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二十二話 不意のときめき


 レティナが、様子のおかしいルシードと共に騎士団本部に戻ると、隊室には全員が集まっていた。


 しかし、そろいもそろって難しい顔をして、休憩用のお茶道具を乗せる用にと運ばれた小さな丸テーブルを囲んでいる。


「今戻った。問題か?」


 いつも通りを取り戻したルシードが部下たちに簡潔に問うと、隊長の戻りに気付いたアレスがテーブルが見えるように体をずらす。


「あ、隊長! ちょうどよかった、これを見て下さいよ!」


 丸テーブルの上には、茶色の液体が入った小瓶が二本、並んでいた。

 蓋が赤と青である以外は、そっくりそのまま同じものだ。


「それは……もしや、例の?」


 ルシードには察しが付いたようで、彼もまた険しい顔になる。


「そうです、隊長。例の、薬……なんですが、相当ヤバいです」

「なに?」

「これ、片方は例の依存薬入りのお茶なんですが……色も匂いも、パッと見ただけじゃわからないんですよ」


 ルシードが大股でテーブルに近づいていく。

 そして、瓶を手にして匂いを嗅ぐが……。


「どうですか、隊長?」

「全然分からないな」


 生真面目な顔で正直に告げるルシードに、隊員たちも「ですよね~」と頷く。


「だが、無味無臭となると、アレスの言うとおりだな、厄介だ。もしも、知らず知らずお茶に混ぜられたら……大変なことになる」

「知らないうちに摂取して、中毒になり、薬物常用者が大量生産、悪い奴はボロもうけで笑いが止まらなくなるっていう、展開になり得ます」


 他の隊員たちも、何度か匂いを嗅ぎ比べるがやはり分からないようで首を横に振るだけだ。

 深刻な面々だが、不意にアレスが慌てて声を上げた。


「え、待って、ちょ……これ、どっちがどっちだっけ?」

「たしか、赤が薬入りで青が普通のお茶だったろ?」

「それは分かってる! だから、どっちの瓶にどっちの蓋がついてたか分かるかって聞いてんだよ!」


 瞬間、ルシード以外の面々は「あっ」と声を上げ固まった。


「……やべぇ、大事な証拠品なのに、わけ分からなくしちまった」


 ジェスが大きな体を縮こめて、この世の終わりを前にした表情で呟く。


「隊長! オレの管理不足でした! 申し訳ありません!」


 アレスも、普段の態度が嘘のように切迫した表情でピシッと直角の礼をする。


「……いや、俺の不注意でもある。だが、苦労して手に入れた証拠をダメにしたんだ、俺達は事件の担当を外れることになるだろう」


 分からなくなってしまった小瓶は、ルシードたちが追う事件において、重要なものなのだろう。


(匂い、か……)


 レティナはこそっとテーブルに近づいて、くんくんを嗅いでみた。


「あれ、この臭い……」


 嗅いだ覚えのある、独特の臭い。

 思わずレティナが顔をしかめると、ルシードたちが反応する。


「どうした、レト」

「茶葉の種類から考えると、あり得ない匂いがするんです」

「分かるのか……!?」


 ルシードに険しい顔で問われ、レティナは我に返った。


「い、いえ、気のせいかも知れませんが」

「レト、俺達には、この二つの違いが分からない。それこそ、臭いもしない。……だが、今お前は、言ったな? 違いが分かるんだろう?」

「……はい」


 頷いて、レティナは右側の瓶をさす。


「こちらは、違います。純粋な茶葉の匂いではありません。なにか、混じっています」

「なるほど。お前は、茶葉の香りにも詳しいのか」

「……僕、昔から人より少しだけ、鼻が良いだけです」

「なるほど……。よし、アレス、そっちが薬物入りだ」

「えっ!」


 声を上げたのは、レティナだけだった。


「どーした、レト君。大きな声だして」


 赤い蓋をしめようとしていたアレスが、苦笑する。


「い、いえ、だって……僕の言うことを、信じるんですか?」

「なんだ、レト。違ったのか?」

「違わないですけど……でも」


 ルシードは、薬物が入っていない方の瓶をとると匂いを嗅ぐ。


「俺にはお茶の匂いだろうとしか、分からん。お前はどうだ?」


 ほら、と差し出されたレティナはつま先立ちになり瓶に顔を近づけた。


「……オレンジに似た、清涼感のあるいい香りです」

「そうか。……お前は、こんなにハッキリと違いを認識しているじゃないか。――なぜ、自分自身をそんなに疑うんだ?」


 思いのほか、ルシードの顔が近くにあった。


「認めろ。お前はすごい、レト」


 微笑まれ、レティナはくらりと後ろによろめく。


「おい、レト?」

「あ、ダメだ! レト君、また死ぬ!」

「ふざけている場合か、アレス! 薬の匂いのせいかもしれない……、換気だ! 窓を開けろ! 大丈夫か、レト?」


 腕を掴まれて転倒は避けられたレティナだが、今度はルシードの腕におさまる羽目になり、本格的に体温が上昇し、視界が回り始めた。


 隊員を叱りつけ、自分を心配するルシードの顔が、あまりに近すぎて直視できない。

 アレスの、死ぬという比喩は、案外正しいかも知れない。


(だ、ダメ、私……もう、ダメ……!)


 心臓も、体温も、ぐるぐる回る視界も、こんなにもハッキリとした答えを出している。


(私、私……リグハーツ隊長のことが、好きなんだ……!)


 自覚した瞬間。


「おい、レト! しっかりしろ!」


 もう、ほとんど息もかかるほど近くに、ルシードの顔があった。


「あ、トドメ刺した」


 アレスの一言に内心同意し、レティナは意識を失った。


 数秒後、レティナはなんとか意識を取り戻すわけだが、ルシードにはいたく心配されることになった。

 原因が、ときめき死だなんて……きっとルシードは知らないだろう。


 ――この時から、レティナはどうしてもルシードの顔を真正面から見ることができなくなった。

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