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一話 すべては渾身の一撃から始まった



 それは突然の出来事だった。


「レティナ・チャバル! 不味い茶葉を不当な値段で流すような悪徳一家の娘め! 貴様の家と縁が結ばれるなど、我がダーメンス家の名誉を穢す行為だ! よって、貴様との婚約は今日、この時をもって、破棄させてもらう!」


 レティナの婚約者は、見知らぬ女性の腰を抱き高らかに宣言したのだ。


 己の家が主催する夜会の場で、婚約者である男爵令嬢レティナを長らく放置した挙げ句にこの行い。


 義母になる予定のダーメンス伯爵夫人から、姿が見えない婚約者のことを尋ねられたのは今朝だった。「息子はどうしたのか?」と詰め寄られ、レティナが知らないと答えると「それはよろしくない」と注意されたのだ。


 婚約者の居場所も把握していないなんて怠慢だと夜会開始直前まで散々説教されていたレティナは、慌てて整えた身支度のまま……華やかな夜会では見劣りする垢抜けない格好で、呆然と婚約者であるクーズリィ・ダーメンスの言葉を聞いていた。


 周りの視線を集めたクーズリィは満足そうに笑う。

 そして、ビシッとレティナに指を突きつけた。


「従順で純朴な田舎者のふりをして、よくも今日まで騙してくれたな。我が伯爵家に近づいたのは、お前の所の不味い茶葉の販路を拡大させるためだったんだろう! お前の家程度の家格では、まず信頼されないからな! 危うく騙されるところだったが、あんな不味い茶葉を国内外に流通させようなどと大それたことを企むなんて、所詮は貴様も金の亡者であるチャバル男爵家の人間ということだな! 心底幻滅した!」


 まずい茶葉。


 婚約者は、レティナの家であるチャバル男爵家、その代々の領地で採れる名産品を、不味い茶葉だと声高に罵った。


 ――たしかに、レティナは長らく領地で育った。王都で育ったクーズリィからしてみれば、田舎者に見えただろう。


 それでも、騙していたなんてことはない。


 レティナは、家格が上のダーメンス家に嫁ぐために王都に出てきたのだ。

 ダーメンス伯爵家に嫁ぐに相応しい令嬢になるため、伯爵夫人自らが教育を買って出てくれた。その教えを、今日まで口答えすることなく聞き入れてきた。


 どれだけ理不尽と思っても、未来の夫であるクーズリィの言うことにはいつでも微笑みを持って頷いてきた。


 それが、伯爵家の嫁として必要だといわれたから。格上の家に嫁ぐための努力だと言われたから。なにより、自分が出来ないことで家族が悪く言われるのを防ぐため。


 レティナは、十四歳でダーメンス家伯爵夫人預かりになって二年、耐えてきたのだ。


「言い訳できるのならば、してみろ!」


 それを、やってやったとばかりに高笑いしているこの男は……やすやすと、踏みにじった。


 愛する故郷を、名産品を、家族を……くさして貶めるためだけに、この場で口にしたのだ。


 それが、レティナの我慢の限界だった。


「――せいっ!」


 ばちこーん!!


「ほげぇっ!?」

「きゃーっ! クーズリィ! 私の坊や! なんてことをするの、この野蛮人!」


 気が付けば、クーズリィがマヌケな声を上げて後ろに倒れ、ダーメンス伯爵夫人が淑やかさをかなぐり捨ててこちらに駆け寄りながら、大声を上げていた。


「よくも息子に手を上げて、夜会を台無しにしたわね! 今まで目をかけてあげたというのに、この恩知らず! 誰かこの娘を捕まえて! 騎士団に突き出してやらないと気が済まないわ!」


 そこで、レティナは我に返った。

 見れば自分は利き手を固く握りしめ、前に突き出していた。

 どうやら、無意識にクーズリィに手を上げてしまったらしい。


(あ……あ、……やってしまった……なんてことを……)


 状況を把握して、レティナは青ざめる。

 今日まで、伯爵家に釣り合う立派な淑女になるための教育を受けていたのに、一瞬でそれを台無しにしてしまった。

 ましてや、伯爵夫人の言うとおり騎士団へ突き出されてしまったら。


(このままだと……)


 ――家族に迷惑がかかる。


 無意識に、足が動く。

 じりじりと数歩後退し、それからパッと身をひるがえし駆け出していた。


「待ちなさい! 逃げるなんて、許しませんよ!」


 夫人の咎め立てる声が背中に刺さったが、レティナの足は止まらなかった。

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