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十三話 優しい人


 レト少年は順調にリグハーツ隊に馴染んでいた。それはつまり、レティナの男装生活も順調ということで……。

 


「おっすレト坊。これ、なーんだ?」

「ジェスさん?」

「なぁなぁ当ててみろよ」


 リグハーツ隊の一員であるジェスから紙袋を手渡されたレティナは「そうですね」と考える素振りを見せた。


 ――この間、たまたま隊員のひとりが隠し持っていたお菓子の匂いにレティナが気づいた。それで、レティナが他人より鼻が利くことが分かり、この「遊び」が始まった。


 そして、今日の出題者は外回りから戻ったジェスだった。彼が持ってきた紙袋は手に持つと、ほんのり温かく、甘く香ばしい匂いがする。


 レティナは、中身を焼き菓子と見破った。

 すると、ジェスは「当たり!」と豪快に笑う。


「やるよ! 休憩時間にみんなで食べようぜ。お前は特別に二個な!」

「え、でも……」

「当たったご褒美だ!」

「あ、ありがとうございます……!」

「おう! たくさん食って、大きくなれよ!」


 自分のようにな、と笑うジェス。


「いや、レト君がジェスほどでかくなったら、嫌すぎるだろう」


 アレスが茶々を入れる。

 すると他の隊員も「たしかに」と頷いた。


「というかお前達、レトに菓子をやり過ぎだ」


 その中で一人渋い顔をしているのはルシードだ。


 リグハーツ隊の面々は、レティナの鼻が良いと分かると外回りついでにお茶請けになりそうな物を買ってきては、中身をあてさせるようになった。

 

 正答率の高いレティナを面白がっているのか、年下に対する優しさなのか……あるいは両方の意図があるのか、中身当てクイズに正解するという名目で必ず一つ多くもらえる。


 遠慮すればみんながションボリするので、レティナも近頃は素直にお礼を言い受け取るようにしていたのだが……。


 ルシードの芳しくない反応を見るに、図々しかっただろうかとレティナは表情を強ばらせた。


「調理部から苦情が来た。昼食前に菓子を食べるせいか、レトの昼食の進みが悪いと。……レト、お前は食が細いと聞いている。それなのに、我々に付き合って菓子を食べ、昼食も完食しようとするのは無理があるだろう」

「……え?」


 レティナはきょとんとして声を上げた。ルシードの指摘が、自分が思っていたものとは違ったからだ。


(身の程をわきまえなさいとか……そういう注意だと思ったけど……)


 これは違う。むしろ、心配されている。

 さながら子どもの食生活を案ずる母親だ。


 なんと返すべきかとレティナが「えぇと」と言葉に迷っている間、アレスがうんうんと大きく頷いて声を上げた。


「あ~、たしかに隊長の言うとおりかもしれません。……レト君は内勤が主だし、他のゴツくてむさ苦しい連中みたいに馬鹿食いするってわけでもないからなぁ」

「うぅ、小さくてチマチマ食うところがリスみたいで癒やされたんだが……そうだな、たしかにウチの母ちゃんもよく言っていた。昼飯前に菓子を食うなと。――すまん、レト!」


 ジェスが反省するように呟き、それからガバッと頭を下げる。

 それに連鎖するように他の隊員も「ああ、癒やしが」「いや、でも、レトの健康のが大事だろ」等々と言葉を交わし、最終的にはそろって「悪かった!」と頭を下げた。


 そこまでされれば、逆にレティナは慌ててしまう。

 だって、みんな親切心でくれたのにと……。

 それを拒否するなんて、それは――。


「そ、そんな、僕は、気にかけていただいて、嬉しかったです。無理なんてまったく……」

「レト。落ち着け。いいか? 食べられなかったからと言って、好意を無下にされたなんて、誰も思わない。だから、そんな風に申し訳なさそうな顔をしなくていい」


 真面目な顔でルシードに諭された。

 レティナは、自分の内心を見透かされた気がしてハッとした。


(そっか……私……)


 ――せっかくお前のために用意してやったのに、食べられない? お前は人の好意を無下にするんだな。


 ――わざわざ貴方のためにやってあげたのに。貴方が恥をかかないように指導してあげたのに、素直に感謝の言葉も言えないのは淑女としていかがなものかしら?


 最近は遠くなっていた、彼らの声が蘇る。


 レティナには食べられない物があった。

 子どもの頃、たまたま口にして肌に発疹が出て以降、医者から「食べない方がいい」と制限されていたものだ。


 それは前もってダーメンス家にも伝えていたはずなのに、ある日のこと、夕食でメイン料理として出された。


 手を付けないレティナを、クーズリィは非難した。

 ダーメンス伯爵夫人は、食事のマナー指導のために用意したのに、レティナが拗ねて食べないのだと言いたげだった。そして、遠回しに非難した。


 あの家では、食べられないことが、我が儘だと言われた。


 すすめられた食べ物を、好意で用意された食べ物を、拒否することはマナー違反だと諭された。

 それでも頑として食べないレティナは、どうしようもない礼儀知らずとされ、食べ物への感謝を思い出すためだと数日食事を抜かれた。


 それから無理矢理食べさせられ――医者を呼ぶ事態になった。


 医者に問われた彼らは「知らなかった。知っていれば食べさせたりしなかった」と答え、夫人は涙ながらに「遠慮しないで、食べられない物があるなら言って頂戴。無理をして食べて、なにかあったらどうするの」と案じる素振りすらみせた。


――回復したレティナは、重篤な危機に陥る可能性があるとしっかり伝えなかった不備を責められ、自分たちを貶める気だったのかと詰られた。


 そうやって、人の好意を無下にするのかと繰り返し。


(なにかしてくれるのは、全部好意だから。私のためだから。それを断るのは悪いこと)


 ――だから、レティナはここに来てもその教えを守っていたのだ。無意識に。リグハーツ隊の面々の好意が嬉しかったからこそ、余計に。


「……すみません」

「謝るな。責めているわけではない。……ただ、無理な物は無理といっていい。言えるだろう、お前なら。――本当のお前は、きちんと自分の意見を言える人間だ」


 目を細めたルシード。

 一拍遅れ、レティナは彼が笑ったのだということに気付いた。


 それはジェスのような分かりやすい笑顔ではなく、ともすれば見落としそうな微かなものだったが――見守るようなあたたかさがあった。


(やっぱりそう)


 以前……それこそ、先輩騎士二人組に絡まれた時、タイミング良く割って入ってきたルシードを見て思ったことがある。


(貴方はとても……)


 だからこそ、こうしてみんなに慕われるのだ。

 無理をしていたときも、この人だからとみんなついてきたのだ。


(そう、とても、優しい人)


 いつの間にか、みんな笑顔でルシードとレティナを見ている。

 流れる空気はあたたかかった。

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