妹たち①
水上美玲は、正義を騙る者である。
周りが見えていない者、と言っても間違いないかもしれないくらいには猪突猛進で、思い込んだら曲がらない。
まあ、そう言った点は俺にとって特にはマイナスにはたらかないし、むしろ好ましいという点でもある。しかし友人は極々少ない。俺が知る中で社会において最も生きにくい人間でもある。自分だけの正義を振りかざし、自分の意見に合わないものを苛烈に排除し、自身の価値観こそが絶対的なものだと見なして動く、そんな人間。
で、ここで本題である。
女子校育ちのねじ曲がった正義感から言うと、血のつながらない男女が同じ屋根の下で暮らすことは悪ーー仮に彼らが今までどれほど仲の良い兄妹だったとしても、だ。
クソ鳥は俺の思惑通り美玲にそれを伝えてくれたようで、俺がどこからそれを知ったのか、また俺がどうしてそれに気付いたのかも知らないままだから、おそらくDNA検査に乗り出すことだろう。それまではあくまで『疑い』だ。バラしたことは俺にとってはマイナス部分はないが、俺のことをどう思っているかで家に滞在する時間が異なるだろう。
「美玲のことは変わらず兄妹だと思ってるけど、正直血がつながってないとか、思ってなかったんだよな」
「ま、待って……お前それどうやって知ったん?マジで?」
サイガは話を聞いた直後はポカンとしていたが、やや取り乱しつつ前のめりになって上目遣いで見てくる。顔がいい。
「実は、その……まだ確定の話じゃないんだ」
そして携帯を取り出し、その画面に表示されている謎の人物からのダイレクトメッセージを見せる。まあ日置が乗っ取りをかけた元美玲のクラスメイトのアカウントらしいが、そこに表示されている画像には『99.9%親子関係ではない』と印字されたDNA検査の書類があった。どうやって手に入れたかはわからないが俺の両親とのDNA情報が記載されていた。
「……実際不可能ではないんだよ。俺の両親がいる県には地域の名士みたいな人がいて、その人の子供が美玲と揉めていたんだ。父親の会社には関係者もいたし、母親のパート先にももちろん関係者自体は入り込んでいただろうから……その、事実として不可能では無いんだよ」
「なるほどな、クソの親もまたクソってことかよだりィ話だな、おい」
ふうっと息を吐いて、俺のベッドへ頭を預けて唸る。クソ鳥も、ここまで聞いてそしてわずかに音を立てて去っていった。ぴくん、とサイガの肩が揺れる。
「……行ったな」
「ああ。まあ、衝撃的なお話だ。さてじゃあ種明かしと行こうーーこの書類自体は真っ赤な偽物だ。しかし、私はあくまで彼女との血のつながりはない、という調査結果を日置から受け取っている」
「……んぇ?」
今度こそ衝撃的だったようで、サイガが持ち上げかけたカップを滑らせかけるが、はっと意識を取り戻して掴み直す。俺のことを信じがたいものを見るような目でジト、と見つめるサイガは、眉根を寄せて「お前な……」と言ったが言葉が見つからないのかすっかり黙ってしまった。
「実際妹だとは今も思っているさ、安心してくれるといいとも。だがーー実際、俺の『妹』がどこの誰か、そこまでは聞いていない。どういう経緯でそうなったのか、日置本人から直接聞けるタイミングができたことだししっかりと聞いてくるよ」
「……なるほど、な。まあ今更そんなこと言われても、もうだいぶ家族だしな……でもお前自身この話をあの子に伝わるように話したってことは家から遠ざける目的があるんだろ?」
「まあ、そこはそうだろう?だってあくまで俺はーー」
「お兄ちゃん!」
突然背後のドアが弾けるように開いた。目元にはわずかに涙が浮かんでいるような雰囲気があるが、俺はあえてそれを無視する。平静を取り繕ったような表情のまま、にこやかに近づいた。
「ん?どうした、美玲?」
「……い、今……いや……なんでもない……」
「そう、か?何か具合が悪いんじゃ……」
立ち上がってその顔を覗き込もうとする瞬間、美玲の手がやんわりと、俺のことを、拒絶した。ぐっと押されてよろめいたあと、二、三歩下がる。
「ーーなんでも無いったら!!」
「そ、そう?じゃあ、また……後でな」
「ん……」
扉がゆっくりと、キィイ、と閉まる。俺は顔にはややかたさが残る笑みのまま、彼女を見送った。じっとりとした視線が向けられたままなのを思い出して胡散臭いその微笑みのまま振り返る。
「キモっ」
「ひどい言われようだ」
「マジなんだししゃーねーじゃん。んで、美玲を家から遠ざけて、お前はいつも通りの日常になるってわけか?」
「まあなあ。ぶっちゃけ、そんな長い期間葛藤し続けるような殊勝な性格でもあるまいし……実際、魔法少女はこの世界から無くなる概念だ。美玲もそう俺と年齢も変わらないしな、実際それなりに考えてある程度の年になってから家族とも離れるだろう。大体家族という概念自体、俺にとっては馬鹿馬鹿しいものだよ。俺は家族であろうが友人であろうがそれが如何な他人であろうが、愛して愛して愛し尽くす心算でいるというのに」
家族や友人という枠組み自体は理解できないわけではない。むしろ、素晴らしいことだとさえ思っている。だが、しかしそれはあくまで世間が決めたことだ。俺の決めたことではない。悪の総帥がそんなものに縛られて自らを語れなくなるのなら、そんな立場など捨てて隠居した方がいい。
水上美玲という少女は我々にしばらくおもちゃにされる運命が決定してしまったわけだが。
「お前も大概だなァ」
「仕方あるまい?性分だ。しかし、俺の両親はあれほど普通なのに俺のようなやつが生まれるとは災難だとは思わないかね?」
「ああ、大いに思うとも。だがーー実際、普通かどうかと聞かれるとな、いささかやばいとは思う。俺の家はやや事情が特殊にしろ、子供一人を置いて普通出張について行くってのはよ、どう考えてもおかしいんじゃあねえの?」
「まあ、そこはそうだな。俺もあまり強硬にここに残りたいと主張したわけでもないのに……とはいえ状況が順次移行してこうなったわけだからな……」
「ま、あんまり言ったところで流れに流れてこうなってるだけだしな。可能性自体はゼロに等しいよ、全くもってな」
その日は二人で部屋で残りの時間をくっちゃべって過ごし、妹が突撃してくることもなかった。サイガもかなり今回は快適そうにしていたし、かなりの効果を見込めたと言っていいだろう。そして、妹はその翌日とある知らせの書かれたチラシを持って帰ってきた。
随分と早いな、と思ったがアプリでも既に報告が上がっていて、美玲につつがなく個人の塾のチラシを渡せたらしい。
「塾か?成績は悪くないと思ってたんだがーー」
「お兄ちゃんには関係ないじゃん」
「なんだ反抗期か?イライラしてると顔に皺が」
「うっさい!」
バタンと扉を閉められて、俺は肩をすくめる。両親に電話をしたところ、通うのも問題なさそうだと言っていたため料金なども俺が心配することもないだろう。俺はすぐに妹に許可が出たよ、と部屋の外から声をかける。すると、ぼす、という鈍い音が扉の付近から聞こえてきた。おそらくだが枕を投げつけたりしたのだろう。かわいい。
「そうだった、俺、週末用事があって出かけるけど、留守番頼んでいいか?」
「勝手にすればいいじゃん!どうせーー」
兄妹でもないんだし、か?
俺は扉の外で溢れるような笑みを漏らす。面白いことに美玲の中ではわがままを聞いてくれ、自分を可愛がってくれるお兄ちゃんは血が繋がっていないだけで家族では無くなるらしい。血縁とはもちろん大事だが、それを超える絆だってあると思うんだがな、と考えつつ部屋へと戻り、そして扉を閉めた。
「ひぅっ……!!」
「よく来たな、日置。じゃ、デート、しようか?」
図体の大きな割にその態度は随分と小心者なその人物は、長く伸びた髪でしっかりと顔まわりを覆って現れた。もちろん陽の燦々と降りこぼれる公園の中、その巨躯はやや目立っていて動きも不審だ。深めにパーカーを被っており顔がますます見えないのも不審者ポイント加算点である。
「そ、そうすーー」
総帥なんて呼ばれてはたまらない、と手で口をふさいで耳元に囁きかける。
「今はハジメと呼ぶといい。じゃあ、まずどこに行こうか」
「はわわわわわわ」
にっこりと笑いかけただけでその顔は赤く染め上げられる。顔をしっかり手で覆いつつ、俺のことをチラリ、と見てくる。そして「スイーツを……おすすめの場所とか、あれば……」と小さな声で口にした。
「スイーツか。この近辺だとここがいいな」
「あ、そこ、俺も気になってたとこで……」
「じゃあ、そこにしよう。季節限定なんかもあったはずだ。確かブルーベリーと甘夏が今は旬だったはずだ」
半分こしようか、と笑いかけると日置はかくんと縦に一回首を振って、そのままでかい図体をちぢこめるようにし、俺の手をにぎったままのそのそと着いてきた。
俺もまあまあでかい方であるのだが、日置は二メートルを超えている。その割りに運動は一切できないポンコツで体力もあまりない。あまり歩くことがないため、いささか店は遠かったようだ。ちょっと息が荒くなっており、顔は赤くなっている。少し休憩するか、と立ち止まろうとすると、首をぶんぶん振ってもうちょっとだし、と粘ることを何度か繰り返して、可愛らしい見た目のスイーツ屋に到着した。
実はこのスイーツ屋、本日は貸切というか、営業時間を少し遅らせてもらって今は貸切状態になっている。裏口からこっそりと人が抜け出して行って表の看板をひっくり返したのがその証左である。これに関してはオーナーが以前、ラグナロクにお世話になったことのある店舗だったからできたことだ。まあ、ラグナロクも駆け出しの時だったため細々とした依頼も受けていて、補填分としてお金をお支払いしての時間限定貸切とはなるが。
「い、良いところだね……ひ、人があんまりいなくて……そ、その、ハジメ……さん」
「そうだな。本当なら夜に来られればよかったんだが……妹の件もあって都合がつくのがこの時間だけだったんだ。すまないな」
「い、いえいえいえいえそんな俺ごときがそんな……はわ……」
二人でメニューを覗き込んだが案外早く決まった。こういう時には限定メニューというものはありがたい。
「普段は割と混んでいるようだが、今日は運良く空いているみたいで助かったよ。さて、早速本題に入ろう」
「ーーはッ」
空気がピリ、と引き締まる。
「妹の入れ替わりの件だ。何かーー手がかりは見つけたか?」
「はい。当時御母堂が利用なさっていました、三枝木病院という場所ーーそこに、とある妊婦がもう一人、同時期に存在していました。そしてほとんど同時刻に出産を終えたーーほとんど一分差ですね。手術室の利用記録から見ても、何か手違いが起こる可能性は高かったでしょう。そして、もうひと方の患者の赤ん坊が、心肺停止状態に陥ったことが記録されています」
「心肺停止状態……待て、それはあくまでうちの妹の話では?そういう話を母親がしていた記憶があるし、そのせいで両親ともに美玲を甘やかしていたはずだが?」
「……その、大変申し上げにくいんですが、心肺停止したのは、今あなたの妹として近くにいる、美玲さんで間違い無いんです。つまり、そのーー」
日置はすう、と息を吸い込んだ。
「あなたの妹さんは、伊集院グループ会長の奥さんである伊集院 真琴が出産した後に心肺停止状態に陥り、それを隠蔽しようとした病院側によって入れ替えられていたんです」
なるほど、と俺は椅子の背もたれに寄りかかった。
「ーー伊集院、か。では本来の妹に会うことも難しいな」
「……そう、ですね。総帥としてはお会いすることもあるとは、思いますが……」
「いや、会えんのであれば、それでいい。しかしーーそうか、伊集院グループか」
伊集院グループといえば、少し前に外資系を飲み込んだほどすごい企業だし、何と言ってもその名前を出すだけで合コンではモテまくると言われるくらいには凄まじい。会社としては電子機器を作っている会社だが、近年ではアパレル、日用品などにも幅広く手を伸ばしている。一つの部門が潰れたとしてもそう簡単になくなることはない企業、所属さえしておけば一生安泰だというほどだ。
「しかしあまり似ていないと言われそうだがな」
周囲からよほど似ていない部分が多いのなら叩かれそうなものだがとそう口に出すと、日置は自らのスマホを俺にすっと差し出してくる。
「あの……実はですね、そういう声もあるにはあったみたいなんですけど……」
とある記事において、伊集院 光瑠の魅力に迫る!という記事が書かれており、そこにはスラリとした長身の、ややウェーブのかった長い髪をポニーテールにまとめた女性がテニスウェアでひんやりとした笑みを浮かべたまま写真に収まっていた。
「あの、そうす……いや、えと、ハジメ……さんと、顔が似ていらっしゃって」
下にスクロールしていくと、燦然と輝くような経歴が中学3年生にもかかわらず書き連ねられている。恐ろしいほどの人徳と美貌を備えた天才中学生、と書かれていて思わず日置を見てしまった。
「これは……盛りすぎだろう」
「その、実際通っている場所は女子校なのでかなり周りの生徒からは崇められてるようで、取材だけではちょっと信憑性には欠けますけど……この通り、実力で周りの声を黙らせているようです。母親は心肺停止の時に子供を産めない体になってしまったようで、兄弟はいない、との……」
なるほどな。
俺からしても、この人生絶頂のような彼女から何かを奪うような真似はしたくない。お互いに接触は極力避けるべきだろう。
「よし、俺から会いに行くことは絶対にしない。もし仮に妹が真実に行き着いて会いに来たとしても妹として迎え入れることはしない」
「い、いいんですか?」
「ああ、構わないさ。しかし両親も大変だ。なにしろこの俺と、そして完璧超人の妹ができてしまったんだからな、鳶が英雄と魔王を生み出した、とでも言うべきか?ふふ」
ここで一旦の結論を出したところで、ケーキセットが運ばれてくる。ブルーベリーのたっぷり乗ったタルトに加えて、甘夏が綺麗に並べられた生クリームのケーキ。香り高い紅茶だが、大きなポットで提供されている。
「わぁ……」
「ふふ、ごゆっくりどうぞ」
店の人の声がかかってびくーんッ、と日置の肩が跳ねる。
「あ、すいません」
「いや、気にしないでください。対人恐怖症がありまして」
「あ、そうなんですね。だからお店を貸切に」
「んぇッ?」
あちゃあ、と俺は額を覆った。
「……あれ?内緒でした?ご、ごめんなさい……ごゆっくり〜!」
かわいい店員さんはそのまま気まずそうな空気を笑顔で押し流すとささっと消えていった。もう、なんというか……台無しである。
「ご、ごごごごご、ごめんな……」
「いや、謝らなくていい。お前と楽しく過ごそうと思って、少しだけオープンの時間を遅らせてもらっただけなんだ。気にしないでくれ」
「は、はふぃ」
ろくに頭に入っていないようで、申し訳なさそうな顔をする。ちょっといたずら心を刺激されて俺は自分の分の甘夏のケーキにさく、とフォークを入れると「あーん」と言いながら差し出した。
「んぇ?あ、あの、あのあののああの」
「早く。口に入れないと、落ちてしまうから」
「は、はははははいッ」
むぐ、と口に入れてもきゅもきゅ咀嚼する。口元を隠してリスのようだ、と思った瞬間いやリスは違うか流石に、と冷静に突っ込む自分がいる。
「お、おいしぃれす」
「そうか、よかった。ここのケーキはぜひ食べて欲しかったんだ」
にこ、と笑うと今の言動を思い出したようにかあ、と真っ赤になる日置。うん、これはかわいい。
「よければ、ブルーベリーも一口食べたいな」
「あ!あげましゅ!」
「一口、だよ日置?」
「ふわわわわわ」
バグったような動きでフォークがタルトをざくん、と小気味いい音を立てつつ刺し、そしてブルーベリーの乗ったその塊を差し出してきた。服にクリームがつかないように身を乗り出してぱくりと口に入れる。甘酸っぱさとサクサクとした土台部分、実に美味しいタルトだと思いながら日置の顔を見ると、フォークを凝視していた。
「なんだ、食べないのか?」
「か、間接キス……」
「俺は気にしないが」
むしゃむしゃとケーキを食べ進める俺を見て観念したのか、フォークを使ってタルトを突き始める。ややその顔が赤くなっているのも、ご愛嬌というやつだろう。最後の方には紅茶を飲んで満足げな顔をしていただけだが。
「さてーー今日は助かったよ、日置。無理をさせたね」
とある件から対人恐怖症になってしまったというより、外出そのものが恐怖な彼にとってはいささかしんどい1日だっただろうがと心配していると、ぶんぶんと首を左右に振った。
「そ、総帥ーーじゃなかった、ハジメ、さんが一緒にいてくれたし……」
「いや、まず俺を理由にしてでも外に出られたことは素晴らしいことだ。もちろん日置は出かけなくとも最高であると俺は思っているがね」
「そ、そうは言っても……俺は、あんたのこと、好きだもん。零部隊に顔も出せない俺を、こんなふうに使ってくれて、いろんな世話もしてもらって、それに……こんなダメダメな俺の、俺自身のことを認めてくれてるんだから」
「勘違いしてはいけない。お前は決してダメではないよ、日置。たとえお前が一生絵を描かなかったとしても、俺はお前のことをかけがえの無い仲間だと思っているし、大切だとも思う」
だから、と俺は彼の背中に手を回す。
「お前はお前のしたいと思ったことをすればいい。何をするのも、お前の自由だ。何かをしたいと思うその時になったら、俺に言ってくれればそれを全面的に応援する」
「ん……うん……でも、今は、そうす……ハジメさんの役に立ちたいな……」
「そうか。なら、今はそれでいい」
手を外し、そして一歩離れる。
「迎えを呼んである。車内は完全に独立していて覗くこともできないようになっているから、安心して乗ってくれ」
「う、うん。ありがとね……総帥」
苦笑いしながら、俺は車に乗り込む大男を見送った。そして、その姿を見るに胸を痛めてしまう。
自殺間際も間際、俺が気付けたことが奇跡という他ない彼の立場は、凄まじいものだったのだから俺のこんな言葉くらいであればいくらでもかけてやるというものだ。
めちゃくちゃ期間空きました。
更新遅くてすいません。




