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ヴェローナ③

手元のスイッチを押し込んだ瞬間に、足元がぱッーーと消し飛んだような衝撃が全身を駆け抜け、気づいた瞬間には足元にあった地面にミシミシと音を立てて亀裂が入る。

「お、おおお?う、わ……すっげ、爆発ってやべーな……」

一瞬気を失っていたのかと周囲を見ると、万有引力の法則によりふわっ……という感覚が生まれる。というよりこれはただ落ちてるだけなんだけどな、と思いながら近くの瓦礫に影を引っ掛け、体をそこへ引き寄せる。それを何度か繰り返して、空中から瓦礫を見下ろせるような位置につく。


瓦礫自体は余程のことがない限り、壊れた時に周囲に飛び散らないように設計されているはずだ。そしてーーあとは俺がこの建物を飲み込めるかどうか。

実際飲み込むこと自体には成功してはいる。けれどずっとそうしっぱなし、というわけにはいかない。実際に飲み込んだ後には影の範囲が広がってしまうし、動く速度も遅く、重たくなる。俺の体も無限に何かを吸収できるわけではないし、そして無限に広げられるわけでもない。


しかし、一応理論上はできるーーというユミールによるお墨付き、また別で不法侵入して瓦礫の山を飲み込んで確かめた時には全く問題はなかった。一応これでも事前準備で必要なことだけはしている。が、しかし、それでもだ。

一気にこの量を瞬く間に飲み込めたかどうかになると、話は別だ。


覚悟を決めて、やるしかない。

足元からぶわ、と影を広げ、そして全ての瓦礫とはいかなくとも、ある程度大きさのあるものや見られたらヤバい部分に関して重点的に影を広げていく。そして飛び散らないように全体の瓦礫にまとまりを持たせる。地面に叩きつけられるまで、残り3秒くらいになると俺は勢いよく影を縮めていき、広げた影を縮め始める。


結果として砂埃はもうもうと立ち込めたものの、剥き出しの基礎の上に俺は立っていた。瓦礫を今のうちに影の中に詰め込んで、とせっせと飲み込み終えると、体が一段と重たくなったような気がする。

「ふぅ」


周りを取り囲んでいた警備員は唖然とした顔のまま、こちらを見ていた。一応人間の体の部分は衝撃がなるべく行かないようにしっかりときれいに包んでいたため、警備員からはいきなり爆発したと思ったら瓦礫を吸収し、その中から黒く巨大な球体が出現した、という具合に見えたはずだ。


でも包まないと型崩れしやすいのだ。正直体を再構成するのもかなり気を使うし、うっかりすると身長その他が異常に成長してしまうから、まだ難しい。

しっかりと地面に足がついたことを確認してから、土台部分に打ち込まれた杭があることを確認する。ここを手抜きしないんだったらまともにやっていればよかったのに、よりによって上層の部分の耐震強化をケチってしまったのだという。


上層はかなり無理をして飲み込んだから、もちろん体はめちゃくちゃ重たい。俺は人間の体に意識を戻すと、目の前の黒い壁を眺めつつ外に伸ばした影から周囲の囁きを拾い上げる。無論これに関しては演出も兼ねているので一旦ここで休憩だ。


「さてと、外はどうなってるか……お、警察も来たな。周囲の被害状況よし、軽症ですんでるな。ともあれ内部には人がいないこと自体は確認してるし……」

そこで、ポケットにいれていた(正確には影の中に入れていた)携帯が軽く震える。

「もしもし?」

『もしもし!?!?たすーー』


湿ったものを強く殴り付けた音と、悲鳴。電話の奥から怒号が響き、小さく舌打ちした音が聞こえた。俺は電話番号が九条シエラのものであることを確認してからその奥の音に耳をすませる。彼女に関しては、対策自体はもう打っている。九条シエラ自身で叩きつけた婚約破棄がよっぽどこたえたのだろう、バカにするなとでも怒号を吐きながら現在とっているホテルの部屋に連れ込むはずだ。無理やり犯してしまえばそんな反骨心すらなくすはずだ。


ーーとでも思っているんだろうな。今だもみ合う音が聞こえる中、俺は唇をぐにゃりとねじ曲げた。無理やり犯してしまえば、なんて独善欲の塊でとても愛おしいが、正直放置すればシエラの心が死ぬ。それはよろしくない……欲望はどちらかを侵害するものであれ、対等でなければならないのだ。折られての支配なんて、美しくない。


「かわいそうに。助けてやれ、ナルヴィ」

そう行った瞬間に獣の声が響き渡った。狼の姿で扉を蝶番ごとねじきり、激しい音がスピーカーから出てくる。

「……ナルヴィ?」

『あ、総帥。ションベン垂らしながら気絶したよ。情けない見た目だよなァ!けけけ、これ、写真データ九条センセに送れば相手を脅せるはずだぜ?』

「ああ、部屋は適当に荒らせ。それから例の写真も渡しておいたろう、存分にばらまけ。それから九条シエラを連れて窓かちわって逃げてこい。行けるか?」

『よゆーよゆー。強化ガラスもわけねーって』


何せ窓枠のが脆いからな、と笑いながらシエラを抱きかかえたようだ。きゃ、という小さい悲鳴が聞こえる。それから窓枠をガタガタやっていたが、しばらくしてメリメリという破壊音が聞こえてくる。

「では、私もそろそろ動くとしよう」

通話を切り、それから立ち上がる。外と中を隔てていた卵の殻を割るときだ。


ピキ、と球体にヒビが入り、外の光が中へと差し込んでくる。顔に仮面をつける。ちょっとした儀式のようなものだ、意識の切り替えになる。

影から拡声器を取り出し、ヒビの隙間に合うようにセットすると俺は息を吸い込んだ。


『ごきげんよう諸君ーー』


はじめまして、そして新たなる時代の幕開け。

そうしてこれは後々まで語り継がれる、死亡者を出さないテロ行為、ヒルトップビルディング爆破事件である。





******

シエラは目の前の男に改めて向き直る。顔立ちはそりゃあ悪くない、父親も金にものをいわせて美人な奥さんと結婚して、愛人を侍らせている。父親に関しても顔自体は悪くないーー代々この作業を繰り返しているからだ。

「そんなに見つめて、どうしーー」

びりびりと大気をたたく振動の音。ああ、来たーーと思った瞬間に唇が弧を描いた。

「婚約は解消しましょうか」

「な……ッ……」


絶句して、今にも目玉が飛び出しそうなほどに目を見開いている。恐ろしいほどの形相が、ぐるんとこっちを見る。

「爆破……したのか?」

「さあなんのことかしら?」

「……ふ、ふふ……いやあ、しかし爆破したとて瓦礫から手抜き工事は判明するだろう。バカなことを言って俺を困らせるのはやめてくれたまえよォ!」


ねちょねちょとしたリップノイズのかかるしゃべり方に背筋を震わせながら、シエラは艶然と微笑んだ。

「だからなあに?私はもう決めたのよ……何があってもあなたには屈しない」

「くゥウッ」

顔を怒りに真っ赤に染め上げると、シエラの腕を勢いよくつかみ、痛みに軽い悲鳴をあげたがもはや聞く耳すら持っていないらしい。どうせその頭のなかには殴れば言うことを聞くだとか、犯せば言うことを聞くだとかがあるんだろう。


でもーーそんなに怖くない。頼れる連絡先がある。片手に触れる携帯でワンタッチで呼び出せるようにしていた電話番号をプッシュしようとする。しかし指が震えている。なぜだろう、なにも怖くないと思ったはずなのに。

そうこうしているうちにエレベーターは最上階に到着する。無駄に広くて品のある部屋なのに、下世話な人間が使うのだ。


どうされるんだろう、と思った瞬間には指は通話ボタンを押していた。


ああ、違うんだ。

頼っていいことに安心したのではない、こんなクソ外道のゲス野郎に犯されたって目で見られることが嫌なのだと彼女は唇を噛んだ。

あいつにだけは、軽蔑の目で見られたくない。頼ることしかできないけれど、私はーー。


『もしもし』

声が流れた瞬間に叫び返した。

「もしもし!?!?たすけーー」

「なに助けを呼んでやがる!警察もなにもかもお前の敵だよバァアアアアアアアカ!言うことを大人しく聞いてりゃあ妻として大切にしてやったってのに!アァ!?!?」

拳を振り上げたのを見て、振り下ろされる、と思ったところにガードをする。けれど力の差は歴然。


腕の上から拳が降り注ぐ。

「なに防いでんだよォ!」

ぐにゃ、と手に力が入らない、いやーー折れたのだ、と理解する間に腹にきつい一発が入った。


息ができない。震える指先をスマホへと伸ばそうとして、踏みつけられる。革靴裏のラバーが皮膚に食い込み、指の関節がごきん、と外れる音がしておもわず悲鳴をあげる。


『かわいそうにーー助けてやれ、ナルヴィ』

その声が聞こえた瞬間、背後にあった扉がけたたましい音をあげる。みし、みし……と壁が揺れるような衝撃が走って、ついで勢いよく扉が吹き飛んだ。あっさりとロックがかかっているはずのそこを蝶番ごと弾き飛ばしたのだろう。たわんだ金属製の重い扉を踏み越えて、ナルヴィと呼ばれた()()()が部屋に入ってきた。


それは、白銀の体毛を持つ狼だった。

毛並みはつやつやと美しく、そして何より巨大だった。足は人の顔の大きさほどあり、その強靭そうな顎で噛みつかれた瞬間に身体は中央から分かれるだろうと思う程だ。

綺麗な狼だった。


「グルルルルルルル」

低い唸り声が響き渡った瞬間にはっと意識が戻る。ここは……日本だし、ホテルの中だ。そんな状況に狼がいるわけが……。


狼は広い部屋のなかに踏み込んできて、それから口を開いた。

「ヴァウッ!!!!」

狼は勢いよく諸菱へと飛びかかり、そして前足で勢いよく胸を押さえつける。恐怖におののく諸菱は情けない悲鳴を上げながら重たくのしかかった前足を掴もうとするが、力が入らないのか微動だにしない。長く黒々とした爪がぐ、とシャツに食い込むと諸菱の顔からざあッと血の気が引いていく。よだれがぽた、ぽたと諸菱の顔へと滴り落ちていき、高く掲げられた首がしなるとぐわぁッと口を大きく開け、噛みつくような動作をした。


そう、フリだった。


ただのその振りで諸菱は気絶した。尿の匂いが部屋中に充満し、そしてぴくぴくと痙攣しながら白目を剥いている。

「……あーあ」

狼はそう呟いた。狼が……?と思った瞬間には人型になっていた。毛皮がするするとなくなっていき、そしてきれいな真っ白い肌になる。柔らかく女の子とも見間違えるような細く柔らかな曲線を描く腰、そして可愛らしい顔立ち。先日見ていた顔だ、とかなりほっとした。

がさごそとベッド下を漁り、そこから着替えを取り出すと着始める。鍵も持っていないのにそんなところに隠しておけるかと思っていたが、もう何が起きても驚く気がしない。

なんだか疲れてしまって、近くにあったソファベッドに頭を預けると着替える様子をじっと見つめていた。視線に気付いたのか、彼はヒラヒラ、と手を振って、それから軽くいたずらっこみたいな表情で笑った。不思議とその顔は女の子ではなく、少年として見えた。


「センセー、あまりの男らしさに惚れちまったんじゃね?」

小さな声でささやかれた言葉。女みたいな顔のくせして笑わせんじゃないわよ、と言おうとしたけれど、言葉はうまく出てこない。涙がじんわりとにじんでくる。

けれどぐっとその涙を飲み込んだ。一滴くらいは垂れたかもしれないけれど、私は救われたのだ。それに、ただの荷物になる気は毛頭ない。だからーーせめて強がるくらいは許してほしい。


「バカね、10年早いわよ」

にやっ、と唇の端を釣り上げた。

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