10話――黒葉、手を繋いでください
「クラゲと黒葉って似てますよね」
「似てないだろ」
小嵐が水槽の中をゆらゆらと泳ぐクラゲを見つめながら、意味の分からないことを言う。小嵐は時々自信ありげに謎な発言をするから反応に困る。クラゲをよく見るが、俺はあんなにゆらゆらしてない。早く理由を話してくれと思うが、小嵐はうんうん頷いて一向に説明しようとしない。自分でもわかってないなこれ。
「あ、薫さん、写真撮ってもらっていいすか?」
「うん。いいよ」
「待ってよ。小嵐だけずるい。ボクも入れてよ」
「麻琴さんも後で撮ればいいじゃないっすか~」
そんなやり取りをしながら、小嵐はクラゲが見えるように俺と間をあけてから、俺に手を差し出す。
まるで手を繋げと言っているかのような……。
「黒葉、手を繋いでください」
本当にそのつもりだったらしい。
「い、いや、今から写真撮るんだろ? それは流石に恥ずかしいっていうか」
「ウ、ウチだって恥ずかしいんすよ。でも、こんな機会滅多にないので、一枚だけでも思い出として形に残したいんです」
「……桜井がものすごく怖い目で見てるけど」
「だったら麻琴さんとも同じような写真撮ってあげてくださいよ。それとも、ウチたちとこういう写真撮るのは嫌ですか?」
「…………その言い方はやめろよ」
そんなことを言われたら否定できないってわかってて言ってるだろ。
俺は少しずつ、小嵐の手に自分の手を近づけた。この手を繋げばいい。小嵐は何も難しいことを言っていない。
……どうやって繋げばいいんだ?
いや、普通に、普通につなげばいい。小嵐の手を握ってあげるだけでいい。この小さな手を握ればいいだけの話だ。
「黒葉、緊張してますね~?」
悪戯に笑う小嵐は、とても楽しそうだ。
俺はいつもこうやって、小嵐や桜井にからかわれている気がする。
勇気を出して、たまには驚かせてみたい。
「――っ」
俺が考えを巡らせていると突然俺の手の甲に温もりが伝わる。
その手は、小嵐ではなく桜井だった。
「小嵐、抜け駆けしないでくれる?」
今度は小嵐が反対側から俺の手を握る。
「こーいうのは早い者勝ちです! てか麻琴さんだって手握ってるじゃないっすか!」
「は? ボクは我慢してきただけなの。でも小嵐に先を越されたくないから奪ってやった」
「そんなこと言って~水族館の雰囲気に圧倒されて勇気出なかっただけじゃないっすか~?」
「喧嘩売ってんの? 小嵐だって手震えてたじゃん。余裕そうに振舞ってたけど丸わかり」
俺が言うのもなんだが、手を握るだけの話でなんでここまで喧嘩になってるんだ?
「ずっと手を広げたまま同じ体勢だったんすから、震えもしますよ! これ結構きついんすよ!」
「はは。強がり。運動音痴」
「~~~~~麻琴さんの馬鹿!」
勝ち誇ったように笑う桜井と、そんな桜井を歯を食いしばりながら見つめる小嵐。
俺の右手は二人の女子の手に包まれながら、一切動かすことができなくなっていた。どうすることもできず、目の前を泳ぐクラゲの動きを目で追う。
「うんうん。いい写真が撮れたよ」
まるで空気を読まず、後ろから瀬川が楽しそうに呟いた。
それを聞いた女子二人は、俺の手を握りながら息ぴったりに振り向く。どちらも離すつもりはないらしく、俺を引きずる勢いで瀬川の方へ駆け寄った。
「何を撮ったんすか⁉ ウチと黒葉が並んでるベストショット撮れました⁉」
「今のどこにいい写真を撮る瞬間があったわけ?」
二人はお互いの頬が当たるくらい近づいていることにも気づかず、ひとつの画面をまじまじと見つめる。
俺も二人にならって瀬川の写真を覗き込む。
するとそこには、水槽を眺めている俺と、言い争っている二人がいた。
そこまでは想像できたが……この写真は。
俺の頭、小嵐の頭、桜井の頭それぞれの真上に、クラゲの頭がひょっこりと顔を出していた。まるで頭から生えているみたいに。
「あははっ。なんすかこれ。麻琴さんの頭からクラゲが」
「ばか。あんたもでしょ。ふふ」
「てか見てくださいよこれ、黒葉の頭の上のクラゲ、めちゃくちゃまっすぐ黒葉から生えてません?」
「確かにね。狙ってるでしょこれ。完全に黒葉の一部に見える……っ」
二人は笑いを堪えられずに写真を見て言い合っている。さっきの言い争いはどこにいったのか、とても楽しそうだ。
いつの間にか二人の手から俺の手は離れていて、ひとつのスマホを一緒に持ちながら写真に指を差して笑っている。
「ね? いい写真が撮れたでしょ」
瀬川が小声で俺に言う。
俺はため息をつき、諦めて頷いた。確かにこれは、いい写真かもしれない。
ロマンチックもくそもない、不格好で、笑える写真になってしまったが。
後で見返すとき、いい思い出になりそうだ。
「はあ。まったく。……小嵐、桜井、そろそろイルカのショーが始まるんだろ。行くぞ」
「あ! そうでした! 麻琴さん行くっすよ!」
「はいはい。てか小嵐、近いんだけど。早く離れてよね」
「それはこっちのセリフっす!」
仲がいいんだか悪いんだか。
俺が先に進むと、二人は目を輝かせてついてきた。




