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魔法少女フィロソフィー③

「やめるでスゥ!」

ジタバタと暴れているのは、魔法少女フィロソフィーのマスコットであるソフィアだ。丸っこい翼状の器官が背中に搭載された肉饅頭のような生き物で、ピンク色の和毛がちまちまと柄を作っている。額には真っ赤な石が嵌め込まれており、これは自称賢者の石だそうだ。


で、そんなソフィアと呼ばれる肉団子を持っているのは、我らが誇る最強の一角、ナルヴィだ。もともと小柄な体格だったのが今はすっかり俺を越すくらいの体格へと変化し、綺麗な逆三角形を作るほどナイスバルクになっている。そしてその顔立ちは人間のものから狼のものへと変化し、その口元には牙がよく見える。俺の顔ほどありそうな大きい手は銀の獣の毛に覆われて、長く黒く鋭い爪が指先についている。

簡単に言えば、ナルヴィは狼男と化した姿で、今にも握り潰しそうにソフィアを片手で持っていた。


「捕まえてきたぞ、総帥。こいつ演者用の控室で食い物を散らかしてたぜ、食べかすだらけで汚ねえったらありゃしねえ」

「ああ、すまないな、お前に雑用じみた真似をさせた」

「ソフィーをどうするつもりよ!その手を離せ!」

「おっと、それ以上動いたりしてみろ。そこの生き物の安全は保証しない」

「な、なんですって……!?この、卑怯者!」

「悪の組織にそんな正々堂々という言葉を求める方が間違っていると思うがね?さて、魔法少女フィロソフィー。我々の目的は何か、と聞いたんだったな?」


彼女は俺が向けた冷たい視線に喉を上下させて、ゆっくりと口を開いた。じっとりと俺を睨め付けているが、ステッキは構えたままだ。おそらくマスコットに何かあった瞬間、俺を倒すつもりなのだろう。しかしマスコットに何かあっても、ここに人質が多いことには間違いない。近しい人だけしか目に入っていないなんて、なんて利己的で愚かな魔法少女だろうか。変な魔法少女にさえならなければ最高の人間である。

「ええ、そうよ」

「我々の目的は、実に簡単なものだよ。ーーお前たち魔法少女を、この世界から消し去るということだ」

「ーーえ」

俺の言葉と同時に、彼女は全身を地面から飛び出してきた闇に覆い包まれ、そして地面へと溶け込んでいった。……内部で暴れられないよう、拘束もして捕獲している。


「な、なにをしたでスゥ!?」

「驚くようなことか?お前たちはこれ以上のことを魔法でしてきたじゃないか。今更なにを……いや、そうか。魔法でなくともこのようなことをしているのに驚いているのか」


何か俺たちには見えないものを感知してそういうふうに思っているのだろう。

「いやしかし、気になるものだよ。異界からの侵略者」

「し、侵略者とは心外でスゥ!ワタシはれっきとしたプリンパル界からの妖精、正義の使者でスゥ!」

「妖精かね。ならば、多少お前をかじったところでなんともあるまい?」

「かじーーヴィアアアアアア!?」


ナルヴィはぐあ、とそのあぎとを開き、よだれが糸ひく犬歯をずぶり、とソフィアに突き立てる。そして爪を立てた体を引きちぎるようにして勢いよく引っ張った。瞬間、ソフィアの体が地面に落ちる。しかし、ナルヴィがゲホゲホと咳き込んだ。内部から無理やり肉塊がずるずると引っ張り出されるようなショッキングな見た目だ。

「……飲み込むことも駄目、と。なかなか興味深い生態だ。しかし内臓が一切ない肉の塊とは、解剖するユミールは嫌がりそうな生物だな。外部の感覚器官以外は全て肉団子か。それでどうやって動いているのか、気になるところではあるが」

地面に落ちた体にくっついていく瞬間を狙い、俺はそいつを影の中に沈めた。

「さて、これで目標は達成だ。……ん?」


一つスマホが赤いランプをつけたまま、こちらに固定されて向けられていることに気づいた。魔法少女の撮影を行なっているつもりだったのだろうが、俺たちの登場で台無しになってしまったのだろう。かわいそうに、と画面を覗き込むと、それは配信の途中だった。

「……わお」

思わず素の言葉が出てしまったが、ナルヴィがペッ、ペッ、といやそうな顔をしながらこちらへと近づいてくる。今仮面をしていないが、そのまま変身を解くのはまずい。

「配信をしているとは、なかなか豪胆な。全く、マナーの悪い客だな」

「あ?配信?」

少し大きめの声でそう言うと、ナルヴィは気づいたようで、低い声でぐるぐると唸り、それから見てんじゃねえぞ!と怒鳴り散らしてスマートフォンを破壊する。


「……さて、他に何か聞かれているとも限らない。我々は撤退するとしようか、ナルヴィ」

「はいよ、ロキ総帥」


ナルヴィはポケットに手を突っ込み、取り出した仮面を顔につけてシュルン、と縮んだ。

さて……周りの状況を見る限り、作戦自体はうまくいっているようだ。装置自体はランダムでオフになるから、出口付近にいれば脱出できるだろう。もし脱出できない場合も構成員が数人警官の内部に紛れている。それをここで口に出すわけにはいかないため無言のまま頷き合っただけになってしまったが。


壁に寄りかかって休むカップルは手を握り合って、互いを見ないようにしている。言葉は通じないが、服装などで判断したのだろう。前後左右が分からなくなり、そして相手の言葉がわからなくとも、信頼できる相手に心を預けて休んでいるーー素晴らしい光景じゃあないか。


出口近くになって、俺はナルヴィの方へと影を伸ばし、それから二人ともドロリと影の中へ沈み込む。来た時と同じように壁や天井を経由しつつ、最終的にコンクリートに染み込むようにして移動をすると、包囲されたデパートの敷地裏にある本屋の駐車場へとたどり着いた。そこに駐車してある車に、決まった合図を出すと後ろの窓が少しだけ開いた。

ぬるりと体を滑り込ませ、それからナルヴィだけを吐き出して人心地つく。


「ふぅ……少し焦ったな」

「うげ、ペッペッ。やっぱ総帥のそれに飲み込まれるの、気持ち悪りぃんだよなァ」

「仕方がないだろう、ナルヴィ。私だって体内に異物があるのは非常に居心地が悪いんだ、私の深い深い愛がなければ即座に吐き出していただろうな」

にやにやと笑いながらそういえば、「キモ」と一言だけ返された。

「……本当に、魔法少女、捕まえたんだなあ……」

「ああ」


帽子を深くかぶって腕を組んで座席に深く腰掛ける。俺の位置から姿は見えなくなったが、小さくすん、と鼻を鳴らした音が聞こえた。別に泣いてはいないのだろう。けれど、想いが巡っているのか、その後に車内に会話は一切なかった。





「それじゃ、出してくれる?ああ、安心してくれていいとも。何しろこの場所は、無響室ーーたいていの人類ならば、普通に一時間ほどで発狂する。無論、普通の人間であればたいていは問題なく全て喋ってくれることだろう」

ユミールの言葉にえげつない、と思いながら部屋の中に立ち入る。私はずるり、ともう一人の少女を吐き出した。

「ぅうッ……こ、こは、どこ……」

「では、5分後に」

扉がウィン、と開き、真っ白な部屋に取り残されたのは彼女だけだった。しばらくは放置でいいか、と次にユミールへと魔法生物を渡す方へと動き出した。影で拘束をした魔法生物は、真っ黒な瞳に涙をたたえ、それから何をするでスゥ、と弱々しくつぶやいた。


「ふむーー認識阻害魔法、いや少々違うか。しかし認識に何らかの干渉を行う魔法をかけているな。あいにくうちの研究員にはそういう魔法の効力はないようにしているがーー機械的にははっきりとわからないな。さて、とりあえずだが……お前をバラして中身を拝ませてもらおう。それから生体の中身に至るまで、じっくりと見させてもらおう。何、不死身なんだろう?」


三日月のような冷たい微笑みで、小さな手が魔法生物を鷲掴みにした。怯える小さな生き物はプルプルと憐れっぽく震えながら黒のベルトで縛られた。まあ、お楽しみはこれからだろう。俺は俺で、魔法少女の方を尋問するか。気づけば5分ではなく、十分ほど経っていたがーーまあ、大丈夫だろう。少しくらい壊れても、私は十分彼女を愛してあげられる。


真っ白な、自分の息遣いがよく聞こえる部屋へと入ると、ビクッ、と魔法少女が怯えながら後ずさる。いや、変身自体はもう解けているから、彼女自身は魔法少女とはいえないだろう。一重の目に涙をなみなみとたたえ、彼女は半泣きであった。

「ーー鼓動がよく聞こえる部屋だろう?気分はいかがかね」

「な、にが、目的なんですか。うぅ……」

消耗しているわけではないが、気分としては最悪なのだろう。変身が解け、その姿を見られている。彼女にとっては非常に嫌な気分だと思われる。だからそれを逆手に取る。


「この部屋では具合も悪くなるだろう、失礼」

軽々と彼女を抱き上げる。お姫様抱っこと言われるような体勢だ。それから部屋を出て、すぐ横にある部屋のソファーへ彼女を座らせた。パチン、と指を鳴らすと準備させていた紅茶、それからケーキスタンドがカートに乗せられ、仮面を被った軍服の女性によって運ばれてきた。

「ぇ、ええ……?」

困惑している様子の彼女に、追加で「砂糖とミルクはどうする?」と尋ねる。

「あ、えー、えっと、ミルクだけで……」

「了解した」

慣れた手つきでカップに茶を注ぎ、ミルクを投入する。ティースプーンで軽くかき混ぜ、それからソーサーごと彼女の方へと押し出した。優しげな声、優しげな声と。


「……あの、ま、まだ状況が理解できていないのですが……」

「悪の組織ラグナロクは、魔法少女の殲滅に動くことにしたーーそう聞けば、君たち魔法少女は恐らくだが、魔法少女を殺す、と思うことだろうと考えてな。少し説明する時間を設けさせてもらった」

「こ、殺す!?そ、そんな……」

「無論、そんなことはしないとも。魔法少女というのは、魔法生物によって魔法少女に仕立て上げられた被害者であるからな」

「ひ、被害者……?」

「ああ、そうだ。おかしいとは思わなかったか?魔法少女は一体どんなエネルギーで動いている?君の歳なら質量保存の法則くらいはある程度知っているだろう、そのエネルギー、一体どこから生み出されているのか。不思議に思ったことはなかったか?」

「あ、愛と、友情とか……」

「優しい答えだが、正解ではない。初めに世界に出現した魔法少女は、一年半で死んだ。それも我々との諍いではなく、日常生活を送っている時に、21という若さで心臓発作で死んだ」


その情報を聞かされて、彼女は目を見開いた。

「君は、これを聞いてーー魔法生物たちは一体何を使っていたと思う?」

「わ、私、は……私、魔法少女になって、まだ数ヶ月で……そ、そんな話聞いてない!!」

「ああ、そうだ。だから君を救うために少々手荒な真似をしてしまった。本当にすまない。先ほどの部屋に関しても、君の洗脳を解くために仕方なく施した処置だった。許してはもらえないだろうか」

フルフルと震えながら怯える彼女は涙をこぼして、会話に応じることはない。俯いている彼女の上で、私は笑いながら真摯な台詞を吐き散らす。ああ、なんと騙されやすい子供だろうか。彼女をぎゅっと抱きしめると体温が伝わってくる。


「大丈夫、大丈夫だ。幸いにも我々の科学力ならば、君を救うことができる。ただ、我々も君のような犠牲者を出さないようにいくつかデータを取らせてもらいたい。ああ、心配ないとも。採血と軽い診断のようなものだから、君は楽にしていていいんだ」

「あ……でも、学校とか……」

「そうか、そうだったな。では、今日はデータを取るだけにとどめよう。電話番号を渡しておくから、一日時間がとれる時に連絡を寄越すといい。即時に指定の場所に迎えが行くから、その日に治療を行おう。もし男性が嫌ならば、スタッフは女性だけにしておくが……」

「お、お願いします」

「ああ、了解した。では、こちらを」

切れ端に電話番号を書き、それから彼女の手に握らせる。まだ震えているが、私を見上げる顔の色はやや良くなっていた。

「大丈夫だ、私たちがついている、君はまだ死なない。大丈夫」

「あ、ありがとうございます……」

にっこりと微笑んで見せれば、少し彼女の頬が赤くなった。手を離して人を呼ぶと、そのまま送らせる。彼女が部屋を出て行った瞬間、俺は表情を一気に戻した。


「ーーいるか、ゴロー」

「は、ここに」

ゆらり、と何もなかった空間がゆらめき、そこから軍服の男が現れる。特徴のない顔立ち、そして視線を外せば誰だったか、と知り合いの似た顔が思い出されるような男だ。

「お前にあの子の監視を頼みたい。できるか?」

「は、お望みとあらばいかようにも。どの程度をお望みでしょうか」

「ーーそうだな。おそらくあの年頃の子供なら、ネット上に残されている魔法少女のSNSに、何がしかの書き込みをするだろう。加え、両親への説明、周囲の友人への対応……細かい生活感はいいから、そういう人間関係に関わることを報告してほしい」


彼は頷いて、それからまたすうっと消えていった。ひとまず、これで魔法少女のデータを一つ手に入れた。次に狙いを定めているのはーー。

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