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魔法少女リリム②

「今回の作戦自体は桜木により漏洩が約束されている。そのため、作戦自体は大きく変えることはしない。しかし私とヴェローナの参加により、ある程度の安全は保証される。とは言えーー本来であれば魔法少女の参加自体がイレギュラーとなる」

正直に言えば、俺にとって一番問題なのは作戦を変えられないということだ。作戦を変えるのは、スパイがいると相手に気づかせる時だけだ。そして、もう一つ重要なこと。


「今回の作戦は、もともと失敗を前提として立てられたものだ。無論作戦の裏で行われる作業自体が目的であるゆえに、手を抜いたところで問題ない。ただし、それは魔法少女たちには決して悟らせることはあってはならない」

「て、手を抜くなんてそんなこと考える者など、この組織にはおりません!」

「ああ、そうだろうな。だから、お前たちは決して無理をしない程度で引け。怪我などされたら、私はとても悲しい」


真剣な顔でそうのたまった直後、部屋中の人間がギョッとした顔で俺を見てくる。それからちょっと決まり悪そうに全員が下を向いてニヤニヤとした笑いを押さえつける。俺は少しだけ微笑んで、それから作戦の書類を手に取った。

変更点としては潜入する人間が俺とヴェローナを加えたメンツになる。もともと人数には前後がある、という前提だ。何が出張ってもいいよう、解釈は残してある。そして流す情報は作戦の概要にとどめているーー何時から動き出すなんて情報は流石に漏らせないからな。

「では、作戦に関して改めて説明いたします。ーー我々が仕掛けるのは、『ワルターランド』、その最新のジェットコースター、『ワンダーワルター』。その爆破ですーー依頼主は、ワルターランド、その当人」


ワルターランド。

全世界でも展開している遊園地であり、そのコアなファンたちも多くつく、数十年前からある由緒正しき遊園地。そしてワルターランドのワンダーワルターは、数年前に作成を終えたジェットコースターである。しかし日本に魔法少女が出現したことにより、ワルターランドの経営者は頭を悩ませる事態となった。

ワルターランド以外の遊園地では次々と魔法少女の要素を取り入れたーーしかし、ワルターランドはその昔ながらのキャラクターを使う以外の手立てを持たなかった。数年前からの業績不振が影響し、海外の人間に一任された経営方針は日本のマーケティングを無視した形となってしまった。ワンダーワルターは思った以上に人を呼べず、投資した金額に対して赤字すら叩き出した。


そして、経営陣は一つの策を思いついた。


巨額を投じたワンダーワルター、それを悪の組織ラグナロクに破壊させる。話題性としては十分であるし、加えて採算が取れなかったワンダーワルターを破壊することで新たなアトラクションを制作させる。また、さらにテロ行為とみなされ、本国からの支援が期待できるなどなど、さまざまな経済効果を期待して俺たちへ破壊を依頼した、というわけである。

「遊園地への侵入の難点といたしましては、仮装の持ち込みができないことでしたが、総帥のご参加により解決いたしますので、そちらは考えなくともよろしいかと。加えてもう一つの難点は、ワンダーワルターはできれば『完全破壊』が望ましいとのことです。ワンダーワルターのレールが走るこの地点は、二番人気のウォーターワールドエリア……我々の目的は人を傷つけてはなりませんので、パレードの直前に行う経路整理によりある程度の安全を確保した時点で破壊を行います」

「……なるほど。カバーはどうする?」

「問題ありません。その地点からここまでを構成員で抑え、一般人を追い払いますので……」

「なるほど。大丈夫そうだなーーそれで進めてくれ」


作戦は夕方。普通昼から入る人間はいないため、朝から皆集まっての作戦となる。装置を取り付け、誤作動によりアトラクションを停止させる。そして力学的な基礎を簡易な爆発物で破壊し、完全に倒壊させる。シンプルながらいい作戦だ。

「各所、連絡は怠らないように。はしゃぎすぎて、携帯の電池切れなんか起こさないようにな」

そう注意すると、俺は作戦について時刻のメモを紙に書き付けた資料を持って部屋を出ていった。あれ以上いられても、作戦についての話し合いが進まないだろう。せっかくいい作戦を立ててくれ他のだし、できれば和気藹々と勤しんでほしい。


俺は唇にうっすらと笑みをのせたまま、廊下を歩いていった。また地下に潜り、色々と作戦を考えなければ。






週明け、俺は再び屋上に来た。前回と違うのは、先客が俺の方だというところだろうか。

荻 修一を伴って屋上に横柄な態度で来たのは、(かがみ) 流星(すたあ)という、抜群のキラキラネームの少年だ。彼はイライラした様子を隠そうともせず、もう一人の橡山(とちやま) 和葉(かずは)という少年と共にやってきた。ああ、これは楽しみだ。

ワクワクしながら見守っていると、まず鏡はイライラした様子を隠そうともせずに荻の顔の横へと拳を叩きつけた。だんッ、という音に荻が怯えて肩をすくめると、そこ目掛けてもう一方の手が伸び、襟首を掴み上げた。


「テメェ、言ったよな!!ちゃんと持っとけって、よぉ!!」

「ご、ごめんなさ、ごめ、ごめんなさい……!!」

「ふざけんな!親父のライターだぞ、いくらすると思ってんだ!!」

そんなもの学校に持ってくる方が悪いよ……と言ってくれる人はここにはいない。荻は肉の乗った頬をフルフルと振るわせながら謝罪の言葉を口にするが、それで許されるわけもない。


「ーー二万だったんだとよ。高級ブランドのライターでな、今はプレミアもついてる品だ。お前、責任取れんの?今は価格も五倍だって聞いてたけどーーお前払えるわけ?」

「は、払えな、そんな、ぼ、ぼく、値段知らなくてーー」

「知らないで済まされたら警察はいらねえんだ、よッ!!」

最後の一声に合わせて腹部へと蹴りを入れると、鏡は怒りに満ちた声で「こんなんじゃあ気も晴れねえよ、ふざけんじゃねえぞ!!」と彼を引きずり倒した。


「お前のせいだ!!お前が壊したせいで、俺は小遣い半年消えたんだぞ?テメェ責任取れよ、クソ野郎が」

「そんな、僕お金なんて持ってなーー」

「うるせぇ!!親の財布からでも妹の財布からでも盗ってこいよ。それともなんだ?妹ちゃんに責任取ってもらうか?」

「あ、アンジュに何を……」

「お前んとこ、義理の妹ちゃんだったよなあ。金髪のどえらいかわいいガキだったーーそいつに突っ込みてえなんてやつならいくらでも知り合いがいるんだ、よッ!!」

「グゥッ!?ゔ、う……は、かはッ……」


胸にまともに蹴りが入り、息が痛みでできなくなったらしい。荻は悶え苦しみながら地面を転がり、それを鏡は鬱陶しそうに見つめていた。

「ーー綺麗な顔でヒィヒィ泣いてる時に、情けねぇ兄貴のせいで、自分がこんな目に遭ってるんだって知ったらさぞ悲しむだろうな〜あ?」

ニタニタと笑いながら、彼は荻の髪を引っ掴んで体を持ち上げた。ろくな抵抗もできず、彼は持ち上げられる。

「お、ね、がいします、どうか、妹には、手を……」

「そんなに嫌か?」

「う……」

「そうか。ーーなあ、俺も妹がいる身だーーようくわかるぜ?だからな。……お前が金を用意しろよ、荻ィ。10万耳を揃えてくれたんなら、俺もお前をこころよ〜く、許してやれねえこともねぇ。わかるだろ?」

「は……ぁい、10万……用意します……」


ニコニコ笑いながらいっそ不気味なくらい上機嫌になった鏡は、手をパッと離した。

「おっと、そうだ。忘れてたよ。俺の小遣いがなくなったのも、テメェのせいだ。10万五千円だーーそうだな、一週間遅れるごとに五千円ずつ。追加で、よろしくなァ?」

「話がちがーー」

「ーーお前今……なんか言ったかよ!?ああ!?」

ぎろりと鋭い視線を向けてキレながらもう一度肋骨部分へ向けて綺麗なトウキックを放つ。見事だ。ヴェローナがいたら10点とでも呟いていただろう。


「じゃあな。遅れんじゃねえぞ?」

ニコニコ笑いながら、鏡だけが立ち去っていく。そしてその場にはなぜか、橡山が残っていた。彼は比較的同学年よりも大きな体をかがめると、ボソボソと荻に話しかけた。

「ごめん、助けられなくて……俺、あいつには子供の頃から逆らえねえんだ……ごめん」

「ぅ……い、いいよ。僕も、弱いからこんなことに」

おや、と俺は首を傾げる。橡山は確かにイエスマンだがーー逆らえないという雰囲気ではなく、割と率先して同調している者だったはず。


「ーー俺、よかったらお前に10万、貸そうか?」

「え?と、橡山が、なんで……」

「別に、返す期限はいつでもいいよ。でもすぐ用意できるときっと怪しまれるから、一ヶ月くらいで返せば問題ないよ。ただちょっと金額が大きいから、借りました、っていう証書だけ欲しいんだ。父さんもそれさえあったら、俺に文句は言わないはずだから……」


そういうことか、といっそ俺は笑い出しそうなほどだった。ひどく面白い展開だ、これは。何しろ橡山は間違いなく、鏡とグルだ。頭が回るーー種銭のある橡山を利用し、もっと搾り取る。もしかしたら荻の妹も、毒牙にかかるかもわからない。借用書はコピーを渡さず、原本を橡山だけが保管している。そんなのいくらでも偽造し放題だ。

良い展開だ。実に最高な人間性。


「ありがとう。じゃあ、二週間後に10万と、それから1万五千円。持ってくるから!」

「ありがとう、本当にありがとう……橡山、お前に借りた金は、絶対返すから!本当にありがとう!!」


涙を流しながら喜ぶ荻だが、その光景は側から見れば実に滑稽な姿でしかない。実に可愛らしい、そりゃあ俺だってあんなかわいい生き物、ついついいじり回したくなるというものだ。

こっそりと流体化し、ドアの隙間から天井に張り付いて会話を聞く。


「ーーうまくいったよ。あいつ、気づかねえもんだなーー借金の利子が、妹だなんてよ」

「あいつが借りた金だ、仕方がねえだろ?家族の妹が責任を取るってのが筋さ。それに、あいつが自分でサインをしたんだ。今更引きかえさせやしねえよ」

ケタケタと笑いながら階段を降りていく。さてーー荻の妹だったか、と俺は首を捻りながら階段の下へと滑り落ちる。さも今から屋上へ行きますよ、という体を装って鏡たちとすれ違うと、「おい」と腕を掴まれた。

「はい?」

「今から屋上にでも行くつもりか?」

「まあ……電話しなきゃいけなくて」

「へーぇ……学校は電話の使用禁止だぞ?チクってやろうか、テメェもよ」

俺にまで突っかかってくるか、と少し面白くなって笑ってしまった。何がおかしい、と低い声で唸りかかられて、俺はついやってしまったか、と自らの失策を悟る。


「何笑ってんだよ、なあ!」

「いやあ……電話の使用禁止って、後ろ、後ろ」

手にスマホを握りしめた橡山が立っている。彼の手にはいつの間にか気づかぬうちにスマホが握られていて、それを振り向いて目にした鏡はぎりり、と苛ついたように歯軋りをした。それから勢いよく橡山の手からスマホを叩き落とす。

「お前なあ!」

「じゃあ、俺はこれで」

「てめッ……くそッ、覚えてろよ」


俺はニコニコしながらその場を去る。そして屋上の扉を解るように開け、それからポケットから携帯電話を取り出し、屋上入り口になっている裏へと足を向けた。そこには果たして、ぐったりとしている荻がまだいた。当たり前である。すれ違ってもいないし。


「荻!?どうしたんだ、その……なんか汚れてるし……」

「こ、転んだ……んだよ」

苦しい言い訳をする、と思いながらシャツについている靴の形の汚れを手で軽く払う。親御さんに怒られるぞ、と俺は言いながらペシペシ叩いていくと、アバラの所で彼は大きな悲鳴をあげた。

「うわあああああ!?」

「うわあ!?って、もしかして俺か!?ごめんな、大丈夫か?」

「い、いいよ。そこは良いから。……さっき鏡と、橡山とすれ違わなかったか?」

「ああ、すれ違ったけど……三人って仲良かったっけ?」

「いや……良いんだ。ごめん、忘れてくれる?」


彼はポケットからスマホを取り出して、ふう、と息を吐いた。画面は綺麗で、よくある蜘蛛の巣状のヒビもない。

「画面、割れてなかったか。ちょっと焦った……」

「お、待ち受け、魔法少女なん?」

「う、うん。良い歳してって思うかもしれないけど……僕、魔法少女ファンでさ。彼女たちが頑張ってるとこ見ると、俺も負けられないって思うし、辛いことがあっても頑張ろうって思うんだよ。そ、そうだ!水上も、この子見てみろよ。おすすめなんだけど、やっぱ魔法少女イブリースはデザインが秀逸でさ!本当に衣裳が綺麗なんだ。それから、魔法少女リリム!彼女の配信はすっごくサービスショットが多くて、めちゃくちゃおすすめだよ!」

「お、おお……魔法少女、好きなんだな」

「うん!あ……でも、最近、魔法少女フィロソフィーが悪の組織に捕まって、それから消息不明になって……ツイキャスで魔法少女をやめる、って音声だけ残して、アカウントごと消えちゃったんだ……今後もこんなことが続いたら、って思うと……」


彼は震えながら拳を握る。

「ーー荻は、本当に魔法少女が好きなんだな」

ようやく絞り出せたのは、こんな言葉だけだった。おためごかしにも程があるーーしかし彼は目を輝かせ、「うん!」と笑いながら言った。


実に不愉快だ。魔法少女は別に、見かけた犯罪行為を助けるだけーー特に悪の波動を察知するわけじゃあない。ゴミみたいにスカスカな正義を掲げながら、一体どうして俺の心からの愛を邪魔できるだろうか?

「じゃあ、俺はこれで。電話もちょっと時間がもうないし、な」

「あ、ごめん!」

「いやいや、良いって」


そう、全然構わない。こんな瞬間に立ち会えるなんて、なんてラッキーなんだろう、俺は。

いずれ彼は魔法少女に対して嫌悪させ、その上で悪の組織ラグナロクへと引き入れてやろう。どんな顔をして魔法少女を蔑むのかーー楽しみだ。

ここからスローペースになります。ごめんね。

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