魔法少女フィロソフィー②
「というわけで、明日の作戦について説明するから、ナルヴィは後で俺の家に来てくれ」
「えーじゃあ今日泊まっていい?めんどくせーし」
「いいが……」
ナルヴィがやったー、と軽く言うと、シギュンは少し首を傾げた。それから「それでは本日食事を作りにまいります」と口にしたが、男同士の話もあるからと遠慮してもらうことにした。シギュンは料理自体ができないわけではないが、もともと育った環境もあってか味付けが下手である。しょっぱいこともあるし、甘すぎることもある。
ちなみにナルヴィの作る飯はうまい。
家に帰ると、すぐに着替えと共にサイガがやってきた。手にはビニール袋を下げており、その中身は何やら怪しげなものである。
「何だそれ」
「うちに来てたハウスキーパーが色気出して置いてった飯だよ。食う?お前睡眠薬も何も効かないだろ?」
「……あのなあ。髪の毛とか、よだれとか入ってるかもしれないだろうが。そっちのが嫌だっての」
サイガの家自体は裕福であり、ハウスキーパーを雇ってその姿を見せないようにしているらしいのだが、運悪くかち合ってしまったらしい。それで妙な色気を出されたとか何とか。本来食事は用意しないよう仕事内容には厳命されているはずなのだが、それを破ってしまったようだ。
「クビだな。また新しいハウスキーパー探さねえと」
「お前も大変だな」
不憫な幼馴染はそうなんだよ、と言いながら料理を続ける。何度か泥棒まがいのことをしでかしたハウスキーパーもいたらしいが、家の内部に備えられている監視カメラの存在により警察が介入したことも幾度か知れない。
「家事やればいいのに」
「父親が心配すんの。ちゃんと俺が勉強してるかとか、そういうことも心配するからさ」
「なるほどねえ。いい親父さんだよ全く」
うちのはちょっと度が越しているような?と少し疑問に思いつつも、男に対しては親はそんなもんだ、という印象を持っていたので、可愛げのない俺と比較してもアホっぽい妹の世話が楽しくて仕方がないのだろう。
「で、作戦だっけ?」
「ああ。魔法少女フィロソフィーの出るステージは、中央館にある1Fのステージ上だ。周囲には遮るものは一切ない。そのため、2Fバルコニーからステージへの飛び降りを行う。この飛び降り自体は、装置が発動される前に行う。そして名乗りが終わったところで装置起動の合図が周囲の観客と混じった構成員から発される」
「なるほど、それでこのモニター管理室への侵入ってのは何だ?」
「ああ、それなんだが、そのデパートには映画館が併設されていて、その予告動画を流すために大きなモニターが外にあるんだ。それを利用してラグナロクの動画を流すつもりでいる」
飯ができた頃合いか、とソファーから起き上がり、食事を運ぶ。頂きます、という言葉と共に箸に手を伸ばし、白飯と一緒に鳥の照り焼きをかきこむ。
「うま、天才か?」
「もっと褒め称えろ」
軽口を叩き合いつつ、空腹がある程度落ち着いてきたところで食事を続けつつ、話を戻す。
「もちろんタイミングが前後した場合には、多少致し方ないが捕縛を優先する。装置がいくつかの場所で機能しないことも考えてはいるが、いくつか機能しなかったところで依頼自体は果たすことができるから問題ない」
「なるほど、じゃあ魔法少女が俺たちよりも強かった場合は?」
「ーー考えにくい事例だが、その場合は逃げを選択する。俺もまだ直接魔法少女とは戦ったことはないが、正直動画なんかを見ただけだと勝てると思ってはいるが……」
確実ではないため、逃げる選択肢を常に念頭に置いて行動しなければいけない。魔法生物の捕獲も魔法少女の捕獲も、今の所拘束して俺の影の中に沈めるしかない。
「まあ、明後日だろ?大体流れ自体はわかってるし、戦闘にかける時間も大して長くなさそうだし」
猫舌のためふうふうとスープを冷まして口にいれ、それでも熱かったのか顔を強くしかめるとサイガは軽く首を振った。そうだな、と俺は小さく呟いた。作戦と言うのは所詮こうだったらいいな、というものであり、それに固執してしまってはならない。あくまでも第一とすべしは現場なのだ。
「まだ、俺自身は魔法少女と直接に戦闘をしたことがないんだよな、なんだかんだ言って」
「そうだっけか?」
「ああ。だからこそ、心から安心して明日の戦闘に挑むことができないんだよ」
「バッカだな、お前……本気を出せば上級戦闘員たちだって、魔法少女は数人がかりなら抑え込むことができんだよ。あえてそうしなかったのは、ラグナロクはそういう組織だからだ。違うか?」
「ああ、そうだな。お前たちにはすまないと思っているんだーー私のわがままに付き合わせてしまって」
俺が負ければーー俺が負けた瞬間、魔法少女という存在はこの世界をどんどんと侵食し続け、いずれこの愛おしい世界を呑み込んでしまう。それをさせないためにも、やるべきことはーー。
「ナルヴィ。明日は勝つぞ」
「おいおい、冗談極めすぎて頭イカれちまったんじゃねえだろうな?俺たちが負けるなんてあり得ないんだよ。情けないこと言ってんじゃねえぞ、あんなゴミ共相手によぉ」
口は悪いが、ちょっと顔を赤くしてそう発言しているあたり、慰めも含まれているんだろう。そうだな、と一つ頷いて、明日に向けて寝よう、と早々に布団に入った。
「おぁよーざいあーす……」
「どうしたのかしらいつも元気のいい犬っころが」
「うるせーチチ女。邪魔だどっか行ってろ」
二人して起きるのが遅かったため、朝食を親切にも合鍵を持っていたシギュンが作ってくれたのである。そう、他でもないシギュンが。そして他ならぬ親切により、気合を入れる日でもあるから量は多い方が良かろう、と気を利かせてたっぷりの、微妙な味の、朝食が出来上がったわけである。しかもよりによって、洋食ならばケチャップをかけるなどして誤魔化せたものを、和食。
なまじ俺もナルヴィもシギュンが頑張って作ったことを察せるだけに、黙ってそれを口に運ぶしかなかった。半端な優しさは、自分の仇になって返ってくることを身をもって知らされたわけだ。正直に言えば俺は途中から味覚を遮断していたのでキツさはナルヴィの方が上だろう。
「……鍵の場所を変えるか?」
「検討しろ。今後あれが続いたら、俺たちは体を壊す」
「軟弱ねえ、男って。毒耐性完璧なんだから、せめてこの味覚を楽しむくらいしなさいよ」
ヴェローナはそう言いながら危険度の高い鳥刺しを一人でパクパク食べている。朝から食うもんでもないんじゃあ、と思った瞬間、カショ!といういい音と共にビールをぐいぐいと飲み干した。
「っぷぁあーーーー!やっぱ土曜の朝から飲む酒は格別ね!」
「うるせえ乳女……脳天に響く……」
ナルヴィが倒れている間に戦闘前の確認をしておくか、と持ち物を取り出し始める。映像の手配も完璧だ。ついでに、野外のモニターとほぼ同時に各種動画サイトへのUPについても問題なく行われる手筈になっている。もし仮に何か非常事態が起こった場合、俺の方へとメッセージが届くようになっている。
振動する機械が入ったチョーカーを首元を緩め、再度バッテリーの残量、動作確認などを行なっていく。ついで、影から取り出した刀を再度確認する。そして衣装についても替えを一揃い増やし、武器が壊れた際に使う武器なども確認しておく。
「うん、これで一通り確認は終わった。ナルヴィの方はどうだ?」
「あ?俺は問題ねーよ。昼前には腹減るくらいだし、不死身だってんならおやつ代わりに半分くらい、いいだろ?」
「まあ、私としては構わないが、そもそも食えるものじゃなかった場合に困る。少しくらいは腹に何か入れておけよ?」
マスコットを食うつもりでいるナルヴィにやれやれと息を吐きながら、俺は時計を見て立ち上がった。
「時間だ。行くぞ」
「ぅーい」
締まらない掛け声と共に、俺たちはその場を後にした。もちろん、魔法の力は使えない以上、移動は社用車を中心としたものとなる。ぶっちゃけて言えば車での移動、かなり制限が多い。混雑している道だと行けないし、時間通りに行かないことの方がかなり多い。
黒の高級車、その後部座席は広く足をゆっくりと伸ばせる仕様になっている。置かれている食べ物にナルヴィは手を伸ばし、俺はドリンクのボトルを手に取った。以前は酒を用意しようとした人員がいたのだが、緊急の事態に対応することが多いからノンアルコールか水で頼む、と言ったところ高い水になったらしい。俺たちだけしか使うことのない車らしいので、大したお値段ではないと言い張っていたが、そのへんどうなんだろうな。経理からは全く何も言われないのが恐ろしい。
「総帥、今回のターゲットの写真って持ってるか?正直コスプレとかもいそうだからもう一度見ておきたいんだが」
「ああ、魔法少女フィロソフィーかね?少し待てーー」
とは言っても頻繁に自撮りを上げている女だから、非常に見つけやすい。今日も今日とていっぱいSNSに自撮りを晒している。
「ほら、これだ。くれぐれも一般人に殴りかかるなよ?」
「殴んない殴んない。総帥が攻撃する相手を攻撃するし、なんなら俺はマスコット狙いだからな」
画面に写っている少女は、重たそうなふさかざりの付いた大きい帽子を小さな頭に乗せ、可愛らしい垂れ目、控えめなそばかすに、白い肌、そして幼い顔立ちをしている。また髪はゆめかわいいという言葉が似合うようなパステルカラーで構成されており、薄い水色、淡いピンク色、そしてクリーム色の三色でふんわりと編み込みをしている。原宿のわたあめかお前はと言いたくなるような色の髪の下は、レースやフリルはついているものの、意外にも大人しめの魔法使いといった紺色系統でまとめられている。とはいえ、それどうやって支えてるの?と言いたくなるような重力に逆らうデザインなのは間違いないが。
「はえー、目ェ痛くなりそうだな。これよく落ちねえよなあホント。戦闘中に引っ張ったらおっぱい丸出しにできねえの?」
「一度それを狙った不届きな民間人がいたようだが、衣装の下は謎の光に包まれて撮影すらできなかったらしい」
「ふーん、もしかしたらそれも認識阻害の効果なのかもな。俺たちならいけるんじゃね?」
「試そうとするな。元の顔はこれだ、逃げたとしても捕まえられるようにしておけよ」
一重のちょっと吊り目で、そばかすは変わらないものの、肌はやや浅黒い。髪はふわふわのふの字も感じられないほどまっすぐで、工夫してカットしているようだが面白いほどにこけし、という言葉しか出てこない。よく見てみれば脚の細さ、肩幅、ありとあらゆるところにコンプレックスを抱えていて、それを全て解消しようとして変身したのだなあ、と思うと愛おしさすら溢れてくる気がする。
「……別人じゃん。こんなんおぼえらんねーって、モブだぞこんな顔どこにでもいるし」
「だからだとも、彼女が変身しようと思った理由はそこかもしれない。ただ、洗脳されている可能性もある。私は彼女のことは可愛らしいと思うがね、愚かでみっともなくて実に人間らしい」
「俺、自分のことかなり辛口だと思ってたけど、総帥の方がよっぽど残酷だよな……」
黙れという意味を込めて睨もうと思ったが、どうやらそこで目的地に着いたようだ。車が並ぶ中、窓をほんの少しだけ開けて俺と、それからナルヴィを沈めた影が滑り落ちた。窓はすぐに閉まり、俺とナルヴィは壁を伝って目的の場所まで天井を伝って移動し始めた。ナルヴィも顔に仮面をつけており、二人とも怪しさ抜群なため、移動には心底気を使って動き始めた。
『良いこのみんなー!魔法少女、知ってますか?』
「知ってる!」「魔法少女リオン好き!」「魔法少女あくま☆でびるー!」「フィーたん好きだあああ!」「うおおおおお!」「昨日の自撮り可愛かったぞ!」
良い子の歓声というには少々不釣り合いな野太い声も入りながら、魔法少女フィロソフィーは自己紹介を始める。そしてちょうど話題が悪の組織ラグナロクに移り変わった。
『魔法少女たちは日夜、悪の組織ラグナロクと戦っているのです!ーーあれ?なんだか、様子がおかしい……みんな気をつけて、悪の組織ラグナロクの気配がするのです!』
すっかり見入っている聴衆の背後から俺たちは姿を現した。雑なキャラ付け語尾にちょっと笑みを漏らしながら、俺はパチパチ、と拍手を大きく鳴らした。一つだけのそれはよく響き渡り、ついで俺は声を大きく張り上げる。
「よくぞ見破ったな、魔法少女フィロソフィー」
バルコニーから見ていた聴衆が、一気に俺たちの方を見る。さっきまでいなかったよな、という視線で。
え、という声が彼女から漏れたような気がしたが、少し道を開けるようハンドサインを出すと避けてくれた聴衆の間をずんずんと歩み寄っていく。そしてバルコニーの手すりの上に飛び乗った。危ない、という声が聴衆から漏れたが、どうやら仕込みだと思っているのだろう、皆が興味津々で俺の方へと視線を向けている。
「私こそが何を隠そう、悪の組織ラグナロク……その総帥であるロキである」
尊大に、そしてあくまでも傲慢そうに、俺はそう言い放ってニヤリと口をねじ曲げるように笑った。彼女は警戒した表情をしているが、俺は隣に立っているナルヴィの方を見る。
「そして、今日この時が君達が私を殺せる最後のチャンスだった」
手を掲げ、軽く中指と親指をあわせて勢いよく鳴らした。次の瞬間、ざわめきがあちこちから沸き上がる。誰だ、今俺たちはバルコニーにいたんじゃ、俺は誰の手を握ってたんだ、等々。そのざわめきは大きなうねりにとってかわる。
人々が好き勝手に喋りだしたら、自分の言葉を伝えるべくもっと大きな声で喋り始める。それはまあ、常識のようなものだ。次々と局所的なパニックが起こる中、魔法少女は今だステージの上に取り残されるように立ちすくんでいた。状況が理解できていない、そんなふうに。
バルコニーの欄干から勢いよく飛び降り、民衆の隙間を通り抜けるようにして彼女の目の前まで歩いていく。緊張した表情に思わず心からの笑みが漏れーー怯えたような表情にちょっと傷ついた。ただ人が好きなだけなのに。ぐすん。
「そして魔法少女……君はどうやら認識阻害の対象外のようだな。私の言葉を理解しているようだ」
「何が目的?虐殺かしら。私がいる限り、そんなことはさせないわよ」
片手に持っているきらきらしいステッキを突きつけながら彼女は不敵に笑って見せるが、正直正義の味方ごっこについてはいただけない。だって、俺の好きな世界を守るためと口にしているのだ、お前たちは守る側ではなく、壊すほうだというのに。そんなのちゃんちゃらおかしい。そこいらのDV男よりよっぽど二面性がある。
「うん?ああ、虐殺、虐殺ねえ。いかにも素人が好みそうな展開ではあるが……あいにく私は虐殺と言う行為にたいして美しさを見いだしたことはないんだ。悪の組織ラグナロクは、そんな美しくない行為はすることはない」
「あんたの、目的はなに?こんなことをして……いったい何がしたいの!?!?」
「何がしたいか、か。その問いに私はこう返そうーーお前たちこそ一体何がしたいんだ?魔法少女がこの世界に生まれたのはラグナロクができる二年前ーーつまり、辻褄が合わんのだよ」
「だから何よ?きっと魔法界の人があなたたちみたいなクズが生まれてくることを予見して、わたしたちをこの世界に生み出したに決まってるわ」
「そうかね?働き蟻は必ず一定数でサボる者が出てくる。彼らを取り除いたとしても、また一定の割合がサボるという具合だそうだ。今はそれがただ私たちの番だという話なのだよ、魔法少女くん。ーーさあ、睦言を交わすのはこのくらいでいいかね?」
睦言、と呟いた少女が一拍遅れて顔を赤らめるが、直後響き渡った「やめるでスゥ!」という高音に顔を青ざめさせた。