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五十話 ふれた世界は


 むこうに……きっと、リグハーツ隊のみんなには「からかってやろう」等とか、そんなつもりなどないのだろう。

 だが、レティナはあの場にいるのが居たたまれず早々にお暇を決意した……。

 本当は、もうちょっとこう……きちんとした挨拶をしたかったけれど、あの空気は恥ずかしい。


(うぅぅ、みなさん悪気が一切無いのが分かるから、余計にいたたまれない……!)


 そんなことを考えて顔を赤くしていたら――。


「なぜ逃げる!」

「ひぇっ!」


 手を掴まれて、レティナは飛び上がらんばかりに驚いた。

 そのせいでよろけたのを、後ろにいた相手――ルシードにしっかりと支えられる。


「大丈夫か?」

「は、はい」


 追いつかれたこともだが、追いかけてきたことにも驚いて、レティナは「なぜここに」と口に出す。

 すると、ルシードはバツが悪そうに目を伏せた。


「いや、その……貴方が逃げるように立ち去ったので、嫌な思いをさせたのかと思って……だとすれば、謝罪したいと……」

「――あ……」

「レティナ嬢、正直に言って欲しい……貴方は、もしかして俺が怖くて、求婚を承諾せざるを得なかっただけなのだろうか? ……俺の思いは、迷惑だったか?」


 これは、大変な誤解である。

 レティナは慌てて首を横に振る。


「違います! ――むしろ、すごく嬉しいんです! 今だって、求婚したってハッキリ言ってもらえて、ああ夢じゃないんだなって思って、だから、私、嬉しくて……でも、照れくさくて……だから――きゃあ!」

「すまない、嬉しすぎて、つい」


 言葉の途中で抱きしめられ、レティナは悲鳴を上げた。

だが、嫌悪からではない。単純な驚きからで、その証拠に、ルシードの謝罪を聞いたレティナの腕は彼の背中に回される。


「大好きです」

「――俺もだ。……待っていてくれ、レティナ嬢。近いうちに、必ずチャバル家へ挨拶に行く」

「え、わざわざ家に来て下さるんですか? あの、むしろ我が家がお礼をすべきで……長兄も近々王都に来るって……」

「それは、姉上に対してだろう。俺は、貴方に礼をいう立場だ。それに、こればかりは俺自身が、きちんとチャバル家に伺うのが筋だろう――正式な求婚の申し入れだからな。……嫌か?」


 一等きらめく紫に、すぐ近くで見つめられ、レティナは頬を染める。


「……嫌なんて、あるはずないです」


 もっと気の利いた返事が出来たらいいのにと思うけれど、レティナの気持ちが精一杯詰まった言葉はルシードに充分に伝わったようで、彼は微笑んだ。


「よかった。――レティナ嬢、決して待たせない。すぐに迎えに行くから、誰の手も取らず、俺だけを待っていて欲しい」

「もちろんです、ルシード様」


 外の世界では、こんなにも愛しい存在が待っていた。

 自分を取り戻したレティナは、素直な気持ちに従って、もう一度ルシードを強く抱きしめた――。


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