極秘作戦②
『……と言う情報が上がってきておりますが、どうしますか?潜入しているため本拠地を潰すことは簡単だと思われますが』
すでに聞いたことのある作戦が伝わって来るのを電話越しに感じながら、桜木は優雅に微笑んだ。
「そうねえ、でも……本拠地を出る以上、何がしかの対策を残すと私は考えているわ。どう考えても、本拠地の方は罠でしょう。入った瞬間に襲われるのが目に見えている。狙うのなら、難易度の高いこちらには来ないだろうと思っている敵最高幹部たちの方。私たちの目的を見失ってはいけないわ、彼らは首をもがれたら動くことのできない生き物みたいなもの。禍根を絶たなければ見えない道筋もある」
『わかりました……では、人員を選定しておきますね』
「そう言うと思ってね、こちらで人員を選定しておいたわ。ここでどうしても息の根を止めておきたいからこその、完璧なチーム編成にしておいたわ。あまり多くても、指示が行き届かずまた相手にも勘付かれそうだと思って」
『桜木様……なんとお優しい……ありがとうございます、早速魔法少女各員にも参戦できるか確認をとり、そして……この世界から悪を無くしましょう』
電話が切れたのを見て、桜木は花々が美しく咲き誇る庭園で溜息を吐いた。車椅子の侍女が「どうかされましたか」と耳元で囁いたが、それにやわらかく微笑み返す。
「あなたも知っているでしょう?ラグナロクができる前、私は……壊れかけていた。この世界の悪とはなんなのかしらね」
「浅学非才のため、存じ上げません」
「あなたのきっぱりしたところ、私は好きよ?」
桜木はゆったりと、だが絡めとるようにその手を魔法少女たちに差し伸べていた。
「桜木にもスパイを通して情報が伝わったようだ。先ほど彼女から連絡が来たよ」
俺の影で覆い尽くされた作戦室は、一気に安堵の空気につつまれた。零部隊の一人、過去に情報のやり取りをしていたミヤハラが線の細いスーツ姿で変わらずのぺっと立っているのを見つけると、俺はミヤハラにちょっと、というふうに手招きをした。数人が反応したが、俺は「ミヤハラ」と軽く呼びかける。
「は、はい!伺います!!」
「そんなに慌てなくとも良い。少しお願いがあるんだが、構わんかね?」
「総帥がお望みなら、世界でも取ってきますよ。やりましょうか?」
「いやいや、そこまでの大きな望みではない。それはやりがいがありそうだが、やりたくなったら私自身で行うとしよう。君にお願いしたいのは作戦当日のスパイ要員の拿捕に関わるチームを君がリーダーとして作ってもらいたい」
「チーム、ですか。俺にできるとは思えませんが……」
「いいや、これに関してはそう難しくない。スパイをしている人間については当日までに『懐柔』するが、それができなかった人員に関しては穏当に連れて行こうと思っている。そのため、拿捕する零部隊の者は一室に集め、君には連絡係の顔の広さを利用して一人一人呼び出しをかけてもらおうと思っている。だから、君と顔が通っていて、なおかつもし当日備えとしてスパイをしていた者が魔法少女と入れ替わっていた場合、もしくは魔法少女であった場合……安全に拿捕できるくらいの改造深度の人間をつけたいと考えているからだ」
「ああ、それなら……心当たりありすぎますね。最近零部隊で深度を8まで深めたのは二人、そしてそことよく組んでいて能力のサポートがしやすいのも三人。全員私と知り合いですね」
「そうだ。加えて、ミヤハラは零部隊の中でも目立ちにくいから、スパイを連れ出して大きな騒ぎになることもない。実際には難しいこともあるだろうが、ミヤハラのことを信用しているから、任せたい。できるか?」
「戦闘に関しては、丸投げしますから……ちゃんと彼らにもご褒美やってくださいよ」
それにもちろんだとも、と大きく頷いた。彼もちょっと危険な任務であることがわかっているのだろう、少し緊張したような表情だ。
「この任務にはいざというときの保証ということがないから……もしかすると、エレベーターに乗っている間にお前が刺されてしまうかもしれない。だから、できうる限り安全マージンを取って戦うようにしてくれ」
「ええ、わかりました。ありがとうございます」
改造深度を上げておけばよかったかな、という想像をしているような顔をしているので、あまり上げても元々の姿に戻るのに苦慮するから、今は持っている力を研ぎ澄ますことの方がより重要だ、とも付け加えておいた。心を読まれた……と呆然としながら言われたために笑ったのは、仕方のないことだろう。
「零部隊には連絡が行き渡ったな。さて、次は……『懐柔』のフェーズだな」
ひっそり呟いたつもりの言葉は、存外に大きく響き渡った。
一心不乱にカタカタとキーボードの入力をしていると、背後からトントン、と肩を叩かれた。
「お疲れ様。そんなに一生懸命やっていては、体を壊してしまうだろう?少し休憩するといい」
「いえ……仕事ですから」
「いいや、これは別に今日終わらせなければいけない仕事ではないからゆっくりやればいいさ。遅れたら遅れたで、他の人もいる。出来上がるのが遅くとも、ミスがない方が喜ばれるからね」
「そういう……ものですか」
差し出されたコーヒーを手に取り、「私は紅茶派です」と呟いた。上司の男は「おっとすまない、覚えておこう」と言いながらまだ封を切っていなかったお茶を冷蔵庫から取り出して、ポイッと投げる。
「どうだい?居心地は」
「まあ……悪くはないです」
「それは良かった。私も最初は悪の組織なんて言うからちょっと面食らっていたんだが……大人になってから、大きな悪戯を仕掛けると言うのもなかなかに楽しいものだし、人を殺すわけじゃないって言うのもなかなかに気に入っているんだ。それに、給料も、時間もたくさんできた。家族との仲もだいぶ改善したよ」
「そうですか」
目の前の男の言葉に耳を傾ける必要はない。悪は悪だ、聞く必要もない言葉だ。
「それで、今日声をかけたのは、実は一つ頼みたい重要な仕事があるんだ」
「重要な、仕事……?」
「ああ、明日の午後に拿捕した魔法少女を総帥と共に護送してほしくてね。実は持ち回りで若手に担当させているんだが、それが急遽うちに回ってきたものでね」
魔法少女の、護送?
魔法少女は力を奪われることは知っていたが、魔法少女を護送とはどう言うことなのだろうか。魔法少女の力を奪うには、魔法少女を悪の存在へ堕とすしかない。そんな人間を護送するなんて……。
「魔法少女の処遇についてはきちんと聞いたことがなかったのですが……」
「ああ、そうだね。この際きっちり教えておいた方がいいね。魔法少女は、我々の敵であると同時に我々が守らねばならない人間だ。つまり、外来世界から来た寄生生物である魔法生物と引き剥がし、魔法少女でなくする。これが我々の仕事だ」
「寄生生物……?」
「まあ、詳しい話は総帥の方がご存じだろう」
不承不承ながらこくり、と頷くと上司は心配する必要はないさ、と朗らかに笑う。
「総帥はお優しいかただ、きっと話してみるのが良いことだろう」
翌日、指定された場所に夕日のさす中向かうと、そこには一人の男が立っていた。マントを着ているその人物は、自分が思っていたよりもずっと普通の人のようだった。目元はしっかりと仮面で覆われているものの、しかし、その口元が紳士的に微笑んでいるせいで、どこか歳を重ねた故の深みがある、ような気がする。ただ年齢がわかるかと問われれば否だろう。
「……あの、本日参りました、石川 ハナです。よろしくお願いします」
「ああ、イシカワか。タテバヤシから話は聞いているよ、魔法少女の護送についてはついてきてくれるだけで良いから。今回は現場に出ていない者に、魔法生物の恐ろしさを伝えるための機会だと思ってくれていい」
「恐ろしさ、ですか?魔法少女はただ単に対立しているだけですよね?」
「いいや、魔法少女と我々は対立などしていないとも。彼らも等しく人間であり、私の掲げる理想の世界には必要な者達だーーつまり、私は別段彼らを敵視してなどいないさ。むしろ、愛おしく思ってすらいるとも」
「では、なぜ魔法少女を排除しようと?」
「目的は一つーー彼女達を唆したものを、この世界から追い出すためだ」
おかしいとは思わなかったか?
そんな枕詞から始まった話の内容に、私は脳みそがひっくり返されるような衝撃を受けていた。
「奴らは精神的に未熟な少女や女性に大して望外の力を使うことができると謳いながら、実質的にはその生命力を削り取っている。こころの力を使っているなどと言ってはいるが、数年にわたり力を使われた者たちは生殖能力の著しい低下、また軒並み体内年齢の老化が見られており、推定される寿命は減少している。このまま奴らが増加していけば、間違いなく……世界は破滅するだろう」
「え……」
「だから、我々は我々の世界のために動いている。その主義主張が魔法少女とぶつかるのなら、存分に受け止め、そして優しく諭してやるのが愛というものだろう?」
くわんくわん、と揺れる視界を無理やり頭を振ることで覚醒させる。今聞いた話は忘れよう、そうでなければ私は……私は、一体何のためにここまで来たのだろうか?
護送する魔法少女は、目隠しされてはいたものの健康そうで、頬にもちゃんと赤みがあり手荒く扱われたような様子は見られない。エスコートするようにして手を引かれ、全員が車に乗り込んだ瞬間車内の窓は全て暗闇に包まれた。ギョッとしていると、総帥ロキは目元を覆っている仮面を少しだけ確認するように触った後で魔法少女の目元を覆っているマスクに手をかけた。
「すまないな、手荒に扱ってしまって」
「い……いえ……」
彼女ははあ、と息を吐いて、そして私にピタリと視線を当てた後、あ、と声を漏らした。
「石川さん……」
「んん?知り合いか?」
「え、は、え、いや、ひ、人違いでは……?」
声を絞り出してそう言ったものの、総帥の視線は重たくのしかかってくる……かと思えば、彼は軽く微笑んだ。
「スパイだろう?魔法少女側の組織の。知っているとも」
「え……?」
いつから、という気持ちがあったが、それ以上になぜ放置しているのか、という疑問符が頭を埋め尽くす。
「あの、どうして……」
「どうして?それは異なことを聞くな。作戦上必要だからに決まっているだろう」
「い、いや、そういうことは予想外の破綻を招きますから、できるだけ不確定要素を取り除いた上で臨むのが適正じゃないですか!」
「いいや?想定通りの世界なんて、実につまらないだろう。元から決まり切った世界がいいなら悪の組織を立ち上げて世界に盛大な悪戯を仕掛けてなどいない」
「つ、つまらない……?そんな理由で……」
「そんな理由だよ。私はこの世界をとても愛しているから、世界が退屈でつまらない物だと思ってほしくはないし、そして何よりこの世界を脅かそうとする者が許せない。簡単な理由だろう?」
「そんな……重たい理由で……」
軽く話しているが、それは世界を自分が面白くするし、外敵から守ってみせるという言葉だった。あまりにも重く、軽い宣言に戸惑いが隠せないでいると、魔法少女だった女の子が肩をぽん、と叩いた。
「あ、あの、元気出してください……私のせいで正体がバレたわけじゃなくて、よかったけど……」
「いえ、構いません……もとよりバレていたみたいですし。あの……それで、マスコットキャラの目的は何なのでしょう?」
「マスコットキャラに聞いてはみたものの、世界を救う、正義を体現するなどといった言動しか見られなかった。実際にはこの世界を植民地化するか、もしくは手軽なエネルギーリソースとして用いるかなどが最悪な想像だな」
ぶるり。
体が知らず知らずのうちに震える。しかし……こんなことを報告しても、頭が狂ったとか、洗脳されたとしか思われないだろう。こんな事実を知ってしまっては……。
「あの……石川さん。私、実は……もしかしたら、三十歳くらいまでしか生きられないらしくて」
これなんですけど、と一枚差し出されたさまざまな数値が書かれた測定結果にちょっと眩暈がする。基準値が横に書かれているのに、そのほとんどが赤く染まっていたりした。
「体が無理な代謝を繰り返しているから、髪が伸びるのも早かったらしいんです。……私、勝手に伸びてるからそんなの髪型変えやすくていいなとか、呑気で……死ぬなんて、思ってなかったし……」
でも、と震える声を抑えて彼女は明るく笑った。
「今、やめられてよかった。そう思うことにします」
「……一体、何年ほど、やっていたんです……?」
震える声でそう尋ねる。彼女は二年と三ヶ月、と細い声で答えた。
車を降りた彼女を見送ると、二人だけの車内に沈黙が降りる。
「飲み物は必要かね?」
「……いただきます」
冷えた紅茶のペットボトルを手渡されて、あれ、という疑問が顔に浮かんだ。
「紅茶派だと君の上司に聞いている」
「ああ……」
もう、逃げられないな、という気持ちの中、石川は小さく微笑みを唇に浮かべる。嫌な敗北ではなかった。
大幅改稿をする予定なので、一時的に完結済みにさせていただきます。
すみませんが、よろしくお願いします。
また、改稿版はカクヨムとの重複投稿の予定です。




