過去――黒葉と夏咲
◆黒葉◆
小さい頃から、俺は無口な子供だった。今よりもずっと。
話すこと自体に恐怖を感じて、母さんの前以外、何も発さない子供だった。
そのうえ暗いオーラを纏っていたからか、小学生の低学年の頃はよくいじめられていた。
そのたびに人が怖くなって、さらに塞ぎこんで。だけど一人で俺のことを育ててくれた母さんに迷惑をかけたくなくて、俺は母さんに「学校、毎日楽しいよ」と言い続けた。
みんなのようにできないからいじめられる。
全部俺が悪くて、いじめられる。
俺だから、いじめられる。嫌われる。
――だったら、俺じゃなくなればいいんだ。
幼い頃の記憶なんてあいまいだから、実際にそう思ったかはわからない。
だけど多分、そういう考えで、俺は自分を切り離した。切り離すことができてしまった。
四年生くらいだった。
最初はなんとなく喋れるようになって、クラスメイトと絡むようになる。そのときの自分が何をしているのか、本気でわからないまま客観的に自分を見ている気がして、気持ち悪い感覚だ。
気が付いたら、そんな自分に夏咲という名前がついていた。その頃から、俺の記憶は曖昧どころか、途切れるようになった。
◇夏咲◇
喋れない黒葉の代わりになって、オレが毎日学校に行きクラスメイトと話し、家に帰ったら糸が切れたように黒葉に切り替わる。
小学生のころはその繰り返しで、卒業まで学校ではオレのみが登校していた。クラスメイトと話すのは楽しかった。だけどオレが「高松黒葉」と名乗るのはどうしても違和感があった。
黒葉は、勉強が苦手なオレの代わりに宿題をしていたけど、授業の記憶がないから全部独学でこなした。
中学になって引っ越すことになり、黒葉は昔より人と話せるようになった。学校にも黒葉として行くことができるようになり、クラスメイトと短い言葉でなら会話できるようになったらしい。だけどグループワークや発表、体育とか、人と話す場面や体を思いっきり動かす場面では、やっぱりオレに交代した。
「黒葉くんって、変わってるよね」
「黒葉って、話しやすい時と話しづらいときあるよな~」
「なんか、気持ち悪いかも」
二重人格のことを隠していたから、変人扱いも当然のようについてきて。
オレたちはできるだけ協力していたけど、どうにもうまくいかなかった。
◆◇
その頃だったか。
俺とオレは、お互いが嫌いになっていた。
勝手に自分の時間が無くなるし、クラスメイトと記憶にない約束をするし、クラスメイトとの約束を勝手に断るし、授業の記憶が飛び飛びになるし、お小遣いはすぐになくなるし。とにかく、お互いが邪魔で仕方がなかった。
〈俺の身体で勝手なことするな〉
〈そっちがオレを必要としたくせに?〉
〈必要だなんて思ってない。もう俺は人と話せるようになった。必要ないんだよお前は〉
〈オレだって黒葉のためにみんなと話してないし、必要ないと言われても知らないよ。オレはオレの好きにやる〉
〈だから元々俺の身体だろ〉
〈今まで学校に行ってたのはオレなんだけど?〉
お互い自分が消える気は全くなくて、相手が消えるのを願うばかり。だけど二人は消えることがないまま高校生になった。
そして、高校生になってから一年が経った。