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二十八話 無自覚にずるい


 ルシードの顔を見るとドキドキする。近づかれると顔が熱くなって恥ずかしい。

 とにかく、やたらと意識してしまい上手に話せない。


 ――そんな自分の変化が分かるから、レティナは困っていた。


 このままでは、ルシードにおかしな奴だと思われてしまう。

 いや、マリアベルに馴れ馴れしくしすぎてしまった時点で、すでに変に思っているかもしれない


 マリアベルが訪ねてきてくれた、三日前のことを思い出す。

 彼女はあの後、お茶をたいそう喜んでくれた。


 レティナも嬉しくなったのだが、別れ際のことだ。

 なにかあったら頼ってねと抱きついてきたマリアベル。

 彼女を引き離しつつも、ルシードの表情は険しかった……あれは、絶対に自分の見間違いではないと、レティナは身震いする。


 既婚者の姉に不躾に触れる男だと、不快に思われている可能性は大だ。


(うぅ、マリアベル様に近づく不埒な男と思われるのと、自分の顔を見て頬を赤らめる変な男と思われるの……どっちがマシなのかしら……それなら……、やっぱりどっちも嫌!)


 レトという見習いを信用してくれたのだ。

 だったら、保護期間が終わるまで……レトという少年がいなくなるまでは、ルシードの信用に応えたい。


 いなくなった後も「気味の悪い奴だった」とか「不埒な輩だった」よりも「アイツはいい奴だったな」と思い出してもらいたい。


 だったら、不自然に避けたり固まったりしなければいいのに、気持ちがバレないようにと思うと余計に力が入り、最近ではアレスたち隊員にも「どうかしたのか?」と心配される始末だ。


「レト、お前は明日休みだ」

「え」

「聞いていなかったのか、お前は明日休みだと言ったんだ」

「はひっ!?」


 悶々と考えながら隊員たちの書類をまとめていたレティナは、顔を上げて驚いた。

 すぐ後ろにルシードが立っていたからだ。


「い、いつお戻りに……!」

「たった今だ」


 気付かなかった。

 だが、隊長を座ったまま迎えるのは非礼ではないか?

 そんな思いがよぎったレティナは、慌てて立ち上がろうとして、椅子をガタガタと鳴らし――足を引っかけた。


「あっ!」

「レト!」


 後頭部と腰に、ルシードの腕がまわされた。


「大丈夫か?」

「……は、はいぃ……」


 整った顔がすぐ近くにあった。

 真面目手見た時は、硬質な印象を受けた紫色の瞳が柔らかく和む。


(へ、へいじょうしん……平常心よ、レティナ! 意識しなければいいの、だから……隊長は、お茶っ葉、隊長はお茶っ葉、隊長は……無理無理無理! こんなキラキラしたお茶っ葉なんてあり得ない!)


 顔に熱が集まっていくのが自分でも分かる。

 これは、とてもではないが見せられない顔をしているのではないかと焦るレティナだったが、ルシードもなぜか……なぜか、目を大きくした後、どんどん顔を赤くしていく。


(え? ……ええ、なんで?)


 怒っている……のとは、少し違う。

 なにか、目が潤んできているような――。


「っ、隊長!」

「なんだ!?」

「もしかして、具合が悪いんですか?」

「……は?」

「いえ、あの……顔色が悪い、というか……良すぎるというか……」


 なんと言えばいいのかと首を傾げると、支えていたルシードの手が離れる。

 それから、彼はコホンと咳払いした。


「別に、どこも悪いところはない」

「そうなのですか?」

「ああ。……心配か」

「あ、申し訳ありません、出過ぎたことを……」

「――心配なら、お前、俺を見張ってみるか」


 謝ろうとしたレティナを制止し、ルシードは妙な事を言いだした。


「つまりだ。お前は明日休みだ。俺も、明日は休みだ。……保護対象のお前はひとりで出歩くことは許可できないが……俺と一緒ならば、監視兼護衛がついているから問題ないだろう。だから、お前も俺を見張るといい」

「…………?」


 レティナが首を傾げると、ルシードは「む」と眉を寄せた。


「……今のは、分かりにくいのか? ――そうか」


 腕を組み、しばし考え込むルシードだったが。


「明日は非番だから、一緒に出かけよう」

「――えぇっ!?」

「うんと分かりやすくしてみたのだが……まだ、ダメか?」

「い、いえ、伝わりました。だ、大丈夫です」


 一度引いた熱が、また顔に集まってくる。


(隊長は、レトだから誘ってるの。弟みたいに可愛がっているレトだから、休みの日も気にかけてくれるの。だから、顔! ニヤけてたらだめなの、私の顔!)


 分かってはいても、嬉しい。

 自分のために時間を作ってくれたことが、どうしようもなく嬉しい。


「伝わったのならばいい。それで?」

「は?」

「返事はどうした?」


 そうやって催促するルシードが少しだけ不安そうに見えたレティナは、パチパチと瞬きを繰り返す。

 あまりにも自惚れが過ぎる幻かと思いきや、ルシードはやはり不安そうで、どこか緊張気味にレティナを見下ろしている。


 レティナもだんだん緊張してきて、しどろもどろに答えた。


「あ、あの、ご一緒させていただけるなら……嬉しいです」

「本当か?」

「――はい」


 念押ししてくる様子が、平素の自信と落ち着きに満ちているルシードとかけ離れていてなんだかおかしくなる。

 少しだけ可愛いなんて、本人には口が裂けても言えないことを思いつつレティナが頷くと、ルシードは破顔した。


「そうか――俺も、嬉しい」


 その声の、表情の、破壊力のすさまじさといったら。


(――この人は、ずるい)


 半ば八つ当たりのように、レティナは思った。


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