魔法少女リリム①
「桜木、順調か?」
『はい。委細問題なく進行中ですわ、ロキ総帥。ふふ、拝見いたしましたよ、例の映像』
「見られてたのか……恥ずかしいな」
例の映像というのは、映像班に依頼していたものであり、悪の組織ラグナロクの総帥として初めて表に出るものだっただけに皆が気合を入れて撮影し、先日ついに作戦の際にデパートの屋外モニターでお披露目された、あれである。
『いえ、謙遜なさる必要はありませんわ。とても格好良くていらしたのですから』
くすくすとからかうような笑い声が電話の奥から響いてきて、気まずさに咳払いをして話題を戻す。
「んんッ!話を戻そう。確保した魔法少女はどうなっている?」
『ええーーそうですわね。認識阻害のタネが割れて仕舞えば特定も難しくはないようですから、情報をいただいてから片っ端からというところにはなりますけれど……今の時点では、21人ですわね。確定で組織に所属しているのが、ということですが』
何を話しているのかといえば、魔法少女を組織化しようという活動についてである。ちょっとそれまずいんじゃないーーと思う方も多いかもしれないが、よく考えてみてほしい。ゲリラ戦法を取ってくる相手と、集団で襲いかかってくる相手、どちらが面倒かといえば間違いなく前者だ。
とはいえ魔法少女事業なんて金になるもんでもない。人助けをするとは言いつつも、その一つ一つは特に警察に引き渡すまで、というところで、礼金に関しても基本的には魔法少女はお断りをする。
そういう点で魔法少女が組織化することはないーーその前提を覆すため、俺は一つの作戦を零部隊にいる一人の老女に申し渡した。彼女自身も資産家でありながら孤独の身であったため、充分に前提条件は満たしている。そう、あくまで彼女の慈善事業により魔法少女たちの組織化をおこなっているかのように見せつつ、裏で俺と通じている。それが重要なことだった。そしてもう一人、指示を出させるためにライカという女性を魔法少女の組織に入れている。
ライカは現場で信用を得させるための人員だ。彼女に関しては、俺たちと通じていることがバレてしまってもいい、と思っている。スパイ、裏切り行為がある方が、ストーリーとしては燃える展開だからな。
「21人か。そこそこ順調のようで何よりだ。引き続き君には苦労をかけるが、頑張ってほしい」
『いいえ、総帥のためならば。総帥も、お体に気をつけてお過ごしくださいませ』
「ああ、お前も何か体調面に不安が出たらすぐに伝えるように。我慢など、我々ラグナロクには似合わないからな」
そう言い置いて、電話を切った。学校からの通話ということだったため、今は風の強い屋上まで出てきていたのだが、なかなか来ない場所だな、と見回す。すると、建物の影に隠れるような人影を見つけてどきりとする。
誰かに見られていた?いや、声自体はそう聞こえるもんでもない。風も強い、ほとんど聞き取れていなかったはずだ。
「あのー?」
「あ、は、ははは……」
少し肉の乗った体に、俺よりも小さめな体。肩を縮こめ、こちらをへたり込んだまま見上げている少年。確かクラスで浮いていた、荻 修平とかいったかーーその手にはライターと、火のつけられる前のタバコが握り締められていて、想像以上の厄介さにちょっと額を抑える。今にも泣き出しそうな彼に、俺はちょっと肩をすくめて笑う。
「タバコを隠れて吸うのは難しいぞ。服に匂いがつくし、何より煙が出る。学校じゃなくて家で吸え」
「……ぁ、はは……あの、はい」
ゴソゴソと仕舞い込んだのを確認する。しかし、と銘柄を思い出す。割とメジャーな銘柄だが、喫煙者はかなり重たい銘柄だとしゃべっていた。相当吸うタイプなのか?それにしては……匂いもしない。ふとシエラから聞いていた教職員の予定について思考が回り、ああ、と納得した。それでも俺はそれ以上そこに突っ込むことはしなかった。
「一応俺もスマホを校内で使ってる校則違反組だから、告げ口自体はしないけどな」
「う……」
明日は確か、近所で通報が入ったために行われる手荷物検査があったはずだ。それに関して通達もあったし、おそらくだが生徒内部でもいつ行われるかとヒヤヒヤしていたはず。数日間はざわついていたはずだが、いつかは明言されていなかった。
俺はシエラなどからある程度聞かされていたため、安心して臨めるが、実際には生徒の内心は荒れ狂うに違いない。大なり小なり校則違反がある。スマホの電源が入っていればすぐにアウト、学業に関係ないものを持ってきた場合ーー雑誌などもアウト。ラノベなども取り締られたことがあるようだ。
さて、そんな場合生徒がまずいものをそのままにしておくだろうか。否である。
ではどうするかーー他の生徒にそれを押し付けてしまえばいい。できれば自分より立場の弱い、言いなりになる相手に。
「ーーふふふ」
あの少年はあれを、どうするんだろうな。やけに高級そうなライター、真新しい箱。近くにあったのは確か……バケツだったか?あれを隠したとして、明日は雨の予報だ。確か今日の夜からだったかーー。
「楽しいことになりそうだな」
いやあ、実に楽しみだ。高そうなライターを壊し、タバコをふやかした自分よりも下の相手。それを逆手にとって、脅せる相手。俺はニコニコしながらその場を後にした。
午後、学校を終えると俺は荷物を持って駅へと向かう。トイレに入ると、そこで目立たない服装に着替えて出てきた。そこらへんの大学生のような服装だ。パーカーにTシャツ、ジーンズというものである。
そしてトートバッグを持って、組織の車と待ち合わせている場所へと向かう。大きめのバンが駅の駐車場に停まっていて、その窓をコンコン、とノックすると窓がウィイン、と開く。
そこにいるのはヴェローナだった。学校終わりにわざわざ服まで変えてと思うかもしれないが、かなりこの手を使っている。
「待ってたわよ、総帥ちゃん」
「ああ、待たせた。今日はやけにめかし込んでるな」
「あらやだ、わかっちゃった?今日家のパーティーなのよ。面倒だけど、これもラグナロクのため。私はラグナロクの窓口としてあのパーティー会場にいるんだから。取り囲まれているのを両親は勘違いして喜んでいるけれどね。……カスどもが」
口の悪さがナルヴィから移ってしまったようだ、と苦笑しながら俺は前の座席から見えないよう、カーテンを閉めると着替え始めた。影から取り出すだけで簡単に、というわけではなく、自分が一度崩壊して服の中に潜り込む方が着替えの手段としては迅速なことに気づいて以来、その方針をとっている。
秒速で着替え終わると、カーテンを開けた。
「発進して良いぞ」
「はいはーい。早く総帥も免許取りなさいよ。そしたら、私がわざわざお迎えなんてしなくて良いのに……それか零部隊にだけ正体を明かしたらどう?面倒なのよ、今の送り迎えだって」
「うん……まあ、検討するか。正直世間に向けてある程度俺の存在の発信もしたしな。正直俺もいちいち迎えを頼むのも大変だと思ってる」
そう、この手法、面倒に尽きるのだ。だから俺もなんとかせねばとは思っていた。零部隊だけなら、俺も完全に信用できる。ただ、総帥の正体がただの高校生だと知ったら反発も生まれそうなものだが。
「もしかして、零部隊から反発が出るなんて思ってる?」
「あ?ああ、まあ……」
ふぅうー……という深いため息を吐いて、ヴェローナは呆れた、と口にした。
「全く、しょうもない悩み。良い?あなた、自分がどれほどの人間か全く理解してないようね。あなたの社会的立場なんか置いといて、零部隊はあなたが死ねと言えば死ぬわ。それほど心酔しているのよ、彼ら。そんな中信用していないみたいなその発言、許し難いわね」
「すまない、そんなつもりではないんだ。ただ、俺が高校生だということは全く変わらないんだよ。幼気で繊細な俺の心を慮ってくれたまえ」
「誰がいたいけで繊細ですって?呆れた。まあ、いいわ。あなたがその気でなくても、どっちみち私、流石に送迎し続けるのは無理ですからね。どうしても嫌ならシギュンに送り迎えしてもらいなさいな」
ぴしゃん、と言いつけられてそれもそうかと頭をかく。到着する頃には日がとっぷりと暮れていた。薄暗い中建物の入り口で認証を済ませると、中へと入っていった。
「こんばんは、総帥。良い夜ですね」
「ああ、いい夜だ。作戦下での魔法少女出没情報を掴んだ班がいたそうだが、会議室はどこかね?」
受付嬢のようなことをしているが、彼らは立派な事務員だ。少々お待ちくださいと言われ、カタカタとキーボードを鳴らした後で第六です、という返答があった。
「第六か。ふむ!ほうほう……どうやら桜木が動き出したようだな。魔法少女が徒党を組み出す傾向を示し始めている。良い傾向だ」
「ーーいい傾向かしらね?現場に出る人たちは相当苦労すると思うけど?」
「それを見越して、零部隊をつけているんだ。流石に最高幹部は忙しすぎるからな……無理をしたいが、この状況下だとちょっとな」
「ふぅん。まあ、いいわ。で、次の魔法少女って、一体どんな子なの?」
よくぞ聞いてくれた、と俺は影からタブレットを取り出した。第六会議室へと足を向けながら、参考資料を表示していく。魔法少女コンテンツは動画の収益としてはそこそこの成績を収めるーーしかし現場が危険であることも多く、またカメラの性能をぶっちぎるため映像が不鮮明になることも少なくない。そこで魔法少女自身が自らライブ配信をしたりすることも多いのだ。
とはいえ、魔法少女ということ以外に魅力的な人間であることは少ないため、見た目でほとんど人気を握っていることが多い。
「そして魔法少女リリムは、その見た目でかつ話術が巧妙なことから、多くのファンが付いている。彼女に関しては正体を宮前 彩と言って、前職は塾の講師をしていた。加えて、彼女にはもう一つ人気になる理由がある。ーー色仕掛けだよ、単純なものだ」
「色仕掛けぇ?」
素っ頓狂な声が聞こえたが、それに軽く頷いて話を続ける。そもそも魔法少女というのは可愛い、愛らしい、そういう妖艶さとは対極にいるようなものだ。それをなぜ、と思うかもしれないが、実際に彼女はこの方針で成功を収めている。
「これが配信の様子だ。どう思う?」
「……ああ、そういうことね。なるほど、これは色じかけだわ」
ぴっちりした黒革の衣装からこぼれそうな乳房がたゆんたゆん上下している。いわゆるボンテージのような服装にビスチェを足したような格好だ。少し蒸気したような丸みのある頬に、赤紫色の角はくるりとねじれている。そして、先端が膨れたような尻尾に小さな羽。明るい声で喋る内容は他愛もない世間話や自分の失敗談などだが、基本的には自分で喋る内容がきちんと整理され尽くしている、そんな印象を受ける。
「……魔法少女っていうより、サキュバスかしら?」
「ああ、そうだ。しかし彼女と実際に戦闘をした者は、色仕掛けが効果がないと見るや否や、肉弾戦に持ち込まれたそうだ」
「肉弾戦!?この集中できなさそうな衣装で!?こぼれそうじゃない、こんなの見るわよ男なら!それに美女と組み手できるなら間違いなく食いつくバカもいそうねぇ」
「最初はナルヴィに任せるつもりだったが、奴もまあ、健全な男子高校生でな、動けなくなってしまったんだ。そこでできればシギュンか、ヴェローナに拘束を頼みたい。できるか?」
「ええ、いいわよ。ところでこの子、魔法少女に特有のマスコットだけど……一体どこにいるの?」
「ああ、そこに気付いたか。驚くなかれ、彼女の尻尾がそのマスコットなんだよ」
「ええええええええええええ!?尻尾!?」
今度こそヴェローナは大きな声で叫んだ。俺は軽くガンガンする頭を抑えながら、ヴェローナを落ち着かせる。声でかいんだよなあ、こいつ。
「別にマスコットなんて形は決まっていないだろう。今回のは結構特殊なケースだと思うがな。寄生型と表現するべきか、外来の気持ちの悪い生物だからなんでもありなんだろうと考えるしかない」
「だからって……この尻尾が外来生物なの?こんなの寄生させるとか、マジでありえない。キモすぎでしょ。てかてかした蛇とかミミズじゃないほとんど」
ぶるりと体を震わせ、ヴェローナは俺にタブレットを突き返してくる。それを受け取って影に飲み込ませると、彼女はふととあることに気づいたように焦った顔で振り返ってきた。
「ね、ねえ。もしかしてなんだけど……あの寄生生物、私が引きちぎらなきゃいけないわけ?」
「ーーノーコメントで」
「う、うぇ……」
全力で嫌そうな顔をしている彼女をその場に残して俺は第六会議室の扉を軽くノックし、中から返答があるのを待たずに開いた。
「な、なんですか会議中でーーロキ総帥!?ど、どうされました、こんなところまで」
「ああ、魔法少女の件でな。次の作戦には私と、それからヴェローナが同行することにした。君たちには迷惑をかけるだろうが……よろしく頼むよ」
「は、はいっ!事前に通達を受けてはいましたが、まさかここまでおいでになるとは思っていなくて……すいません」
「仲のいい同僚で何よりだ。君たちも私がいるからと言って緊張することはない。いつも通り話し合ってくれ」
机に転がっているのはお菓子の空箱だったり、チョコレートの銀紙だったりだ。お菓子を食べながら和気藹々とした会議だったのだろうことは容易に想像できる。とはいえ上官がいていつも通りというわけにはいかないか、と苦笑した。
顔を真っ赤にしているのは、綺麗なマッシュルームヘアの女性、酒井 成美だ。ちょっと童顔なきらいがあり、それを嫌がって大人っぽい軍服にしているものの、ミスマッチちゃんと呼ばれて揶揄われている。実際、その背伸びをしているところがかわいいと言う人も多いのだが。
「さて、No.1701の作戦について、再度変更点を確認したいーー」