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三十四話 どっち?


「レト! しっかりしろ、レト!」


 声がする。

 ――レティナは、耳通りの良い声に引かれるように、重いまぶたを開けた。


「……ぁ……れ……?」

「よかった……、気が付いたか……!」


 安堵したように表情を崩したルシードの顔が、至近距離に迫っていた。


(すごく、近い……? なんで……?)


 そう思った後、自分の体が濡れていることに気付いたレティナ。


 ぽつぽつと落ちてくる滴の先を辿り、再び近距離のルシードに視線が行き着く。

 彼も、青銀の髪の先から水滴が落ちるほど濡れていた。


(えっと……私……川に落ちて――)


 それから……と考え、レティナは慌てて身を起こした。

 服が胸元まで緩められていた。

 緊急事態だったのだろうが、これでは……。


(み、見られた……!)


 胸元を押さえて身をすくめたレティナを見て、ルシードは安堵から困惑へと表情を変えた。


「レト? いきなり動くと……」

「も、申し訳ありません! ぼ、僕……いえ、私……」

「どうしたんだ、急に。何を謝る。川に落ちたことなら、不可抗力だろう」


 落ち着いた様子のルシードを見て、レティナは「あれ?」と思った。

 もしかして、ルシードは気が付かなかったのだろうか。


(……分からなかった……とか?)


 だとしたら、バレたと慌てた自分はなんというマヌケ。


 思えば、クーズリィにも貧相な体型だと散々言われてきた。

 さらに現在――男の子の格好をしていても、まったく違和感をもたれないのも当然かもしれない。


 拍子抜けというか安堵というか……釈然としないながらも気が抜けたレティナだったが、不意にルシードが視線をそらした。


「あ……あぁ、服は、その、すまない。……水を吐かせなければと思って……それだけだ! 他意はない! よこしまな気持ちは欠片も無い、誓ってだ! 俺は、ただ、お前を助けたい一心で、救命処置として服をはだけただけで……見てもいない!」


 赤い顔でそっぽを向き、聞いてもいないことを早口で告げるルシード。

 あれ? とレティナは不思議に思った。

 バレていない……そう思ったが、この反応は――。


「え、見たんですか」

「みっ!? ちがっ、見てな……いや、すまない、嘘だ。やむを得ない事態だったから、チラッとは……~~すまない!」


(あれ? なんで? あれ?)


 バレたのか、バレてないのか。

 どっちなのかと考えたが……。

 時間差で羞恥心を露わにするルシードにレティナは混乱した。


(これは、やっぱり、バレてる……)


 だけど……バレているとすれば、もっとこうあるはずだ。

 嘘をついて隊に潜り込んできた自分に対し、腹立たしいとか……そういう感情をぶつけられても仕方がない。

 そう思って、レティナは緊張しつつ口を開く。

 

「……怒っていないのですか?」

「怒る? お前が怒るのなら話は分かるが、なぜ俺が? ――すまない!」

「……? ――っ……! こ、こちらこそ、申し訳ありません!」


 おずおずと尋ねるレティナに、ルシードは驚いた顔で振り向いて言った。

 それから、また慌ててそっぽを向く。

 彼の行動を見て、レティナも慌ててくつろげられていた胸元のボタンを閉め直した。

 すると、ようやくルシードが正面を向く。


「僕は、怒られて当然です……隊長や皆さんを騙していたのに……」

「保護対象になんらかの事情があるのは当然のことだ」


 なるほど。

 だから、動じないのか。


 ありとあらゆることを想定して、自分を受け入れてくれたのかとレティナはルシードに感謝の眼差しを向けた。


 すると、ルシードは居心地悪そうに咳払いをする。


「……それに、俺はお前の性別をずっと前に知っている」

「え? ――あ、もしかして、マリアベル様が?」

「いいや。姉は、お前のことを少年だと言っていた。……ふたりで見回りに出かけた時を覚えているか? お前が転びそうになって支えた時だ」


 言われて、レティナは目を丸くした。

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