二十七話 自覚③(ルシード)
姉が外面はいいが、その実冷淡だ。
他人に関心がない。例外は幼い頃から一途に思い続けた、現在の夫だけ。
だから、俺はマリアベルがレトを「保護してくれ」と仲介してきた時、内心驚いた。
――今も、やはり分からない。
なぜ、ここまで肩入れするのだろうと。
「きっかけは、この美貌よ」
「……待ってくれ、彼女が恩人とはどういうことか説明してくれるのではないのか?」
「ええ、だから始めてるでしょう。――わたくしは、美しいって」
「姉上、ふざけているのなら……」
「お黙り愚弟」
俺が呆れと苛立ちを込めて制すれば、姉は「これ以上邪魔するなら話さない」と睨みつけてくる。
こちらが大人しくなったのを確認すると「よろしくてよ」などとすました顔でのたまい、また同じ言葉を繰り返した。
「ほら、わたくしは美しいでしょう」
「……そうか」
俺にとっては見慣れた顔で、別になんとも思わない。
だが、世の中の人々にはこれが絶世の美女に見えるという。
当然、マリアベルは社交界の花として注目され、人々の注目を集め、魅了した。
その結果、結婚してからも言い寄る男が絶えなかったのだ。
俺も、諦めの悪い連中だなと思ったものだが、話はそれだけではなかった。
「結婚していてもいいから、と。夫を心から愛しているわたくしに、不貞を持ちかける愚か者までいたのよ……!」
姉の手にあった扇が、ミシッと微かな音を立てた。それだけ不快なことだったんだろう。
「中でもしつこい男がいて、旦那様が挨拶回り中、わたくしに迫ってきたの。それを助けてくれたのが、レティナだったわ」
思い出すように目を細め、マリアベルが微かに微笑んだ。
「あの子、驚いた顔をしてね、それからわたくしが嫌がっているのを見ると、あの無礼な男を一発で気絶させてしまったの」
愉快そうに拳を突き出す姉。
――どこもかしかも柔らかそうに見える彼女だが、実はなかなかの武闘派か。
そういえば、あの見回りの時も、ひったくり犯をのしていた。褒めたら嬉しそうで……なるほど、これも、ダーメンス家で否定された彼女の一部か。
苦い気持ちになる中、姉の話は続く。
「取り乱すわたくしに、レティナがお茶を用意してくれたの」
一杯のお茶と、なにも入っていないティーカップ。それを運んできたレティナ嬢は、何度か中身を入れ替えし、マリアベルに差し出してきたという。
「安心できる温度だから、落ち着きますよって。あの子、わたくしのために、温度を調整してくれていたのよ」
なんて変な子だろうと最初は思った。
だが、口に運んだ瞬間、体のこわばりが解けて、マリアベルはレティナ嬢の気遣いに感謝したのだという。
それから、ふたりは仲良くなったというが――王都での滞在が長くなるにつれ、レティナ嬢からは笑顔が少なくなり……ダーメンス家に住まうようになってから、笑顔が消えた。
「思えばあの時、それはおかしいと言えばよかったのよ。……でも、他家のことに口を出すのは、はしたないと思って……わたくしは愚かだったわ」
マリアベルが迷っている間に、様子はどんどんおかしくなっていったという。
そして、とうとう完璧な淑女でなければいけないのだと言い出し、借りてきた猫よりも大人しくなり――暗い顔しか、しないようになった。
マリアベルは、それをあの親子の仕業だという。
「ルシード、わたくしね、今日、本当に久しぶりにあの子の笑顔を見たの。お前にも、感謝しているわ」
「いや……俺はなにもしてない。レトが……彼女が、自力で立ち直ったんだ」
「姉が珍しく褒めてあげたのだから、素直に受け取りなさいな。……でも、お気を付けなさいルシード。……クーズリィは、自分の見栄ばかり気にする男よ。だから、レティナを連れ戻そうと方々に探りを入れている」
「ここにいるのは、レトだ。……保護対象として、不用意に他者と接触させるつもりはない。特にあの家の者とは」
「ええ。そうね。その通りだわ。――お願いね、ルシード、どうかあの子を守ってちょうだい」
言われるまでもないと、俺は姉を睨む。
「彼女の笑顔は、俺が守る。なにがあってもだ」
すると、マリアベルは驚いた顔をした後、笑って――それから扇の先を突きつけてきた。
「そういうことは、しかるべき関係を築いた後にお言いなさいな。格好悪くてよ、ルシード」
――それに関しては同意だったので、俺は「放って置いてくれ」とそっぽを向く。
だが、レトを……レティナ嬢を守りたいというのは、俺の本音だった。




