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5話――今日はとことん楽しむぞ!

5月4日


 オレが待ち合わせ場所の駅前に着くと、既に凜々花と美玲と麻琴ちゃんが集まっていた。


「おはようみんな!」


 オレはみんなのもとに駆け寄りながらすかさず大きな声で挨拶をする。


「なつぽんおはー! 今日は楽しみだね!」

「夏咲くんおはよ!」

「……朝からうるさい」


 オレを見て大きく手をふる二人と、不機嫌そうな一人。

 オレは麻琴ちゃんにもう一度「おはよう!」と言う。「あー、うん」としか返ってこなかったけど、返ってきてくれただけ今日は機嫌がいいのかもしれない。麻琴ちゃんだって旅行を楽しみにしてるんだ。今日はとことん楽しむぞ!

 とはいえ、麻琴ちゃんや夕ちゃんと話せる機会ってほとんどないかもしれないけど。


「おまたせー」


 オレがきて数分したところで、待ち合わせ時間の9時ぴったりに現れたのは薫だった。

 薫はこういうとき、早い時間でも遅い時間でもなく、時間ぴったりにくる。一度本人に聞いたことがあるけど「待つのも待たせるのも面倒くさいでしょ?」という言葉が返ってきた。よくわからないけど人気者の薫のことだ。きっと色々大変なんだろう。


「薫ー! おはよう……って、荷物少なくない? 二日間の旅行だぞ?」


 薫は少し大きめのリュックひとつ背負って、両手には何も持っていなかった。みんなリュックの他に宿泊用の荷物を持っているけど、薫はそれも含めてあのリュックで事足りているのかな。


「うん。大丈夫。というか、最低限のものだけ持っていけばちょっと大きめのリュックに収まるくらいになるよ。入れ方も工夫してるしね」


 なるほど! とは思ったけど、どう考えてもオレには想像できなかった。この宿泊バッグだってかなり頑張って入れたのにな。この量がリュックひとつに入るとは思えない。


「夏咲のこそ多くない? 他のみんなは夏咲程じゃないと思うけど」

「え? ほんとに? いやでも、流石に着替え3セットは頑張って詰め込まないときついよ!」

「あー……なるほど。夏咲たちにとって二日間は3セットなんだね」


 ……あ、そっか。

 みんなは休みの日、1回しか着替えないんだ。オレたちはすっかり習慣になってしまったけれど、自分を形作るための着替えをしないし、他人の服を着ているとおちつかない、みたいな感覚、みんなはないんだな。


「あ、夏咲くん、本当にお店手伝ってもらってもいいの? せっかくの旅行なのに」


 凜々花は花屋の両親の手伝いとして実家に行く目的もある。五月と言えば母の日の季節。花屋はかなり忙しい時期らしく、人手が足りないらしい。この時期はいつも帰ってるらしく、凜々花はその期間もみんなと過ごしたいと美玲に話していて、だったら旅行に行こう――という結論になったらしい。それがこの旅行。


「もちろんだぞ! オレ、そういう頼られることが好きだからさ! 凜々花なら知ってるだろ?」

「ふふ。そうだよね。私も同じだった。うん。じゃあ力仕事はよろしく!」

「リンリンとなつぽんが二人で意味ありげな会話してる! あたしも混ぜてー!」

「うーんだめ! 今夏咲くんと私が話してるもん」

「リンリンが意地悪するよなつぽんー! あたしはいっていいよね⁉ ね?」


 オレと凜々花の間に入ってきた美玲に、オレは「もちろん!」と答える。凜々花も「冗談だよ」と微笑んだ。

 花屋ってどんなことやってるの? だとか、そういえばお昼どうする? だとか、凜々花の両親ってどんな人? だとか。オレたちは夢中になって話していた。薫や麻琴ちゃんにも話を振ったけど、薫はにこにこしたまま何も言わないし、麻琴ちゃんに至ってはスマホを見ていて聞いてすらいなかった。


「あああごめんなさいー! はぁ、はぁ……遅れ、ました……っ」


 集合時間から10分ほど遅れて、息を切らしながら夕ちゃんがやってきた。

 そうとう急いできたらしく、いつも縛っている髪も下ろしたままで、宿泊用のかばんもチャックが空いたままだ。走っている途中に何か落としていないか心配になったけど、ぎっしりと詰め込まれているようだったのでその心配はなさそう。


「電車の時間にはまだ間に合うから全然大丈夫だよ。それより、どうしたの?」


 凜々花が聞くと、夕ちゃんは息を整えながら申し訳なさそうに口を開いた。


「ね、寝坊しまして……」

「あー、昨日ずっとボクと電話してたからね。まさか寝坊するとは」

「……うぅ。本当にごめんなさい」

「ま、反省してるんならいいんじゃない。たまに遅れてきて平気でへらへらしてるやつとか見るから」


 夕ちゃんがやってくると、麻琴ちゃんは安心したように頬を緩めた。たぶん笑ってること、自分では気づいてないんだろうなあ。この二人は本当にどこに行くときも一緒で、仲がいい。お互い積極的に友達を作らないタイプだからこそ、どこかで馬が合ったのかもしれない。


「夕ちゃん、おはよう!」

「夏咲さん、黒葉の時間っていつからすか?」


 オレの挨拶はスルーで、夕ちゃんは黒葉のことしか考えていないようだった。

 うーん、この旅行中に仲良くなるのは難しそうだなぁ。諦めないけど!


「ええと、基本3時間交代なんだけど、朝はオレの方が長くて……次、黒葉と入れ替わるのは13時だよ」

「そっから3時間おきってことっすね。はー13時まで黒葉と話せなくて暇っすねー」


 いやオレと話そうよ! みんなで仲良く話すための旅行だぞ! 少なくともオレはそう思ってるけどやっぱり難易度高いなぁ、黒葉派のみんなは。


「まあいいじゃん。瀬川やボクと話してれば」

「普段不愛想な麻琴さんがデレた⁉ 実は麻琴さんめちゃくちゃ旅行楽しみなんじゃないっすか?」

「は? 不愛想は失礼すぎ。やっぱいいや小嵐は瀬川と話してなよ」

「ごめんなさいごめんなさい無理っす薫さんみたいなやたら注目される腹黒イケメンと二人きりとか絶対女子に刺されますし嫌に決まってます!」

「……僕に飛び火がすごいなぁ」


 うーんオレが会話に入る隙を与えさせない感じ……。オレは昔から鈍感だの純粋だの言われるけど、流石に空気が読めないような人間ではない。

 それにしても薫はすごい。黒葉派でも夏咲派でもない中立派って言ってるけど、その言葉が理解できる。どっちのグループとも仲が良くて自然に会話ができているのがその証拠。


「なつぽん、みんな! 行こー!」

「みんな、そろそろ電車が出発する時間だから行きましょう」


 美玲と凜々花の言葉に、オレたちは軽い足取りで歩き出す。

 この病気のせいで、今まで本当の友達と言える友達ができなかったけど、高校に入ってからは違う。オレのことを「夏咲」と呼んでくれて、オレも夏咲として関われる。

 このメンバーでなら、どんな旅行になってもきっと楽しめる! そんな気がして、今からワクワクとしていた。

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