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四十五話 本気


 聞き間違いだろうか。


 レティナは、まず自分の聴覚を疑った。だが、クーズリィが「婚約者?」と繰り返し、ルシードがそうだと頷いたので間違いではないと分かる。



(俺の婚約者って……私が? ルシード様の?)


 どうして、そんな嘘を言い出したのか。


(クーズリィから、私を守ろうとして? だからって、こんな場所でそんな発言をしたら……!)


 きっと、面白がる人達により、あっという間に噂が広まってしまう。


 そうなれば、ルシードに迷惑をかけてしまうのは明白だ。レティナは青くなり、ルシードを止めようとその腕を引いた。


 だが、彼はレティナに視線を向けると――。


「ん? 大丈夫だ。貴方は、なにも不安に思うことはない。俺が、必ず貴方を守る。約束しただろう」


 普段の鋭利さが嘘のように、甘やかに微笑んでみせた。

「――――っ」


 間近で目にし、なおかつ同じくらいトロトロに甘い囁きを聞いたレティナは、何度目かのときめき死を迎えかけたが……耐えた。


(ここで死んではダメよ! きっと、ルシード様はまた言葉が足りてないだけなのよ! しっかりしなさいレティナ、私がなんとかしないと!)


 市場で店主にうさんくさがられた時のように、きっと肝心な部分が不足しているため、誤解を招くよ

うな発言になっただけなのだ。


 ならば自分が、言葉が足りない部分を補って、正解の文章を作れば――と思ったレティナだったが。


(でも、俺の婚約者って……そもそも、どこになにを足せばいいのか分からない!)


 俺の追っている容疑者の、元婚約者だ――とすれば一応の意味は通るが、作戦をバラす上に後半はいちいち言われずとも皆知っていることだ。


 ルシードの真意が見えない。


 結局、上手いフォローが出てこない――というか、なにをどうすれば上手いフォローになるのか見当が付かずレティナは口を開けては閉じるという無意味な動作を行ってしまう。


「ル、ルシード様……」


 出来たのは、ルシードの名前を呼ぶことだけ。

 すると、ルシードは応えるように頷く。


「レティナ嬢、俺は本気だ」

「――っ」


 本気? 

 本気とはどういう意味だろう。

 そういう意味だと解釈していいのだろうか。


(だけど、それだとあまりにも、私に都合がよすぎるわ……)


 しかし、図らずも見つめ合う形となったルシードの瞳は真剣で、熱を帯びているような気さえする。

 そして、彼の瞳に映る自分だって同じような顔をしているはずで――とレティナが考えていると、突然クーズリィが「おい!」と大声を上げた。


「新しい婚約者だと? どういうつもりだ、レティナ!」

「え?」

「お前は、私や母上に頭を下げるどころか、コケにするつもりか!? ハッ、療養中と偽って、男漁りとは、本当に男爵家程度の家柄の娘は卑しい!」


 この発言で、一体どれだけの人を敵に回したか、クーズリィは分かっているのだろうか。

 明らかに空気がピリついたというのに、彼は周囲の様子には目もくれずレティナの罵倒に熱を入れている。


「だいたい、お前は教育もなっていない女だったな! 初対面の時から失礼で、男を立てることを知らない蒙昧さに失笑したほどだ! それを、母上と私が伯爵家に入るに相応しい女にしてやろうと教育してやったのに、我々を敬う心すらない! なに一つ満足に出来ないお前を、それでも受け入れてやろうという広い度量の私をコケにするとはな!」

 

 クーズリィはそこで一度言葉を切った。

 それから、これでもかと言うほどにレティナを侮蔑を込めて見下し、にたりと笑う。


「――さすが、あのような不味い粗悪な茶葉を流通させ、価値を貶めて厚顔無恥に居直っているチャバル家の娘だけある!」

「ほぉ? チャバル産地の茶葉は、王家にも献上を許されている確かな品。それを、不味いと? ――この場で貶めるということは、それほどの覚悟があるということか」


 ルシードが静かに問うと、クーズリィはようやく周りの様子に気付いた。

 しらけたような眼差しが、自分に向けられていると察したクーズリィは額に汗をかきながら「違う!」と叫ぶ。


「違うぞ! 私が言ったのは、レティナのことだ! この女は不味い茶を入れて、厚顔無恥に人々に振る舞っていた! 私が幾度となく咎めても改めることもせず……!」

「……なるほど、旗色が悪いとなると今度は彼女を攻撃するのか。見下げ果てた男だな」

「黙れ! 私は、本来は高貴なる物だけが楽しめるはずの嗜好品を、大衆に流通させた家の娘が、今度は不味い代物を恥知らずにも広めようとしたから……!」

「レティナ嬢の入れる茶は、美味いが?」


 言い募るクーズリィの言葉を遮るように言ったルシードの声は、やけによく響いた。


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