四十話 兄VS隊長
ルシードの後ろからは少し遅れてアレスがついてきている。
おそらく、ルシードを呼びに行ったのは彼だ。
絡まれやすい見習いが目の前で連れて行かれたから、心配させたのか。
レティナは慌てて、ふたりに説明しようと口を開こうとしたのだが……それより先に――。
「どこ? どこって、決まってる。この上なく安全な場所だ」
レジナルドが、レティナの前に立ち、言い放ってしまった。
大柄なレジナルドが前に立つと、レティナからは完全に視界が遮られてしまう。
兄の広く大きな背中を見上げれば、肩越しに振り返ったレジナルドは「大丈夫だ」と安心させるように笑った。
だがレティナの胸中は……。
(どうしよう、全然安心できない!)
兄の笑顔は、なんというか……好戦的な部類に入る笑みだった。
妹の勘が、この笑顔は危険だと訴えてくる。
これ以上邪魔するならば、ぶっ飛ばす――とでも聞こえてきそうな、まさかの拳でどうにかする系統の笑みにしか見えないのだ。
(い、いいえ、まさか。レジ兄様は騎士だもの。なんでもかんでも、拳で解決なんてしないわ。そういうのは、小さい頃の話で、今は――)
今の次兄は自制の効く、立派な騎士。
穏便に話し合い、そして平和的に解決。
そう思っていたのに――。
「レトは、リグハーツ隊預かりの見習いだ。勝手に身柄をどうこう出来ると思うな」
「はぁ? 聞き捨てならないな、リグハーツ。まるでお前が、この子に関する全権を握ってるみたいな口ぶりじゃないか。……どこぞのクソ野郎を思い出す。気に食わない」
言い方が癇にさわったのか、レジナルドの口調が、剣呑さを帯びる。
「なんだと?」
対するルシードの方も、口調がレティナの知る彼のものよりも冷ややかだ。
「いいか、リグハーツ。この子の身の振り方を決めるのは、この子自身だ。どいつもこいつも、自分の所有物みたいに、この子の人格を無視して語りやがって……!」
「――ちょっと待てもらおうか。レトの意志を無視しているのは、貴様だろう? 無理矢理連れ去っておきながら、なにを都合のいいことを……!」
言い争うふたりだが、微妙に会話が噛み合ってない。
だが、お互いそれに気付いていない。
これはまずいと思い、レティナは兄を押しのけて前に出た。
「ふたりとも、少し落ち着いて下さい! なにか、誤解があるようですから!」
「レト! 無事か!」
「こら、後ろにいろって!」
ルシードは、あからさまにホッとした表情。
レジナルドは焦り、レティナを小脇に抱える。
その様子を目にしたルシードは、たちまち冴え冴えとした表情にかわり、射殺すような鋭さでレジナルドを睨み据えた。
「――その手を離せ」
「は? オレはお前の部下じゃない。命令を聞く理由はない」
「嫌がっているだろう!」
「お前の目は節穴か、リグハーツ。どこが嫌がってるんだ。あぁ、そうか……お前がいきなり沸いて出たから、怖がってんだよ。消えろ」
再び、レジナルドとルシードが火花を散らす。
「だから! 人の話を聞いて下さい! 兄様、リグハーツ隊長!」
「いやいや、隊長! 心配は分かりますけど、ここは抑えて!」
険悪な空気に、アレスもまずいと思ったのかルシードの肩を掴む。
そしてレティナは、自分を小脇に抱える兄の横腹に「えい!」と一撃入れた。
「ぐっ!? ……レティ、お前、不意打ちはずるいぞ」
呻く兄と――それから。
「……兄様、だと?」
困惑した顔を浮かべつつも、先ほどよりも冷静さを取り戻したルシード。
その様子を見て、レティナはようやく落ち着いて話が出来ると、ほっと息をついた。




