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三十九話 レジナルド


 大熊殺しのレジ。


 そんな大層な二つ名など知らないレティナは、自分を担ぎ上げているせいで、やたらと視線を集めている男を、もっとも馴染みのある名前で呼んだ。


「おろして下さい、レジナルド兄様……!」

「ん?」

「注目されています!」

「あー、見たい奴には見せておけ」


 はっはっはっと快活に笑う、底抜けに明るいけれど抜け目のない次兄。

 それが、レジナルド。


 今は養子に行き、家名がチャバルからカルフェに変わったものの、元は一緒に茶畑を駆け回り、剣術ごっこに付き合ったレティナにとっては、どこにいようとも大事な家族に変わりない。


「それより、昔のようにレジ兄様と呼べばいいじゃないか」

「今はそんな場合じゃ……」

「しかし、お前が騎士団にいるなんてな不思議な感じがするな。兄貴に連絡をもらったときは、どんな冗談かと思ってたが。……迎えが遅くなって悪かったなレティ。もう、安心だ、お前は領地へ帰るんだ」

「え?」

「兄貴が、向こうを黙らせた。例の話は無事成立だ」


 お人好しだが、やるときはやる男だと長兄を褒めるレジナルド。

 ポカンとしているレティナを地に下ろすと肩を抱き、諭すような口調で続けた。


「もう、お前は自由なんだよ」

「自由?」

「そうだ。……お前の友人だっていう、テレント夫人が連絡をくれたって言ってたぞ。お前の現状を事細かに訴える手紙を、使いの者が持ってきて、兄貴も父上も怒髪天だ。お前が、あの家のクズ息子に惚れてると思ったから我慢してたが……母上の言葉を鵜呑みにした結果がこれだと、後悔してる」

「……お母様は……?」

「なんか血相変えて、王都に詫びに行くってごねてたが、父上に叱られて今は寝込んでる。まぁ、食欲もあるってことだし……どうせ、そうすれば父上が折れてくれると思ってんだろ。ハッ、今回はありえないからな。――とにかく、お前は気にしなくていい。そもそも、詫びる必要なんてないんだよ。レティは完全な被害者だからな」


 当然だと、一瞬だけだが怒りがこもった一言を吐き捨てた兄。


 いきなり他の女性を連れてきた婚約者に、事実無根の非難を浴びせられ、婚約破棄を一方的に突きつけられた。

 家同士を結ぶデリケートな話を、衆人環視の場でぶちまけられたのだ。


「言われてみれば……あれは、怒ってもいい場面だわ。怒らない方がおかしい」


 それなのに、あの時の自分はビクビクと怯えていた――少し冷静になって考えれば分かることだったのにとレティナが肩を落とすと、レジナルドは驚いたように目を見張る。


「レティ……お前……」

「え?」

「お前、大丈夫なのか?」


 おっかなびっくりした様子でうかがい見てくる兄。

 ああ、そういえば、レジナルドはあの家まで来てくれたのだとレティナは思い出す。


 ――あの時だって、きっと助けてと言えばあの家から連れ出してくれただろう。

 しかし、レティナがそれを拒んだために、レジナルドはそれ以上なにも出来ず引き下がったのだ。


 なんだかんだ言って面倒見が良く優しい次兄だ。

 あの瞬間を、ずっと悔やんでいたのかもしれない。

 そして、ずっと、手も足も出ないまま、手紙一つよこさず、王都にいても顔を見ることもできない妹を、心配していたのだとしたら……。


「ごめんなさい、レジ兄様――うん、私はもう、大丈夫」


 レティナが笑うと、レジナルドが「くぅっ!」と声を上げ、男泣きした。


「もう、急に泣かないで兄様」

「これは汗だ!」

「……兄様、人間は目から汗を出さないから」

「オレは出る!」

「そっか。ふふ」

「なんだ、その顔は。ふふ、はははは」


 レティナが笑うと、レジナルドは不満そうな顔をしたものの、一瞬で相好を崩し笑い出す。


「――よし。あとのことは、オレに任せろレティ! 奴らからお前を取り戻すために、こちとら遠征任務について隣国まで行ったんだからな!」

「それって、リグハーツ隊が追ってる……」

「うん? そうだな。リグハーツ隊が本国で、オレ達遠征部隊が隣国で詳しい情報を集めるっていう作戦だが……あれ? レティ、お前どうしてそれを知っている?」

「だって、私がお世話になっていたのは――」


 その時だった。


「そこまでだ! レトを……うちの見習いを、どこに連れて行くつもりだ……!」


 血相を変えたルシードが、駆け付けた。


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