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魔法少女リリム③

遊園地のある駅は、常より混み合っている。その中でも数人見覚えのある顔がいるような気がするが、特に目立つようなものではない。二人組、ないしは三人組で行動しており、今日は怪しまれないように存分に楽しんでくるように、と言付けしてある。無論時間だけは守れるよう厳命しているのできっと問題なく状況が進行するはずだ。


「しかし、着ている服もそうだが、ずいぶん印象が変わるもんだな、髪の色ひとつで」

「本当にね。誰だか特定すらできないわね、これだと」

黒い艶やかな毛をいじりつつ彼女はそう答える。いつもよりもふんわりとしていた前髪は深めに下ろされ、顔まわりを隠している。また化粧もずいぶん二重の印象を薄くし、おそらくカラコンを入れているのだろう、印象的な瞳の色も今は黒だ。薄手のニットにロングスカートという少し野暮ったい組み合わせも、おそらく抜群のスタイルを隠すためのものだろう。


「あなたの化け具合も相当だけどね」

とは言っても、いつもと対して変わらない服装だ。カーゴパンツに明るい色のTシャツ、そしてジャケット。二人とも合わせてみれば、どことなく付き合って長い社会人カップルのような姿。俺も多少顔を変えているーー二重から一重に、後は各パーツの位置調整だ。自分の見慣れた顔ではないので非常に不可解な気もするが、人間の顔は数ミリ動くだけで印象がだいぶ変わる。


「大丈夫よ、本人には見えないから」

「そう?じゃあいいか」

俺は手元に持っていたスマホを開き、その一つのSNSを開いた。軽くスクロールすると出てくるのは扇状的なつぶやきです、という注意書きのみにまみれた投稿の数々。その一つ一つに付けられている返信欄を軽く覗くと、抜きました、とかスケベですね、オフパコしましょうとか、そんな言葉ばかりが並べられている。しかし、その返信も最近になってくるにつれて、この間言ってくれた言葉に救われた、とか、配信で見て初めて泣いた、だのという言葉が並ぶようになっていた。


「面白いもんだ。人間ってのは、多少見た目と中身にギャップがある方が相手を信用しやすい」

「信用ねえ。ネット上の他人をここまで信用できるものかしら?私は正直ーー直接会った人間じゃないと、とても信用できそうにないわね」

「そうか?案外、彼らの態度も間違いではないと思うがな」

そもそも彼らは彼女のことを信用などしていない。先ほどの言葉とは少々矛盾するが、実際に信用していれば炎上などした際にもすぐに手のひらを返すように叩き出すことなどあり得ない。多少は信用する奴もいるかもしれないが、例外でもあるんだろう。


「ミーハーな感情を押し付けて、理想を押し付けて、違うとなれば切り捨てる。身勝手にすぐ態度を変え、自分を常によく見せたがる。だから俺は人間が愛しくてたまらない」

「相変わらずキショいわね、その論理。まああなたの性癖に関しちゃ、どうでもいいんだけど……」

「おいおい、どうでもいいはひどいだろう。俺の行動の全てはその大きな愛でできてるんだぞ、愛で」

「愛は愛でも偏愛ね……」


核心だ、とため息混じりで吐かれたその言葉に笑いを漏らした。

「そうだ、一つ相談したいことがあってな」

「あら、なあに?お姉さんに聞きたいことでもあるの?」

「ああ、まあまあ俺より年数は生きてるし、性別は女だ。俺の相談したいことは、妹についてなんだよ」


最近、妹からのLINEがめっきり少なくなってきている。何か嫌な予感がしてたまらないのだ。背中がゾワゾワするというか、こんな経験は初めてと言っていい。

「兄離れなんじゃなーい?普通にあなたたち、仲良しだって聞いたわよ?向こうに遊びに行った時も、かなり仲良さそうな写真いっぱい送ってきてたじゃない」

「ああ、そうだ。兄というより、親戚のお兄さん的な立場で接してきたから、流石に恥ずかしくなったのか?」

「うーん……文面的には大して変わらない感じだけど……送る時間の空き具合が変わってるわね。多分、何度か打ち直してるわよ?この文章」


送る時間の空き具合まで見るのか、と驚きつつ俺はスマホを返してもらう。ヴェローナは腕を組み、その豊かな胸を寄せ上げるようにしてこちらを見る。本人的には重たいからって感じなんだろうが、背後のカップルの男が熱い目で見ていて、彼女に脇腹をどつかれた。

「そうか。と、なると……夫婦喧嘩か?それならこちらに家の空気が悪いんだけど、とか送ってきそうなものだが……」

「そうね。ただ、それってーー夫婦喧嘩の原因が妹ちゃんだったりしたら、話は別じゃない?妹ちゃんが例えば、お父さんの大切なものを捨てちゃったり壊しちゃったりして、それを咎めたらお母さんが妹ちゃんの味方をしたとか、あり得そうなところだと成績とか、いじめかしら」

「今年入学したばかりだから、人間関係構築までいささか時間がある。せめて6月過ぎたあたりからだろう、そうなるとしたら」


俺は軽くその説を否定し、すぐに携帯のログを遡る。親のLINEに関してもかなり普段通りという状態だが、もともと事務的なやりとりばかりだ。今月使いすぎじゃない、とか水道代高かったわよ、とか。もっと親子らしい会話というが、母親とのやりとりなんてこんなものだしそれ以上話すこともない。

「ーー盲点だった。ありがとうな」

「いえいえ、気にしないで〜。しかし夫婦喧嘩で嫌な予感って……離婚に発展しそうな雰囲気があるかもってこと?」

「いや、母親はともかく父親は割と相談魔だ。その父親が俺に相談がないってことは、夫婦喧嘩じゃない可能性もーーまさか、彼氏か!?」


彼氏、妹に、彼氏……。


できればクズがいいんだが、容姿はいいし、なかなか良い性格の純朴そうな青年をだまくらかして連れてきそうな感じはある。俺はウキウキしながら妹の彼氏の想像をし始めた。

「なくはないけど……想像してるだけじゃなくて、部下を動員すれば?チョチョイっと例の件で〜みたいな感じで濁せば良いじゃない」

「いや、家庭環境にそういうズルは無しにしているんだ。俺だけ不公平だし、こういう不自由を楽しむのも乙なものだろう?それに案外、俺は家族を信頼しているんだ」


ブブッ、と携帯が通知を告げてくる。表向きに作ったSNSのグループには、楽しそうに笑いながらアトラクションの前で撮った自撮りが送られてきた。俺はそれに満足げに頷きつつ、幸せな気持ちで斜めがけの鞄にスマホをしまった。ふと横をみるとなんとなく普段より静かなことが気にかかってしまい、声をかける。

「……なんかお前、静かじゃないか?」

「そ、そうかしら……」


指先でくるくると髪をもてあそびつつ、落ち着きなく爪先や体が揺れている。どうにも不可解だと思っていると、彼女はむ、と頬を膨らませていた。

「別になんでもないわよ」

「トイレか?今ならまだ乗るまでに余裕があると思うが……ブベッ」

勢いよく頭をはたかれて、俺の首がもげ落ちる寸前までいったが特には気にかからないほどらしく、またそわそわしている。もしかして、と俺は横にいる彼女の顔を見つつ予想が合っているか確認することにした。

「何名様ですか?」

「二人で」

荷物などを預かり場所に置くと、アトラクションに乗り込んだ。俺たちの安全バーが降ろされると、彼女は普段より少し艶やかな唇を緊張しているのをほぐすようにぺろりと舐めた。ガクン、という衝撃が体に走り、出発する。カタカタカタ……という音を立てて登っていくのに、俺は横を改めて見た。


「こういうのは苦手か?」

「ーーわかってるなら先にーー聞きなさいよぉおおおおおおお!!」

絶叫と共に落下していく彼女を楽しみつつ、俺は溢れる爽快感に体を任せた。アトラクションが終わると、青ざめた顔でふらふらと荷物を手に取り、ぐったりと俺に寄りかかる。

「正直に言やぁよかったのに……」

「私の沽券に関わると思ったのよぉ……おぉぇ……ップ」

「今の姿の方がよっぽど、沽券に関わる姿だと思うがな。しかし、お前あれだけいつもアクロバティックな動きをする割にはああいう乗り物がダメなのか」

「自分の意志とは違うふうに振り回されるのがダメなの!あと浮遊感とか……」


ガーっと怒りをぶつけてくる彼女を軽く笑ってあしらいつつ、それならとショーや軽い乗り物に切り替えて遊ぶかと園内マップを開いた。


午後を過ぎると、園内もやや落ち着きが出てくる。昼飯を食べる者、あれこれと散策する者、人間模様が荒れるということもあまりない。平和な様子もなかなかに良いものだと思いつつ、俺たちも昼にするか、とレストランに入った。予約もしてないし、と渋るヴェローナを伴い中に入る。

「予約していた梶ですがーー」

「お待ちしておりました。どうぞ」

「へ、予約してたの?知らなかったんだけど……」

「サプライズもこれくらいなら良いだろう?」

「まあね。将来モテるわよ、ふふ」


食事と言ってもアミューズメント価格だが、そこはそれ、総帥はそれなりのお給金をもらっているので問題なく出すことができた。俺はニコニコしながら支払いを終えると、飲んだワインの請求金額に震える横のヴェローナの肩を抱いた。

「今更怯えてるのか?貸しになると思って?」

「だ、だってぇ……夕方には任務(しごと)だし……」

「いいさ、多少のアルコールが入っていても。今回の仕事はある程度暴れてくるだけーー荒事についてもお前はそこそこ酒が入ってる方が動きが良くなる」

なぜかはわからないが、ヴェローナは酒が多少入っている方が戦闘力が上がる。組織でも随一の肉体能力を持つナルヴィが互角になるほどだ。彼女に関して言えば、任務に先立って少し酒を飲ませておいた方が良いとまで言えるだろう。しかし多少判断力が落ちるので、個人的にはあまりやりたくはないのだが今回は保険だ。


「魔法少女リリムは、その特殊能力のほかに直接戦闘した者はいない。認識阻害前に戦った構成員は、男女の別なく全員彼女に攻撃する意志をなくした。今はどうかわからないが、おそらく彼女に対して好意を抱くようになっているらしい。だからーー彼女を直接攻撃できたものは、まだ一人としていない」

「一人として……」

「そうだ。だから、認識阻害を無効化できるようになった以上、彼女の戦闘の傾向がわかる。その初手として、お前に戦闘をしてもらいたい」

「なるほど、ね。じゃあ思う存分戦って良いってこと?」

「ああ。ただし、壊して良いものは先ほど乗ったワンダーワルターだけだ。お前ならそのくらい余裕だろう?」

私をなんだと思ってるのよ、と肘でどつかれる。少し脇腹の形が崩れかけたーー直すのも大変だから、できるだけ抑えてほしいんだがなあ、と体を立て直した。


日が落ちるに従って、俺たちはやや足を早める。それぞれワンダーワルター近くのトイレで着替えを済ませると、トイレの個室の中から連絡を取り合う。

「もしもし?そっちはどうだ?」

『ええ、問題ないわよ。着替えも済んだし、日も落ちてきた。みんなももうそれぞれ、スタンバイを終えたそうよ』

「そうか。ではーー予定通り、計画を開始する」


俺は堂々とトイレから出ると、スタスタと街灯の少なく人目をやや避ける形で歩き始めた。気づけばいつの間にか、ワンダーワルターの前に来ていた。ああ、と俺は両腕を広げ、そしてニヤリと微笑んだ。顔につけた仮面のせいで、少し園内は暗く見える。

「ーーさて、んッ、んんッ。拡声器は?」

「こちらに」

差し出されたマイクを手に取り、俺は声を張り上げた。


『レディース・アンド・ジェントルメン!ワルターランドにお越しいただき誠に感謝する、私こそが悪の組織ラグナロクの総帥ーーロキだ』

さて、ここからが俺の正念場。俺はニコニコと笑いながら、さらに言葉を続ける。

『ワンダーワルター、お楽しみいただいているところ恐縮だが……これは、破壊させていただこう。お前たちの楽しみを奪ってしまうことは心苦しいが……我々の大いなる計画に必要なことだ。涙を呑んで、その最期を!見守って!くれたまえよ!』

ケタケタと笑いながら、マイクを地面に落として踏み壊した。嫌な音があたりに響き渡る中、静かに笑いながらパンパン、と手を叩くと、猛烈な破壊音と共に低く鈍い金属音が辺りに響き渡った。一瞬爆発の衝撃波と共に風があたりを駆け巡る。重たいものが倒れてくる音ーーギィ、ギィ、という揺らぎと共に、崩壊を始める機械。


「ああ、ワンダーワルターは午後、メンテナンス中だったか?お楽しみいただいている、という表現はいささか違ったな」

一週間に一回とかのペースになると思います。進みが遅いですがよろしくお願いします。

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