三十一話 告発
息を呑むレティナに、ルシードは続けた。
「薬物に関する事件は、実は数年前から増えている。隣国での厳罰化が原因でな」
「なんですよね~。前の王は、鎮痛薬代わりだって言って回復の見込みのない病人や怪我人に投与することを許してたくらいだ、わりとゆるゆるで見逃されてきたんですよね」
アレスが、ルシードの言葉を補足するように付け足し、うんうんと頷く。
「あ、でも、隣国の王は三年前に……」
新しい王へ代替わりしたはずだ。
レティナは、三年前に隣国の王が急病で倒れ代替わりしたと聞いた覚えがあった。
「そうだ、レト。そして新王は即位と同時に、流通が許可されていた薬物を厳格に取り締まった。使用も製造も所持も禁止。違反する場合は死刑に処するという決まりに、その薬物で懐を潤していた者たちが反発した」
組織的な薬の製造、売買をしていた者達だ。
自国がダメならばと、連中は隣国へ手を伸ばし、各国の富裕層を取り込もうと算段した。
薬そのものならば、簡単に見破れる。
だが、向こうも考えたもので、この国では一般的に流通しているお茶に偽装して流すという手法をとったのだ。
「狙われているのは、平民だ」
「なんだかんだ言って、数の力は大きいからなぁ。薬を餌にして平民を集めれば、暴動だって起こせるだろうし……えげつないよなぁ~。……まぁ、だから、そういう大規模なことが出来るのは、茶畑を領地に持ってるチャバルと、その後ろにいる、最近やたらと羽振りのいいダーメンスだろうなって思ったんだけど……前者は、外れでしたね、隊長」
アレスの問いかけに、ルシードが頷く。
「そうだな」
「ダーメンスのバカ息子は、最近チャバルのことをボロクソ貶してるらしいし……。グルならカモフラージュにしても、そんなわかりやすくても注目を浴びるような方法、とりませんからね~普通」
「……それに、チャバル家の人間は自領の産業に誇りを持っている。代々継いできた領地産業を穢すような真似はしないだろう。――レト、お前が言っていたようにな」
信じているというルシードは、少しだけ間をあけ続けた。
「だから、レト、お前も俺達を信じて欲しい」
「え?」
「いや、違うな――俺を信じてくれ。言えなくて苦しんでいることがあれば、打ち明けて欲しい」
「――っ……実は」
レティナは、ゆっくりと口を開く。
以前、アレスに「知らずになにか見たのでは」と聞かれた。
あの時は「まさか、自分が」と思ったが――目で見た覚えはなくても、鼻で嗅いだ覚えがあったのだ。
「僕……ここに来る前に、あの瓶の中身と同じものを知っています――クーズリィ様が、持っていました。以前見た瓶より、もっと小さくて、中身は透明でしたけど……常に肌身離さず持ち歩いていて……飲み物にも、食べ物にも、必ずかけていました」
――お前が入れるお茶は飲めたものではない。
――とてもではないが、人が口にするものではない。
――それを、こうして《魔法の水》をかけ、飲み物にまで引き上げてやる私の慈悲深さに感謝しろ。
その強烈な悪臭が漂うものを、本当にかけるのかとレティナは彼の鼻と味覚を疑ったのだ。
――なんだその目は! 不出来な女の分際で!
表情にも出ていたのだろう、それ以降クーズリィのレティナへのアタリはますます強くなった。
「……やっぱり、あのバカ息子、やってたか……!」
「組織の協力者……? いや、体の良い駒か」
「でしょうね。あいつじゃ、後援者にもなれやしない」
リグハーツ隊の面々は頷きあう。
「レト、よく話してくれたな」
ルシードが、笑う。
「そうだな、雇い主のことを告発するのは、勇気がいっただろう。すごいな!」
「漢気あるな、レト!」
みんなも口々に褒めてくれるが、レティナは心苦しい。
まだ言っていない、もう一つの秘密が頭のなかにあったからだ。
(……この人たちなら――)
打ち明けても大丈夫……いや、むしろ打ち明けるべきではないか。
「あの、僕――」
レティナが意を決してもう一つの秘密を口に出そうとしたとき、リグハーツ隊への来客が知らされた。




