遭遇事件③
大変遅くなりましたが一話上げます。
「で?なんでうちに連れて帰って来たわけ」
「だ、だって、帰るところがないって言うし……そ、そう!それにもう契約しちゃった!しょうがないよ、ね?」
「嘘だな」
「ヒェ!?う、嘘って、なんのこと?」
別に頬を舐めて嘘の味が……とかそういう話じゃない。普通に嘘がつけない人間なのだ、美玲は。嘘をつくことがとても悪いことだと思っているーーだからこいつに限って言えば、めちゃくちゃ嘘がわかりやすいのだ。
「美玲は元々、そのクソ鳥と契約していた。そうでもなければ辻褄が合わないんだよ」
「辻褄、って……何?」
キョトンとした顔にややがっくりと肩を落とすと、「論理的におかしい状況だってことだよ」と返した。
「美玲が俺のいない間に外出するとは思わない。結構出不精だし、それなりに方向音痴だ。んでもって、お前が出かけていないならばその鳥が勝手に入って来たことになるが……ここの窓はリビングにひとつだけ。割れたり、そうだな……その鳥がぶつかって汚れたりなんかしていたら、気づくに決まっている」
そして最後に、と俺はニコッと笑った。
「俺がいる間にそんな鳥がこの家に忍び込んできていたら、そいつはお前が来る前に外に放り出されていたに決まっている。つまり、最初からこの家にクソ鳥は連れ込まれていたってわけだ。何か反論は?」
「あ、ありません……」
顔を赤くしたままむすっとして黙り込んでしまったが、嘘を看破されると大体こうなる。
「さて、夕飯はどうする?ああ、言っておくがその鳥の面倒は見ないからね。それと、俺の部屋にその鳥入れたら何されても文句は言わないでくれるかな。あと、魔法少女になることは俺の目の届く範囲では禁止。命の危機とか、そう言うことが起こるなんてほぼあり得ないことだから」
「ちょ、ちょっと待ってよお兄ちゃん!魔法少女になっちゃダメって、どう言うこと?そんなのおかしいよ、お兄ちゃんってば!」
ぐい、と肩を引かれるが俺はそっとその手を振り解いた。
正義を実行するような美玲の心根、非常に人間らしいといえば人間らしいがその手段が実にいただけない。せめて魔法少女に関連してさえいなければ、と歯噛みするが、これも俺が正体を隠していたために零部隊の調査を送り込めなかった、俺にも責任がある。また東京外の地域においての魔法少女探査は、あまりに広範囲のために大都市を除いてうまくいかない傾向となっている。
いずれ他の支部にも顔を出したいもんだが……まあ、今の状況だと難しいか。
「じゃあ、怪我したり、死んだら自己責任になるとでも思ってるのか?もし大きな怪我をして、治ったからってまた戦いに駆り出されるような所じゃないか。それに今、魔法少女が突然消えてるのを知らないのか?」
「魔法少女が、突然……?」
「そうだ。最近だが、魔法少女フィロソフィー、そしてリリムが消えているらしい。クラスの詳しいやつが調べたんだが、魔法少女を悪の組織が誘拐する動画もまた出回ってる。つまり、お前がこういう活動をしてる限り、その危険が上昇するし、その鳥のせいで被害者が増えかねないって話だ」
これはするつもりのなかった話だが、ひとまずはこれで俺の目の前では変身したり、魔法を行使したりはなくなるだろう。それが重要なのだ。日常での魔法の使用を制限させること、そして魔法少女として狙われることを考えさせること。
「それに、もし魔法少女を拉致している勢力がいるとして、美玲の友達とか、父さん母さんが人質になる可能性もあるから、その可能性も考えなきゃいけない」
そう付け加えるとビックリしたような顔をして、それから深刻さを増したような表情でうなずく。
「……わかった……」
その言葉を言うと、彼女は完全に沈黙してしまった。目にはやや涙が見られたような気がしたが、俺は気にせず飯にするか、と明るく声をかけた。
元々飯の予定は八宝菜だったから、ご飯を炊いて、帰りしなに買ってきた魚の刺身を出す。野菜は確かそこまで好きじゃなさそうだったが……まあ食べられないなんてことはないだろ、と器に盛り付けて出した。その間に美玲は風呂で鳥を洗っていたらしく、一緒にお風呂まで済ませて来たらしい。ちょっぴり湿った髪をタオルに包みながら、ご飯の匂いに顔を緩めていた。
「いただきまーす!」
「いただきます。んで、引っ越しの荷物、いつ届くとか聞いてるか?」
「んん、まあ数日は届かないんじゃないかなー?東京からこっちだと、結構かかるみたいなことは言ってたよ」
「そうか。ーー待て!食卓にその鳥を置くな。ペットの序列はしっかりと守れ」
「ペットじゃないもん、家族だもん!う……ご、ごめん……でもご飯くらいは」
俺が家族と言い放った美玲を睨むと、彼女はしぶしぶながら食卓からおろしていく。ちなみにここまで鳥は発現していない。なんか喋れよ、と思わなくもないがしゃべった瞬間不愉快さが増しそうだからやめておこう。
正直イライラしてたまらないが、この鳥を追い出すことはできない。
早く。
早く対処しなければ。
「ああ、美玲。明日買い出しに出掛ける方がいいだろ?俺はバイトがあって行けないから、サイガと一緒に出掛けてきてくれるかな?あいつに案内役を頼んどくから」
「ええっ!?さ、斎賀さんが!?そ、そっかぁ……ふふっ、わかった……って待って、服とかメイク道具とか出さなきゃ!こんな適当な服じゃ……」
バタバタと自分の部屋に駆け込んでいったあと、美玲の部屋から物音が聞こえてきた。俺は机の上に残された食事の残りを片付けると、すぐに食器を洗い始めた。大体全てのことを影さえ出せればすぐに終えられるものを、とイライラしつつ全ての動きを終えて戻ると、俺の部屋に鳥がいた。
なぜか棚にしまっていたクッキーをむしゃむしゃと食べながら。
「出てけ」
「ま、待つのだ!」
「待て?妹をたぶらかした極悪鳥に対して何を待てって言うのかわからない」
「お前がピィのことを嫌いなのは十分わかったのだ!だ、だから話し合いをしようと思ってるのだ」
話し合い?この、クソ鳥と、俺が対等に話し合いをする?こいつの言うことを聞かねばならない?腹が立つにも程がある。なんと傲慢なことだろうか。
人の領域を犯す分際でーーと歯をぐっと噛み締める。今ここでこいつを捕らえて、アジトへ連れ帰れば……そんな考えが頭をよぎる。しかし同時に美玲への言い訳が出来なくなる、とも考える。
いいや、これはある意味……チャンスかもしれない。
「いいぞ。ただし、俺から言えることは一つだけだ。妹に魔法少女をやめさせろーーこれだけが俺の望みだ。お前からの条件は一体なんだ?」
「ピ、ピィの条件は……美玲ちゃんが魔法少女の活動をしてくれることなのだ」
「なるほど。真っ向から対立するーー俺たちは決して相容れないと言うわけだ。ではお互い交渉と行こうかーーまず、お前へ提示する条件として俺の部屋への今後一切の立ち入り禁止。美玲に課そうと思っている家事の分担、加えて美玲の勉学を怠らせないこと。譲歩はーー俺の目の届かない場所での魔法少女行為の許容だ」
ただし、目の届かない場所がそう簡単にあると思ってもらっては困るが。俺にも認識阻害に対抗するための装置はすでに埋め込まれており、俺はいつでも彼女の行為を監視できる。東京に来た以上、桜木の組織に所属することも免れないだろうし、あいつもああいうのが好きだろうから、活動していた時点で勧誘をさせるよう手配しよう。隙を多少作らなくてはいけないな、と俺は軽く考えを巡らせる。
「信用できるのだ?」
「さあ?信用できるかどうかはわからないがな。破った場合のペナルティとしてはお前の我が家からの追放だ。これが飲めないなら、お前は美玲がどう言おうとすぐさま家から追い出そう。さて、お前からの要求は?」
「……ないのだ。それくらいなら、なんとかするのだ……」
「そうか。では、これからよろしく頼むよ」
そう、たとえそれが短い期間だとしても。
「じゃあ、行ってきます。夜には帰るから」
「う、うん。行ってらっしゃい」
「行ってくるのだ」
「変な人について行かないようにね。サイガも美玲も声をかけられやすい顔立ちだからね、気をつけてくるんだよ」
「わかってるってば!鍵も持ってるし、平気平気!」
「そう?じゃあ行ってきます」
さて。
「お待ちしておりました総帥」
「待たせたか?」
「いいえ、問題ありません」
シオンーーいや、シギュンが緩く頭を下げて俺の手を取った。俺は唇の片方を吊り上げて笑いながら歩き始める。やや人目につきにくい場所に停めてあった車に乗り込むと、ハンドルに手をかけた男がにや、と笑った。頬に傷の長く走り、唇にひきつれの残る目つきの鋭い彼は車のエンジンをかけるとミラー越しに俺を見た。
「アベックで登場とは、総帥も隅に置けませんなァ」
「茨木、茶化すのはやめろ。まァ、唐突に家族が家に帰ってきて、一緒に暮らすことになったんでな。お前や他の零部隊には特に迷惑をかけると思うが……」
「いいんですぜ、総帥。俺たちは総帥のために生きてるんですからねェ。いやほんと」
「……全く、お前たちときたら……信頼できるよ、全く」
「いえいえ。今日は一日アジトでのお仕事で?」
「ああ、だがそうだな、できれば夕方までには戻りたいところだ。シギュン、お前は家まで同行しろ。茨木は帰りも同じか、少し離れた場所で俺たちを下ろしてくれ」
「了解いたしやした。では、少々飛ばします」
心が休まらないまま家で眠っていたため、やや眠りも浅い。俺は少しシギュンに肩を借りる、と口にしてその体に寄りかかる。少し、髪を撫でるような感触がしたが、夢かどうかわからない。でも、夢じゃなければいいな、とそう思った。
「……総帥、総帥」
「あ……ああ、そうか……眠っていたのか。すまない、かなり深く眠っていたようだ。家があまり睡眠を取れるいい場所じゃなくなってしまったから……」
「いえいえ、構いませんぜ」
茨木はニコニコとなぜか機嫌よく笑っていて、俺はまだ着替えてもいないことに気がついた。シギュンは俺に仮面と上着をすっと差し出す。
「ああ、すまないな」
「構いません、総帥。アジトはどこでも総帥の思うままですので、着替える場所を早急に用意させます」
すぐさま一室が空けられるよう通達が行き届くはずだ。俺はまだ眠気に揺蕩うような気分のまま、ゆっくりと歩き始めた。仮面はいやに顔に馴染んでいて気持ちが上向いた。今だけは、全てから解放されて俺はロキとしていられる。
「ふふ……さて。魔法少女リリムに会いに行くとしよう。改造手術はもう済んだな?」
「はい、すでに」
寝ている間に改造まで施され、目覚めたばかりだという彼女の反応が楽しみだーー俺はニヤニヤと笑いながらアジト内部へと足を踏み入れた。部屋で着替えを済ませ、そして手術を終えたばかりのリリムの部屋へと案内される。
「さて、久しぶりだな、魔法少女リリム。いや、宮前 彩……今は魔法少女ではなくなったか?お前が能力を失えたこと、私は心から嬉しく思うよ」
「……キュバちゃんを、どうしたのよ……声が聞こえないの……ねぇ!!キュバちゃんに何をしたの!?」
「ああ、その有害な生物なら君のために体内から駆除したとも。何、いずれ私に感謝することになる。魔法少女として生活したことに関しても、後悔を生むようになるとも。もし今後の生活に不安があるのならば、我が組織で面倒を見てーー」
「ふざけるなッッ!!」
力一杯顔を殴打される。クリーンヒットだが、俺にはダメージがない。打撃斬撃の一切は大体無効化できてしまうので、正直申し訳ないな、と思う。
「まだ混乱しているのだろう。ゆっくり食事を取って休めばーー」
「あんたたちに出された食事なんて信用できるわけないでしょ」
「そうかね、それでは早く退院できるように通達しよう。何、少し眠ってもらうだけだ。君も長くここにいたくはないのだろう、ゆっくり眠るといい」
目配せをシギュンへとすると、彼女は黒い手袋をするりと抜き取った。真っ白な指が外気に晒されると、自らの指を自分の口へと突っ込んだ。つぽ、という音とともに指は引き抜かれ、ぬらり、と唾液が塗されたその指を差し出した。リリムはその手を払い除けようとしたが、触れた瞬間に白目を剥いて意識を失った。ぐったりとしたその体を支えると、シギュンはハンカチをポケットから出して手を拭き、手袋を付け直す。
「さて、家へと送って差し上げなさい」
鍵に関してはすでに監視カメラを阻害した上で交換済みだから、目覚めた時には夢か現かわからなくなっているだろう。そして、自らの力が永久に失われたことを理解するだろう。
彼女がその時に耐えられなくなってしまうかどうかは知らないが。
長期間洗脳じみた暗示を受けていたんだろう、あまりに人の話を聞かないということであった。考え込む様子も一切なく、尻尾も宮前 彩の肉体にある栄養を利用して再生を始めていたという。
あのタイプは優先的に殺すべきだと思っていたが、栄養の恒常的な供給が必要らしく、寄生しない状態では萎びて生命反応も示さなくなったらしい。切断によって休眠状態に入ったとも思われたが、新たな宿主に寄生する能力も失われるようだ。
つまり、このタイプに関しては洗脳に関してだけ対策が必要で、宿主を急速に変えるようなことはなさそうだ。
「さてーー確か今日はヴェローナ単独での作戦参加だったな。明日はシギュンだけ、そうだな?」
「はい。ヴェローナの帰還予定は12時過ぎですので、それまではご自由にしていただけましたらと」
「そうか。書類も時間を見つけて決裁していたが多かれ少なかれ、直接目を通すべきものもあるだろうし、しばらくは地下に潜る。昼飯の時間になったら教えてくれ」
「かしこまりました」




