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十一話 こんな自分にもできること


『お茶を入れてもらえるか』


  ――想像もしていなかった言葉だ。

  

(あんな風に言ってもらえるとは思わなかった……)

 

 リグハーツ隊のみんなが飲み終わったカップを片付けるため、洗い場に運びつつ、レティナはほっと安堵の息をつく。


 同時に、じわじわとこみ上げる嬉しさに、頬が緩むのを抑えられない。


(……嬉しい。本当に、嬉しい……)


  レティナにとって、お茶はとても身近な物だった。

  故郷が茶葉の産地であるのはもちろん、幼い頃は茶畑を兄ふたりと共に駆け回っていたお転婆は、だんだんとお茶に興味を持つようになった。

 おいしいお茶を入れた時、家族の喜ぶ顔の嬉しいこと……。


 こうして、レティナの特技はお茶を入れることになったのだが――嫁入り前に伯爵家の作法を教えるからと言われやってきた王都で、特技は全否定された。


 お茶など、使用人がやるべきことであり、淑女がすべきことではない。

 特技などと胸を張って言うことではなく、使用人ができるようなことしか特技に出来ない凡庸さを恥じ入るべきだ。


 そう、伯爵夫人に懇々と言い聞かされた。


 そしてクーズリィからは「マズイ」と言われ、何度も目の前で床にこぼされた。

 時にはかけられたこともある。


 ――クーズリィは、いつも果物が腐ったような匂いをまとっていた。

 香水だけではない、何かが混じったその匂いは、鼻の良いレティナには苦痛で、けれどクーズリィにしてみれば「匂いの善し悪しも分からない田舎娘のいれたお茶なんて、飲めたものではない」との言い分だった。


 レティナとクーズリィは、歩み寄ることが出来なかった。否定しかしない婚約者に、いつしかレティナの足は止まっていた。


 マズイ、馬鹿舌、凡庸、恥、何も出来ない娘、無教養。


 並べ立てられる言葉に疲れ、レティナはいつの間にかあれほど好きだったお茶にも見向きしなくなっていた。


 お茶を入れても、もう一緒に飲んでくれる人も……喜んでくれる人も、いないから。


(でも……違った)


 今日はほんの少しでも、役に立てた。

 レティナはカップを洗いながらホッと息をつく。


 自分のお茶のおかげとは言わないが……バラバラになりそうだったルシード達が、ささくれだった心を静めるための一助にはなれたようだ。


(温かいものは、心を落ち着けてくれるもの)


 ――ここに置いてもらっている間は、心を込めてお茶を入れよう。


(明日もがんばろう……!)


 そんな風に考えたことは久しぶりだった。

 自分の心境の変化に驚きつつ、レティナは嬉しさを隠せなかった。


 ウキウキした様子で鼻歌を歌い洗い物を片している見習いを、厨房の者達は微笑ましそうに見ていた。

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