ナルヴィ③
「ふがッ!?」
「お、起きた。もう11時だぜ、流石に飯食わねーと。俺腹減って目覚ましたけど、お前はよく考えたら腹減らねえだろ。今冷蔵庫見たけどろくなもん残ってなかったし、飯食いに行こうぜ」
「あ、ああ……」
鼻をつままれてちぎるように引っ張られたので顔が歪んでいる気がするがと思いながら立ち上がり、窓ガラスに映った姿を見て問題ないことに安堵する。
「近くだったらジョリーか?ファミレス行くのも久しぶりだな。最近はずっと宅配だったし」
「今の時間だと宅配も碌なもんないだろうし、それだったらやっぱファミレスのがいいだろ?」
「ん、そうだな。じゃあ行くか」
歩いて10分ほどの場所にあるファミレスに向かいながら、手元の携帯に来ていたメッセージに目を通していく。美玲からは、『今日は友だちとご飯食べてくる』というメッセージ、そしてシギュンからは『明日は基地に顔を出していただけると幸いです』というメッセージがそれぞれ届いていた。美玲に至っては俺に連絡がないところを見るとまだ友人といるらしい。
「サイガ、今日俺泊まってっていいか?」
「おお、床でもいいか?」
「まあ構わんが……ベッドじゃなくてもソファーあるだろうが。まあ、最悪俺がベッドになってその上に寝ればいいんだけど」
「お前のそういうとこおもろくて好きだわ」
美玲に友人ができたのを嬉しく思いつつ、俺は『サイガの家に泊まるから、友達とゆっくり遊んでなさい』ということ、そしてシギュンには明日午後には向かうと連絡した。
「居酒屋でも俺がいれば行けたんじゃねーか?」
「やだよ、俺が行ったら絡まれちゃうだろうが。この忌々しいほど可愛い顔のせいで何度女の子に振られたか、お前にわかるか……!!」
「男には異様に好かれるのにな……かわいそうに……」
「お前も興味のねぇ人外に好かれてみればわかるんだよ!!」
「おお、それはなんとかわいそうな」
「殴るぞ」
そんな馬鹿な会話をしつつ入店すると、店の奥から「いらっしゃいませー」という高い声が飛んでくる。
「二名様ですか?」
「はい」
「こちらのお席へどうぞ」
ありがとうございます、と言いながら着席し、メニュー表をパラパラと捲っていく。美味しそうなものを次々とリストアップして店員さんを呼ぶと、もう決まったのかという顔をしつつ彼女はご注文をどうぞ、とメモを片手ににっこりと微笑んだ。
「えっと、ドリンクバーふたつとこのハンバーグステーキをデミグラスと和風おろし、単品で一つずつ、それから唐揚げを二人前。あとシーザーサラダ、エビとポテトのグラタン、若鶏の照り焼き定食と……お前なんだっけ?」
「ん?ああ、このチキンバターレモンのセットを一つ。定食の白米は大盛りにしてください。あと、いちごとブルーベリーのパフェもお願いします」
「は……はい……」
若干ひきつった笑みのまま下がっていく彼女に「あの、ほんとゆっくりでいいんで……」と声をかけ、俺たちは彼女に申し訳ない、と思いながらドリンクバーに向かう。
「しっかし、こんなに人がいねえとはな」
「いやー、仕方ないっしょ。もう夜11時だぜ?俺たちが来たってだけでも十分大事だし、結構料理も頼んじまったからしばらくは店員さん、忙しいかもな」
軽く言いながらいくつかのドリンクを混ぜていく手つきには迷いがない。
「なあ……なに混ぜてるんだ?」
「ん?紅茶と炭酸水とオレンジジュース、あとジンジャーエール」
「普通に美味そうなやつだな」
「俺が飲むんだぞ、そうに決まってんだろ。つか、お前こそこの時間からコーヒーかよ」
「ん?ああ、そうだな。普通はノンカフェインか……実際毒には抵抗性あるからな、飲んでも別に体はおかしくはならんし、いいかなと」
「マジか……やっぱ、コーヒーって飲めた方がモテるかな……」
「むしろその顔でコーヒー飲んでる方が、男からの好感度稼ぎそうだけどな。実際コーヒー苦くて飲めなぁいって言ってる女子より、かわいこぶってない方が素敵だろ?」
「いや、まあ一理あるけど……ってそれ俺が男からモテる前提じゃん!」
ゲラゲラと笑いながらテーブルに戻ると、店員さんがお待たせしましたぁ、と言いながらサラダをテーブルに置いていく。まだ料理が来るのは先だろう、と思いながらドリンクを飲みつつサラダを取り分けていると、入口の方から足音が複数聞こえる。
「六人……いや、七人だな。こんな夜に大人数とはねェ。……あ?」
「どうした、サイガ」
「妹ちゃんいるんだけど……?」
「あ゛?」
俺の笑顔のままドスの効いた声を吐き散らした瞬間に、入口の方が俄に騒がしくなる。
「お腹すいたねー。流石に時計がなかったからこんな時間だと思ってなかったよー」
「私も。ほんとにペコペコ、そのうち胃袋がブラックホールになって世界を飲み込む」
「まいまいがそう言ってるの、マジ冗談じゃないからね?つか、あーしファミレスよりもっと洒落たとこがよかったんだけど、犀川さん」
「しょ、しょうがないじゃないですかぁ〜……魔法少女協会は魔法少女支援に重きを置いてて、どっちかといえば勾留費用は私持ちなんですし、そんなこと言われても困ります……」
「おほほほほ、これだから庶民は仕方がないですわねぇ!ひとまず私がここのお支払いをいたしますわ!」
高笑いする声が聞こえてくる中、全員から「やったー!」という声が響く。
「こ、これで今月の食事費用が……ちょっとだけ浮く……」
「そ、そんなに大変なんですか?」
「騙されないで、水上さん。犀川は元々給料しっかりもらってる。実際使い果たしてるのは魔法少女関連グッズにだから、全然擁護できない」
「ななななな何を一体根拠にして言ってるのかわかりませんねっ」
「ほら。こうして動揺してるのがいい証拠」
ボソボソと言いながら理詰めで犀川という女性を追い詰めているようだーーという話を聞きつつ、俺はサラダを口に運んだ。
「魔法少女協会か。つまり、今関わるのは得策じゃねーんだよナ?七人のうち、一人以外は全て魔法少女ってことかよ」
「ああ、順当に考えればそうだな。しかし……七人か、見たことのない人間がいるはずだ。そいつが誰か、知りたいんだが」
「ん……」
すん、と鼻を鳴らしたサイガがはっとしたような顔で俺に顔を近づけてくる。
「男が一人、混ざってる」
「男ォ?なんでだよ、魔法少女は……いや、そうか。俺たちが勝手に魔法少女だと思い込んでただけで、魔法少女とは相手は別に言ってないな。確かにそうだ」
「だよなあ。多分あの、帽子かぶってるショートパンツの子だろうな。ただ、こっから見る限り振る舞いは本当に女性らしい感じだぜ?俺も鼻がなけりゃあ男とは気づかなかったくらいにはな」
「……つまり、女性と振る舞ってはいる……か。それはそれは、現状に問題を抱えていそうだな」
にや、と笑うとわっるい顔だな、と毒づかれるが俺は意に介さないでふん、と鼻を鳴らした。
「俺たちの目的にそぐわないのであれば別に関わる必要もない。しかし、この『私』は、困っている人を見過ごせるような人間ではないものでね」
「うーわ出たよ。一番人らしくないやつがよくいうぜ」
そう言いながら、サイガは立ち上がって飲み物を取りに行った。俺はついでにとコーヒーのおかわりを頼んでいたのだが、どうやら魔法少女の一人であるそのショートカットの人間がそこに現れたようで、サイガも若干うろたえつつジュースを入れていた。
……なんか長くないか?と思った瞬間、サイガは踵を返して戻ってくる。
「どうした?」
「いや……なんか……あのさあ。俺と同じくらいメチャクチャ顔がよかったんだけど、あの子……」
「は……?」
「なんか、目ェ垂れてておっきくて、唇ぷにぷにで、顔は握りつぶせそうなほどちっちゃいし肌も白くてほっぺバラ色で、めっちゃ美人……鼻から伝わってくる情報と目から入ってくる情報にこんなにバグが起きてるの、おかしいだろ……」
可愛いけど体はいまひとつだったな、と言いつつ彼は着席する。
「俺のコーヒーは?」
「忘れた」
「そんな……」
まあ自分で取りに行くか、と思い席を立った瞬間、入れ終わったのであろう少女(男)とちょうど行き違いになって、ぶつかってしまう。
グラスの転がる音が響き渡り、それから軽く悲鳴が上がったが、魔法少女たちはおしゃべりに夢中で気づくことはなかったようだ。
「ごめんなさい、不注意で……ああ、染みちゃってる」
「……」
あたふたとしているものの、結局服のシミは取れなさそうなのを見てちょっとガッカリしている彼女(男)に、俺は本当にすいません、と言いながら財布を手に取って「クリーニング代金になればいいんですが……」と言いながら一万円を差し出した。それに明らかに動揺したような顔をし、彼は困ったように眉を顰めた。
「……」
押し黙ったままだったのだがこれ以上黙っていてもらちがあかないと思ったのか悲鳴がやや低かったことに気づかれていると思ったのかは不明なものの、少し声変わりの途中のような掠れた声が喉から出てくる。
「あの、すいません。別に、お金をもらうことなんて……この服も、もうすぐ捨てられる予定だったんです。ぼ、僕が、……女みたいに見えるからって……」
「それで?」
俺は財布からもう一枚万札を取り出した。気分は若いホステスに貢ぐおっさんである。にこやかに笑いながら、その柔らかく、しかし確実に男になりつつある骨を感じる手に乗せた。
「服くらい、好きなものを買っていいんじゃないか?俺はその服、君に似合っていると思っているよ」
「……へ?」
「俺はね、思い切りわがままを言えない世界は嫌だなと思っているんだ。同時にこの世界はたまらなく好きだから、君がちょっとでもわがままを言えるように、ちょっとだけ背中を押してあげるだけだ。だから、気にしないで受け取りなさい」
彼女(男)は頬を若干染めながらそれを受け取ると、少しだけ頬を緩めた。
「あ、あの、僕……花園 一誠って言います。その、また……会えますか?」
「イッセーか。俺は水上 創。さっき気づいたんだけど、あそこにいるの俺の妹なんだ。できれば、お互い気まずいから内緒にしてくれるかな?」
「あ、はい!……全然似てないですね。は、ハジメさんは……すごく余裕があって、なんていうか大人っぽいし……」
「はは、ありがとう。服、汚しちゃって本当にごめんね」
軽く微笑み、そして手を振って見送ると、テーブルの上に載っているカップを手に取った。
「よっ、このスケコマシ」
「言ってろ、お前がモテるようになるためには必要な行動だぞ」
「時間戻して俺がぶつかったことにできねぇかな……」
「できるか、アホ」
コーヒーを淹れて戻ってくると、新しく料理が届いていた。店員さんはといえば、女子七人から呼び出されているようで注文を聞いている。
「私たちお腹が空いていますの。ですからすぐに提供していただきたいのですわ」
「は、はあ……」
と言う会話が繰り広げられていることを知って、店員さんには同情するしかない。俺は大きく重たい息を吐きながら、店員さんを後でラグナロクにスカウトしようかな、と言う呟きすらもれたほどだった。すぐに店員さんは「申し訳ありませんが……」と言いながら料理の提供が遅れることを謝罪し、そしてすぐに厨房へと消えていった。
そして、会話の中で最終的に出た名前は以下の通り。
葛西 りあ、魔法少女リズベット。
夢森ゆめみ、魔法少女アルプ。
葛城 小夜、魔法少女ウェンズディ。
一条 遠乃、魔法少女カラミティア。
花園 一誠、魔法少女ポルカ。
そして水上 美玲、魔法少女イフリム。
もう一人その場にいた明らかに歳の上だった女性は花岡 ミライと名乗っており、魔法少女を支援する組織に所属していると名乗っていた。確かに未成年の子供ばかりが集まる場所に大人がいないのはまずいだろう。しかも、こんな深夜に。
彼らは今日は顔合わせのようだが、次からは組織の本拠地であるビルへきてほしい、と口にして去っていった。ビルの場所は桜木から聞いているため、特定するまでもないだろう。
「……お、お待たせしましたァ」
「あ、すいません。ありがとうございます」
ひび割れて取り繕うこともなくなったどんよりとした顔のまま出てきた女性は思い出したようにヒクリと頬を吊り上げたあとに料理を出してきた。お皿を一緒に下げてもらうと、俺たちは軽く全てを平らげ、最後にはパフェを二人でつつきながら今後どうするか、についてを色々と話していた。
「ってか、今の状況だと正直さあ、まずくね?お前」
「何が?」
「魔法少女の結託だよ。俺たちが対応できるにしろ、構成員が倒されちゃダメだろって思ってるんだけど?」
「あー、まあ、うん?そうだな。実際、魔法少女は一対一で倒すことが『簡単』なだけであって、お前たちが倒れることも割と考えて動いている。俺の計画の要点はあくまで、魔法少女自体を倒すことではなく魔法生物の駆逐、それに必要なサンプルと、簡単な舞台のみ。実際に俺たちがやることは魔法少女を世界から排除し、そして魔法生物自体がこの世界からの搾取を限界に感じて撤退するよう促すことだ」
そして、と俺は続ける。
「実際それに必要なのは、俺たちが魔法少女に対してある程度の対抗勢力を持っているにもかかわらず、それが組織の一部である、と思わせることさ。例えば敵対組織がいるとして、もしお前がそいつと戦うとした時その組織のトップしかお前を倒せないとしたら、どうする?」
「そりゃあお前、トップを狙うに決まってんだろ?」
「そう言うことだ。つまり、俺たちを倒すために、内部にもまだ大っぴらにしていない隙を仕掛ける。零部隊にしか今はまだ本当の目的を伝えるつもりもないが、そろそろお前たち最高幹部には話しておくべきだろう。明日にシギュンからの呼び出しがあったから、その時集まれる者には『絶対に』来るように、と伝えてある」
なるほどな、と言いながら彼の口に咥えられていたスプーンが上下する。お行儀が悪いぞ、と言いつつそれを引き抜くと、それを机の上に戻した。
「俺は一向に構わねえぞ。楽しい祭りになる、ってことだろ?」
大歓迎だぜ、祭りはよ、と言いながら肉を運ぶ顔の頼もしさと言ったら、もう両親を遥かに飛び越えてくる。
「頼りにしているとも、親友」
「しッ……親友とか言うなよ、そんな小っ恥ずかしい。せめて共犯者にしろ、アホ」
「それはいいのか?お前……」
「いーんだよ、それが始まりで、死ぬまで続くんだからさ」
にか、と笑った顔は全く少女らしくも見えないいたずら好きの少年という感じなのに、女子たちも男子たちも見る目がないな、と思ったのは俺の心の中にだけ秘めておくとしよう。




