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ヴェローナ①

「……それで、要件はなんでしょうか」

目の前でしおらしく頭を下げるヴェローナだが、彼女の頬は赤い。目は少し潤み、少し汗ばんでいるようでもある。俺は少し目をすがめ、そして大きく息を吐き出した。


「二時まで報告がなくどこで何をしているか調査すれば打ち上げをしていた部下のことを聞かされる、私の身にもなるんだな」

「てへっ☆」

わざとらしいウインクとぺろっと舌を出す、絶妙に人を煽るポーズだが彼女がやるとまあ様になるものだ。

「次それをやったら丸一日影に沈めるからな」

「すいませんでした。でも報告は済んでると思ったのよぉ……なんか出て来るって言ってた魔法少女も出てこなかったし、拍子抜けよねぇ」

「お?そうか、ついに対策を練り始めようとしているな。桜木とも連絡は取り合っているもののはっきりとした細かい動きまでは把握できないからな。しかし……」


桜木に任せておけば、潜入している構成員の素性もわかり、またありとあらゆる魔法少女の話が勝手にこちらへ流れてくるような状態だ。そしてこちら側からも、選んではいるが情報を流している。俺はあまり普段威圧感を持たせないように構成員のいるフロアには用事がない限り行かないようにしている。もちろん毎日上から下に降りていくとき通りすぎはするが。


ある程度情報が抜かれ始めている。そしてそれは俺にとってある意味僥倖でもある。


「魔法少女側が対策を始めたとするなら、計画の段階は次に進めそうだ」


俺たちラグナロクが悪として君臨し、宣戦布告とも取れる動画の配信を行った。

ならば魔法少女側も、俺たちに向けて宣戦布告を始められる段階だと判断したとき、桜木にはそういうことをするように、と通達してある。


果たしてどうかと調べ始めたネットニュースのトップには、でかでかと『魔法少女たちからの声明文』として載せられている。これが俺のところに伝わってこなかったのはーーいや、今更か。魔法少女の詳細を伝えてくるような人間はいない。なぜなら俺がなんでも知っているし、なんでも思い通りになっている人間だと考えているからだ。しかしその実俺は不完全で、予期せぬ事態には心が躍っていることを最高幹部しか知らないのだ。


そういう意味では最高幹部は俺と同等だろうな、と苦笑しつつテーブルの上にタブレットを置く。






ヴェローナと出会ったのは、中学の保健室だった。その時俺は()()()()()で保健室の横にあるカウンセリングルームに行くように指導されていて、そしてヴェローナ自身はその当時非常勤だったためにたまたま行き合ったのがきっかけだ。


「……なあにい、サボり?」

「違いますけど……もう放課後ですし」

「ふーん。でも保健室に来るなんて君、病弱だったりする?」

「カウンセリングの対象者なんです。でもまあ……あと数週間じゃないでしょうか?」


そ、という軽い返事と共に彼女はぼすんとベッドへ倒れ込んだ。その顔は何者をも寄せ付けないような雰囲気を纏っていて、俺は思わず声をかけた。

「お姉さんこそサボりですか?」

「やーね、あたしは非常勤だから別にいいのよ。保健室でゴロゴロしようが、どうせもう……」

「どうせもう?もしかして結婚でもするんですか?」


そう言った途端、誰から聞いたのかしらと小さくつぶやいて彼女は嫌そうな顔をする。俺は少し肩をすくめて、「非常勤の教師が首を切られる様な振る舞いをしていても見逃されているのは、もう仕事を辞めることが確定しているからでしょうし、女性ならほとんどその理由は結婚でしょうからね」と解き明かすと彼女は得心が言ったような顔をして俺からまた興味を失った。


「マリッジブルーにしては随分と嫌そうな顔してましたよね、周りから色々いわれて幸せかどうか不安になったような感じを受けないんですけど、どういう経緯で結婚することになったんです?」

「……あんたモテないわよ?」

「はは、そうですね。でもモテるかどうかってくだらないことじゃないですか」

「ーー全く生意気がすぎるガキね。もう寝てる気分じゃないわーー初対面のガキに何でもかんでも話すような人間だと思ったら大間違い」


おでこをピンッ、と綺麗な爪で弾かれた。すでにその頃には改造が済んでいて、俺はおでこを一瞬遅れて押さえてよろめいた、ふりをした。

「じゃーねクソガキ」


綺麗な金髪をゆらめかせながら、無気力に歩いていく。それがシエラーーヴェローナとの出会いだった。


次の月曜日にも彼女は保健室のベッドの上で保健医に文句を言われながらゴロゴロしていた。

「ったく……おっと、生徒の、ええー……確か水上君だったわよね」

「また、ですか?シエラ先生は」

「そうねえ、彼女もマリッジブルーなのよ。察してあげてね」

「マリッジブルー……」


とてもそうは見えないが、という言葉は飲み込んで、俺はにっこり笑う。彼女がいずれ話してくれる時が来るなら、それは今じゃあない。

それはきっと彼女がもっと追い詰められたとき。


「シエラ先生、誰と結婚するんです?」

「アラッ、興味あるのね!やっぱり男の子もコイバナは大好きなのかしら~」

「ちょっと木崎先生!」


本気で苛立っているシエラの声が飛んできたが、ちょっと鈍感というか、にぶいところがある木崎先生は何のその。相談室へ俺を案内しがてら、結婚相手を明かしてくれた。個人情報の保護などとは全く考えていないようでなによりである。

「シエラ先生ねえ、もともと小さな建設会社の社長令嬢だったんだけど、結婚相手は諸菱グループの御曹司、諸菱 大翔らしいわよ~!相手方のひとめぼれで、玉の輿よねえ。そのお陰でグループ傘下に入るから安泰だし!」

そうなんですかー、と俺はにこにこ笑った顔を崩さずに返事をしながら考えていた。恋人がいるようなら、まず間違いなく駆け落ちでもしていただろう気の強さだ。

それがあそこまでなにも言わず唯々諾々と従っている……うん、間違いなく何かある。なきゃおかしいレベルだ。


「シエラ先生が社長令嬢だなんて驚きました。いったいどこの会社なんですか?」

「ああ、そうよねえ。普段結構がさつなんだものね、女の子はやっぱりーー」

いらぬ説教じみた愚痴と共に情報を手に入れて、ようやく保健室から出た頃には夕方を過ぎる程だった。今から動いて眠れるか、と考えたが眠る必要はないかと思い直す。多少無理が聞く体になったのだから無理をしてもいいだろう。


数日して、寝不足もたたり少し体調が悪いな、と思いつつユミールにでも調整を頼むか思案していたところ、俺の目の前のカーテンを勢いよく引き開けた人物がいた。きれいな宝石も霞むだろうその美貌が、常日頃の余裕というか、気だるさを失って切迫していた。

奇しくもその表情は常より際立って美しく見えた。


「……寝てたのね。ちょうどいいわ」

「なにがーーゔッ!?」

肩を勢いよくベッドへと押し付けられ、みぞおちに肘がグッと食い込む。格闘技でもやってたな、と思うほど体の使い方がうまい、と舌を巻きつつ彼女の顔を見上げる。

「木崎は用事があって今日は保健室には来ないのよ。鍵が開いていたのは私がいるからーー多少これでも怪我の対処くらいはできるの。だから今私が鍵を閉めてしまえばあなたはここから逃げられない」

「……それで、あなたは一体何を俺にするつもりなんですか」

「決まってるじゃない。あなたと私がヤった、そういうことにするのよ。身持ちの悪い女をわざわざ引っ張り込む必要もないように、大々的にすっぱ抜くの」

「つまり結婚はしたくない、あなたに問題があるからできないようにするーーと、そういうことですか?シエラ先生」


彼女はそこでちょっとアテが外れたというような表情をした。

「……おかしなガキね、私とヤレるなんて言った瞬間に目の色変えて襲ってくるのが普通じゃなくって?」

「嫌だーーなんて言ったら?」

「首をくくってやるつもりでいるわ。出国なんてさせてもらえるほど甘くないのよ。ここに来るのも送迎付き、学校の外には見張り、逃げることなんてそうそうできないわ。好きに使えるのもスマホくらいかしらね」


なるほどな、と俺は笑う。

「よくわかったよ。あんたが逃げたいって気持ちもよくわかるーーどうせ録画でも自分で録ってるんだろ?うまいこと編集してネットにでもアップすれば、すぐに特定するやつが現れる。そしてあんたは懲戒免職にでもなって婚約破棄、それで万々歳……」

シエラの顔はぱあ、と明るくなった。俺は閉じていた目をうっすら開けて、ニヤリと笑う。


「……とでも思ったか?」

「えーー」

「相手はお前に監視までつけて執着している。ってことはこんなクソくだらねえ手で逃げ切るなんて、多分許してはくれないぞ?そしてそういうやつはどんな手でも使って黙らせてくるぞ」

シエラの体から力が抜けた。そこを逃さず俺は彼女の体を引き寄せてグルン、とひっくり返り、押し倒し返す。彼女の表情が絶望で満たされていくのにゾクゾクする。下半身に熱が集まるのを感じるが、ユミールときたらそんな機能も残しておいてくれていたのか、と呆れ混じりにため息を吐いた。


「にげーー逃げられないの?どうしてよ……ここまでやったのに……」

「いいや、最後の最後でお前は蜘蛛の糸をつかめているとも」

俺はゆっくりと覆いかぶさり、そしてその顔の間近でそう囁く。わずかに震えるような空気が伝わってくるが、俺はその場でどろり、と崩れ、ぼたぼたと溶け落ちて彼女の体を一息に飲み込んだ。ちょうど良いタイミングでもあったーー彼女の全ての事情が明らかになり、そして『悪の組織ラグナロク』の名前を大々的に広めるための案もできたのだから、この出会いに感謝しかない。


そういえば録画されてるんだったか?

部屋に影を広げ、稼働中のカメラを影に飲み込んだ。学校の監視カメラは保健室にはない。着替えたりする子もいるし、プライベートを守るために付けられていないのだ。

「さて、じゃあ自由のないお姫様を解き放つとしますかね」


俺は一人暮らしの家に到着すると、サイガのことを呼び出した。飯も作ったのに、とブツブツ言いつつ来てくれた彼に感謝しながら体の中からずるん、とシエラを取り出した。

「え……?え?な、何よこれ……」

「ウェえ!?シエラ先生じゃん!!何、俺バチくそタイプだったんだけど!?」

「な、何こいつ……」

わかりやすくドン引きするシエラだが、サイガの顔が良いことに気づくと露骨に表情が変わる。と言っても姉が妹に対するようなものだが。


「で、一体なんで私をここへ連れてきたわけ?大体あなた、本当に人間?」

「人間さ。とはいえ多少改造されてはいる。お前に正体を明かしたのは我々にとっても非常に都合が良かったから」

「我々……?あなた、一体何を言ってるの?」

打てば響くように、サイガーー否、ナルヴィがニヤリと笑った。いつもの不機嫌さを隠さないような表情や美少女のような微笑みともちがう、獰猛さを剥き出しにしたような笑い顔だ。

「とうとう、動き出すつもりか?たった四人だぞ?」

「構わない。始まりが何人であろうが、どうせ私達の実態は誰も知ることができないのだからな。それに、シエラ先生が提供してくれたこの千載一遇のチャンスを逃せば、次にセンセーショナルな出来事を起こせるタイミングがいつになるかわからないからな。これが悪の組織ラグナロクの作戦第一号になる」


シエラは事情を飲み込めていないようで視線をうろうろとさせているが、何か腹を決めたようで、一度深く目を閉じるとゆっくり見開いた。綺麗な瞳には剣呑な光が宿り、口元には不敵な笑みも浮かべている。体の震えはご愛嬌、というやつだ。

「ーー話を聞こうじゃないの、そのーーラグナロク、とやらのね」

間違ってシエラがシェーラになってました。原案だったのでうっかり…すいません。

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