魔法少女フィロソフィー①
魔法少女フィロソフィー。その正体は、千葉県に在住する和田 敏子という少女である。変身前は野暮ったい丸メガネをかけていて、思春期特有のニキビに悩んでおり、またネットでの配信活動もコッソリと両親に隠れて行っていたりと承認欲求は割と高い方である。
で、彼女は魔法少女をやるにあたってアカウントを開設し、魔法少女になると一変するルックスを生かして配信などを行い、人気インフルエンサーのような立ち位置を確保していた。
まあここまでは正体を掴んであれこれ調べれば一発で出てきてしまう情報なのだが、問題は彼女が魔法少女を始めたきっかけがどうなのか、という話である。洗脳か、言葉による説得なのか。このどっちであるかで俺たちは対応を変えなくてはならないーーゆえにユミールからの魔法少女誘拐のお願いである。
「いやあ総帥と一緒にだなんて!光栄です!」
目立たない外見で、ごく普通の一般人にしか見えない男が笑いながら俺の肩を叩いてきた。彼は今まで数人の人間を殺めたことがある。もちろん致し方ない状況であった、というのも付け加えておくが、彼が今後生きる上でどうしても人殺し、ということはどこへ行こうとついてまわる。
しかしこの悪の組織では誰が何をしたとしても関係無いーーただ組織に忠実でありさえすれば、世間一般的にも問題なく生きることができる。
「すまないな、急に映像技術を持った人間を集めてしまって」
「いえ、総帥の組織ですからね、ここは。あなたの思うようにしても宜しいんですから、なんでもお言付けください。して、今日はいかがされましたか?」
急に映像技術、CG技術、デザイン、脚本に造詣のある人間を呼びつけたのは、とあるムービーを撮影するためだ。
「君たちには、プロモーションビデオを撮影してもらいたいと思ってな」
「プロモ……え?はい?」
「悪の組織ラグナロクの、プロモーションビデオだ。もちろん求人が目的ではないから、悪の組織という面を押し出したという形にはなるが、とびっきり悪そうに撮影してもらいたいのだよ」
「わ、悪そうに、ですか?え、ええと、少しお待ちを。次の作戦で流す、というおつもりでよろしいので?」
「ああ。動画サイトのチャンネル開設も同時に行い、あちこちで多発テロ的に流すだけの動画になってしまうが……」
「い、いえ!!」
そこで目をキラキラと輝かせた女性が割り込んでくる。食べていないんじゃないかと思うほどやせぎすの彼女は、「総帥のお披露目ってことですよね!?じゃあ豪華にしないと!」と鼻息を荒くしている。そんなに興奮しては倒れてしまうんじゃないか、というところで、彼女の体調を見ているのであろう青年が肩に手をかけてゆっくりと人垣の後ろへ引きずり込んでいった。
「総帥の、ラグナロクの総帥のお披露目ですもんね。そう考えたら、結構いいPV撮れそうかも?」
「とりあえず玉座の間なんてどうだ?あそこなら幹部全員が並んだら、見栄えがするだろ」
「でも、暗闇にソファーだけおいて、あえてスポットライトで強く照らし出すのもいいと思うのよ」
わいわいと騒いでいる彼らに対して、「あくまでこれは急ぎになってしまうんだ」と伝える。急遽こんな形で公の場に出ることになるとは思っていなかったので緊張してもいるのだが、彼らは「問題ありませんよ」と答えた。
「今までの会社に比べれば、断然良いです」
「そうそう。給料もほんと、スズメも泣いちゃうくらいですし」
場が落ち着いたところで、期限についてはしっかりと日曜日まで、ということで切っておいた。撮影については夕方からであればいつでも協力できる、というふうに伝え、それから案が決まった際にはすぐに伝えるように、と言い置いてもう一つ、被服部署へと足を向けた。
「私だがーー」
「総帥!いらしたのですね」
「頼んだものはできているか?」
「ええ、ええ!問題なくできておりますとも」
俺が以前頼んでいたのは、俺が戦闘に出る際に着るための衣装である。衣装とは言っても、動きやすさそのほか諸々に対処し、また豪華さを失わないようなものを頼んだ。今の衣装は動きやすさより見栄えを重視したものであり、正直動きにくい。
「衣装の可動性ですが、縫製前の段階で部分部分に伸縮性のある生地を使用することで可動性をしっかりと確保しました。全ての軍服と同一の防火・防刃・防弾仕様で、寒暖差についても比較的感じにくいよう、内部のシャツで調整できるようにしておきました。また、総帥の変身後ですが……」
「ああ、そちらは気にしなくても良い。私の変身については、大して姿は変わらないからな。仮面についてはどうだ?」
「そちらの箱の中になります。総帥のお顔に合いますかどうかは少し分かりませんが……」
「問題ないとも。そもそも採寸というものは私についてはかなり意味のない行動になってしまうからな」
「被服科としては、少々面目の立たないことではありますがね……」
「いや、服についてはデザインをしてくれるだけで感謝しているんだ。最高幹部たちは揃いも揃ってワガママなのに、被覆のセンスも一切ないからな」
俺はそう言って、服一式を手に取り着替えを始める。仮面に関しても一度外し、それから新しいものを装着する。シャツの袖に腕を通し、ズボンを履く。これだけではただの社会人だが、ズボンの上から黒革のかっちりした脛丈の軍靴、それから丈の長い上着を身に付ける。そして体の片側のみを覆う黒いマントは、裏地に赤を使用しており、またマント表面にも綺麗な刺繍を金糸で行っている。細かい装飾品をつけ終わると、俺は影を少しタン、と足で踏んだ。そこからぬるり、と剣が一本出現する。
「ーーなかなかいいんじゃないか?」
最後に軍帽をかぶることで完成だ。マントも以前より短くなっているが、非常に動きやすい感じを残しながら偉いことがわかりやすい豪華さがある。
「総帥、いかがですか?」
「ああ、サイズもちょうどいい。少し動けるかどうか、試しても?」
「はい、宜しいですとも!替えも何着かご用意がございますから、汚したり、破れたりしても問題ございませんよ」
「すまんな」
その服を着たまま部屋を出て俺が向かったのは、修練場だ。ここは正直に言えば名ばかりの施設であるーーというのも、修練をするのは限られた人間だけだ。肉体的にはユミールの改造手術を受けた時点で、もう一度手術を受けるしか方法がない。つまり、肉体に慣れさえすれば戦闘能力は飛躍的に跳ね上がる。
とはいえ、中には肉体を鍛えるに飽き足らず、その技術を磨こうとする者も多くいる。俺から強制することはすることは一切ないため、戦闘に従事しているものでも真面目か、戦闘狂しか使うことはない。
「む!?総帥ではないですかな!?」
「今日も精が出るな、オリガ」
オリガと呼ばれた女性は褐色に日焼けした肌を晒す短い丈の上着に、サスペンダーで吊った短パンといった変則的な服装である。彼女は戦闘班の中でもかなり真面目であり、加えて戦いに楽しみを見出しているタイプである。
「いえいえ、これが私の仕事でございますゆえ。それにしても総帥がいらっしゃるとは……ウルギもいいところを逃しましたな」
「ああ、ウルギは今日は来ていないのか?」
「彼女なら、さっき帰りましたよー、総帥」
もう一人オリガを見守っていたのか、隅からチャラそうな男が起き上がってくる。彼は眠たげな顔のままむにゃ、ともう一つ出そうになったあくびを噛み潰し、俺に笑顔を向けてきた。まあ、チャラそうに見えてかなりリスク管理がしっかり出来ているのは評価のできるポイントだろう。
「マツオカ、お前はどうだ?一戦やるか?」
「勘弁っす。俺、フツーに総帥には勝てる気しないんで」
「そうか?じゃあ、オリガはどうだ?」
彼女はキラキラと目を輝かせ、赤く染めているポニーテールが縦に揺れるほどに強く何度も頷いた。彼女は手につけていた手甲を再度確認すると、「いつでもどうぞ!」という大声を出して構えた。
「戦うのは久々なんだがな」
刀の鯉口を切り、鞘から刀を引き抜いた。鞘を影の中に落とすと、彼女に向けて走り出した。刀を構えて思ったことだが、かなり動きやすい。これなら戦闘においても邪魔な感じはなさそうだ。一息に振り下ろすが、それは勢いよく構えられた手甲に阻まれる。しかし俺は刀をその場に固定し、体を逆に振り上げた。両腕で構えてガラ空きの胴に直撃し、彼女はゲフ、と息を詰まらせて吐き出した。
「ゲホッ、ゲホゲホ!な、何を……」
普通にダメージがあることに驚いているが、俺は彼女の驚きの要因にようやく思い当たった。一般戦闘員同士が例え殴り合ったとしても彼らはダメージを負わない。怪人化では体が頑丈になり、痛みにやや鈍くなるため、俺から蹴りを入れられてダメージを負ったことに驚いたんだろう。
「ああ、そうか。オリガは知らなかったな、確かマツオカの方には一度見せたことがあった気がするが……」
「それが総帥の能力なんでしょうか!?」
「能力というか、単純に怪人化の深度が違うんだ」
怪人化というものは怪人化適性というものがある程度あり、それをそれぞれの体質に当てはめた上で成功率を引き上げた代物である。つまり、怪人適性がない人でもそこそこの能力は得られるくらいの代物だ。ただ、俺に関しては少し違う。
「一般戦闘員は怪人化深度が3〜4、上級戦闘員はおよそ5〜6だ。お前は確か6だったな、マツオカ」
「はい、まあそうっすね。オリガは5だったかな、と」
「まあ、5と6じゃ正直熟練度によりけりというところだが、俺は違う。現時点で到達できる最高地点の、10だ」
怪人化深度を上げれば上げるほど、元の人間の形状を保つことは難しくなる。現に俺も体を元に戻すまで一週間以上要した。
「10……それは私も受けることができるのでしょうか!?」
「できなくはない、だが……正直、おすすめはしないぞ?」
俺の姿は、成長するものではない。怪人化を解くことができるのならば、俺の成長は間違いなく13歳とかで止まっている。それを補って成長したように見せかけているだけ。今の俺の本体は、ゼリー状の生き物である。何を言ってるかわからないと思うが、擬態能力に長けている、と言ってもいい。
「舌、触覚、聴覚、味覚、そういうものを戻すのには一ヶ月……以上かかったと記憶している。怪人深度は大人しく、9までで留めておくのがいいと思うがね」
9までであれば、最低限人間の機能は残して改造してくれるはずだ。ユミール自身も怖くてできなかったんだ、と言いながら俺を改造したし、ヴェローナ、ユミール、シギュンは9でとどめていたはずだ。
「しかし、もう一度怪人化をしたい、か。……聞くが、戦闘員からはそういう要望はあるのか?」
「はい、結構ありますねー。まあ、魔法少女は一騎当千としても、彼女らがステッキを一振りすれば俺たち吹っ飛んじゃいますしね」
再度の怪人化。確かに、これをできれば……と思わなくもない。しかし、である。問題は、怪人かのエキスパートであるユミールは、これから忙しくなること間違いなしだ。
「少し、検討しておこう。怪人化となればユミールも関わってくる、私の一存では決められないからな」
「は、はい!お手合わせありがとうございました、ロキ総帥!」
諸々の調整を経て軍服は数日後、また届けられるそうだ。本当に俺にできないことをやってくれる者たちには頭が上がらないな、と思いながらユミールのところへ向かうことにした。
彼女の研究室は、実は組織のある場所からは簡単に行くことができないようになっている。最悪ラグナロクが瓦解したとしても、彼女のいる研究棟さえ残っていればまだやり直しがきくからだ。長い長い廊下を歩いた先の、ボイラー室。そこのハッチ部分を開けると、研究棟へとつながる足場が現れる。そこに乗ると自動的にスキャンされ、怪人化された者かどうかを判断することができ、入室許可が得られる。こうした手順を踏んで、ようやく足場は動き出す。
ちなみに足場に乗った際のスキャンで引っかかった場合は、両側から迫ってくる鉄の壁に押し潰される。過去一度だけ俺のスキャンに失敗した事例があり、体が不定形でよかった、と心底思ったものである。
「ユミールはいるか?」
「ロキ様ですね。ユミール様でしたら、研究室の方に」
入口の研究員にそのように言われて、俺は研究室へと足を踏み入れた。
「何だね、研究のしすぎというが肉体的に耐えられるよう改造は済んでいると何度も……おや?ロキじゃないか、どうしてこんなところに?」
「ああ、少し構成員からお願いが出てな。再度の怪人化を望むものが一定数いるようだ」
「欲張りだね、まあ、できなくもない。ただし、怪人化ってのは繊細で、しかも個人個人で怪人化の結果にムラがある。その原因は確実とは言えないがーー」
「結論だけ言ってくれ」
「ああ、まあ、そうね。底上げだけしたいなら、一般戦闘員の手術だけしてやるよ。ただ、戦闘員全体の改造を再度行うってんなら、話は別だ。私が過労死してしまうよ、研究に没頭したいというのに」
「ふむ……」
一般戦闘員の底上げ、か。
「それなら改造にあたって調査していた怪人化適性が高い者だけを改造するのはどうだ?」
「む?……確かに、それならいいかもな。底上げするにしても、適性が低ければ深度を深めたところで1か、それ以下にしかならない。であれば急遽適性の高い人間を集めて改造手術をしたほうが効率は良さそうだ。何にせよ……組織の内部でも格差が生まれることは否定できんが?」
「うん?ああ、それ自体は別にいいさ。俺はダメな子も、優秀な子も、俺を裏切る子でも、俺を信じる子でも、全員を愛しているからな」
気味の悪い男だよ全く、とユミールが吐き捨てて、まずいガムを飲み込んでしまったような顔をした。俺はニコニコ笑いながら、無表情な受付担当者が淹れてくれた、やけに色が濃い気がするコーヒーに口をつけた。
……苦ぇ。