ。


 その様子を、マリアベルから笑われた。


「あら。ふたりの世界なのかしら? だったら、わたくしお邪魔虫ね」

「え、いえ、そんな……!」


 恐縮するレティナに、マリアベルはコロコロ笑って冗談だと言ってみせたが……。


「姉上、邪魔だと分かっているのならば自重してくれ」

「……この愚弟」


 ルシードは、真顔で姉に返事をしていた。


「姉上には分からないかもしれないが、俺は俺の事を見つめてくれるレティナ嬢の表情を見るのが楽しみなんだ。姉上が茶々を入れると、彼女は俺を見てくれないだろう。邪魔をするな」


 レティナは真っ赤になる。

 きっと、ルシードは自分がどれほど破壊力のある言葉を口に出しているか自覚がないのだ。そういう所は、以前とまったく変わらない。


 どこまでも真っ直ぐで嘘がない――好きだ、とレティナは思ってしまう。

 呆れながらもどこか安心した様子のマリアベルは「ごちそうさま」と言って席を立った。


「今度は、ルシードの邪魔が入らない所で会いましょう、レティナ――手のかかる弟だけれど、どうぞよろしくね? わたくしの、可愛い義妹」


 最後にひそっと耳打ちされた言葉に、レティナはポッと頬を染めた。


「なにを言った? 今、レティナ嬢になにを言った」

「お前は……どうしてそう余裕がないのかしら。そんなことでは、そのうち誰かに攫われかねなくてよ」


 そんな相手は存在しないと冷静に言い返すと思いきや、ルシードは無表情になった。


「――おめおめとは、引き下がらん。決闘だ」

「……野蛮……」


 冗談だろう……冗談に決まっている。仮定の話に本気で答えるルシードの真っ直ぐさ……これだからマリアベルは弟が可愛いのだろう。

 物言いたげに自分を見るルシードとマリアベルに向かって、レティナは笑顔を浮かべた。


「その時は、もちろん私も戦います!」


 だって、好きな人との間を引き裂こうとする相手だ。ルシードが戦うのに、隠れてはいられない。


「レティナ嬢……!」

「そうね、貴方はそう言ってくれるわね」


 レティナの言葉に、ルシードもマリアベルも破顔した。


「俺達ならば、勝てる!」

「おやめ愚弟。調子にのらないの」


 感極まった様子で手を握るルシードに、レティナが顔を赤くするとすぐにマリアベルが止める。


 だが、繋いだ手を無理に解くことはなく二人を嬉しそうに見つめていた。


「本当に、いい顔をするようになったわ……ふたりとも」


 自分を取り戻したレティナと、自分を追い込むことをやめたルシード。

 マリアベルに指摘された二人は顔を見合わせ……それから、笑い合った。



 ――足どりも軽く屋敷を後にするマリアベルを見送った後、ふたりはそのまま庭を歩く。


「さっきは、ああ言ったが」

「え?」

「いや、もしも本当に貴方を俺から奪おうとする者が現れたとしたら……貴方は戦わなくていい」

「なぜですか……!?」

「決まっている」


 不意に、ルシードに抱き寄せられる。


「貴方が出るまでもないからだ。――俺が、貴方への愛で負けるはずがない。必ず、勝利を捧げると誓おう」

「――っ……あの、ルシード様……」


 冗談を言っている風ではない。

 彼はまたもや本気だ。


「では……ルシード様を奪おうとする方が現れたら、私がひとりで戦います」

「うん? それは」

「私が、ルシード様への、あ、愛で、負けるはずありませんから……!」

「そうか――ならば、俺達ふたりにとって、もしもの話は無意味だったな」


 ふと微笑んで、ルシードは身を屈めた。


「レティナ、貴方を愛している」

「わ、私も――」


 その続きは、ルシードの顔が近づいてきて思わず目を閉じてしまい、言えなかった。

 けれど、レティナの答えはルシードにしっかりと伝わっている。

 そっと重なった唇が、なによりの証しだった。


 ――婚約破棄から始まった、嘘の生活。

 それを経て、レティナ・チャバルは心から愛する人と出会い……本当の幸せを手に入れた。


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